中国・武漢は、今や新型コロナウイルス感染症の発生地として有名になってしまった。だが、この土地は自動車部品や半導体など、世界各地で多くの企業に使用されている重要なコンポーネントの製造の中心地でもある。
ビジネスインテリジェンス会社Dun & Bradstreetによれば、武漢にダイレクト サプライヤーを持つ企業は51,000社に上る。武漢から広がったコロナウイルスの世界的流行は、世界経済にも大きな影響を与えているのだ。そして今回のパンデミックは、コスト削減を目的として遠く離れた海外への製造の外注に依存する、世界のサプライチェーンの脆弱性を露呈することとなった。
グローバル戦略アドバイザー、思想的指導者であるパラグ・カンナ氏は、世界経済の未来を書いた著書『「接続性」の地政学: グローバリズムの先にある世界』などのベストセラーでも知られる人物だ。氏は、このコロナ禍が、グローバリズムからリージョナリズム (地域統合) への転換、世界の工場としての中国の役割の縮小など、自身がこれまで議論を展開してきたトレンドを加速させると予測している。「米国の商取引の相手は、いまやほとんどメキシコやカナダであり、中国やヨーロッパではありません」と、カンナ氏。「ヨーロッパの商取引の大半はヨーロッパ、アジアの商取引もほとんどがアジアで行われています。中国の商取引も、米国より東南アジアの国々との方が多いのです。ほとんどの人が、この点に気付いていません」。
こうしたリージョナリズム化の傾向は建設業界でも同じだ。例えば鉄鋼は世界のどこでも、そのほとんどが中国から購入されたものだ。2019年の中国の粗鋼生産高は9億9,634万tに及ぶ。これに対して、日本はわずか9,928t、米国は8,792tに留まった。中国と日本は鋼のトップ輸出国、自国経済で鋼の消費率が高い米国とドイツはトップ輸入国になっている。
米国が中国からの鋼輸入に頼るのは、中国製が破格の安さだからだ。「鋼のグローバル市場が存在するのは、貿易が自由化され、中国から鋼をどこよりも低価格で購入できるようになったからです」と、カンナ氏。「中国は安価な鋼を世界に氾濫させています」。だが取引が中国から近隣へと転換するにつれて、より多くの国が鋼を自国内で製造、販売するようになるとカンナ氏は予測する。これは、環境にとっては吉兆でもある。
「米国も鋼を生産しています」と、氏は続ける。「ヨーロッパも同様であり、どの国にも鉄鋼業は存在します。気候変動による規制を求める社会的圧力があり、また企業が環境に配慮したサプライチェーンへの転換に責務を感じていることを考えれば、鋼のグローバルな輸送を行うこと、とりわけ極めて非能率的かつ有害な方法で鋼を生産している中国から輸入することは、環境に配慮した産業とは言えません」。
だが、より高価な米国製の鋼は、建設プロジェクトのコストを法外なものにするのではないだろうか? カンナ氏は、その点は心配していない。「コモディティの大部分の価格は、かなり楽観視できると思っています。現在、価格が上昇しているコモディティは食料だけです。米国は、実際にはより多くの鋼を生産できます。そして、供給が増えれば価格は下がります」。
カンナ氏は、米国のより廉価な製造業への回帰に、自動化が役立つと予測している。米国はロボットの導入で中国や日本、韓国、カナダなど多くの国に後れを取っているが、「米国は、この分野でもすぐに追いつくことができます」と氏は述べる。「参入の障壁はありません。知識も技術も、全て存在しています。グローバル化を進めたことで、ロボット導入の優先順位が低くなっていただけです。米国はいずれ、製造・建設業界向け産業用ロボット分野で追いつくことができます。住宅建設会社も、それをコスト削減に利用するでしょう」。
グローバル市場における状況の変化に対するひとつの答えが「売る場所で作る」ことだった、とカンナ氏は話す。米国の環太平洋パートナーシップ (TPP) 協定離脱は、AppleやGMなど米国企業のアジア市場における販売力を弱めた。こうした企業の成功にアジア市場は不可欠だ。この問題を回避するため、例えばAppleは中国に製造工場を設置し、TPPの規制の枠外で中国に販売できるようにした。
「Appleは、全てのiPhoneをテキサスの工場で製造可能です。ロボットを使用したテキサスの Foxconnの工場で、世界中のiPhoneとiPadを製造できるのです」と、カンナ氏。「では、なぜ中国で製造するのでしょう? その理由は、中国で製造しなければ、中国政府が国内販売を認めないからです。中国で販売できなければ、Appleの株価は下がります。そこでの売上が、総売上の大きな割合を占めているからです」。だがカンナ氏は、建物の建設に使われる部材は半導体と同じではないと指摘する。「サプライチェーンの断絶、不足の発生、知的財産窃盗の懸念が生じる、慎重を要する分野ではない」からだ。
建設業界のサプライチェーンのリージョナル化が進むと、カンナ氏が考える主要な理由は気候変動だ。氏は中層・高層ビルで、コンクリートや鉄鋼に代わって木材の人気が上昇している点を指摘する。「北米やロシアなど、巨大な建設業界が存在するほとんどの国で、同時に十分な木材供給があります」と、カンナ氏。「もっとイノベーションを応用し、既存の資源をより活用することは、リージョナル化を進めつつ、同時に持続可能性を高めるひとつの方法ともなります」。
世界のサプライチェーンがより不安定になり、パンデミックによって整理されていくにつれて、経済と貿易の規制もまた変化するだろう。それは、建築部材製造のリージョナル化につながる。カンナ氏は、インフラは国境よりも有効で、かつ重要だと主張する。また、この大変動の大きな恩恵として、業界の二酸化炭素排出量も減少するかもしれない。
「北米で製造不可能なものなど、存在しません」と、カンナ氏。米国が海外へ製造拠点を移してきた理由は、それを選択したからであり、そうしなければならなかったわけではないと、氏は述べる。カンナ氏は、ニュースサイトQuartzに寄せた最近の記事 (英文) で「北米が他の地域よりずっと自給自足性が高い (かつ貿易依存率も低い) のは、5億に上る膨大な総人口と、豊富な天然資源、膨大な金融資産、産業と技術基盤があるからです」と書いている。米国と周辺地域への製造工場の回帰は、ウイルスの世界的なパンデミックがもたらす、予期せぬポジティブな結果となるかもしれない。
当然、人々はこれまで慣れ親しんできた「ノーマル」に戻ることを心待ちにしている。だがカンナ氏は、そうしたオールド エコノミーへの復帰は不可能だと警告する。「戻ってくる仕事もありますが、一部は自動化され、また新しい産業が生み出されることになるでしょう」と、カンナ氏。「つまり元の経済へ戻るのではなく、新たな状態になるということです。そしてそれは、全体に見れば良いことなのです」。
タズ・カトリは LEED 認定を受けた建築士。自身の Blooming Rock ブログやその他の刊行物で建築に関する著述も行っています。
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