スマートビルは建設業界のグリーンな未来の生きた研究室
- 今日のスマートビルは、その状況を部屋やフロア毎に把握し、エネルギー消費を最適化することで持続可能性を高める機能を備えている。
- スマートビルは、IoT、機械学習、自動化、BIMといったテクノロジーによって実現する。
- 人間中心のビルは現時点で存在している。次のステップとなるのは、シナリオを予測し、あらゆる居住者の生活を積極的に楽にするような構造だ。
建物はスマートフォンのようなものだ。至るところに存在し、複雑な部品で構成されていて、それなしでは生きていけない。建物は無口で、デジタル以上に無反応であることも多い。
だが、それは自分で「考える」施設の台頭によって急速に変化しつつある。建物内で起きていることを検知し、それに対応するスマートビルに対する、住宅、工場、オフィスなどの需要が急増している。
このトレンドを支える動機は、分かりやすいものだ。ビルは建設だけでなく、その運用にはさらにコストがかさむ。その使用パターンにはかなりのばらつきがあり、運用が長期間休止することもある。ではビルの運用コストを需要のピークと谷間に同期させられるような、カメラやセンサー、デジタルツイン、ビルオートメーションを融合させたソリューションがあったらどうだろう? その上、ビルのデジタル化を高めることで、持続可能性も高められるとしたら?
建築・エンジニアリング・建設・運用 (AECO) 業界は、反応するだけでなく学習する建物の提供を目指す研究開発への大規模な投資で、こうした疑問へ答えようとしている。
スマートビルとは?
スマートビルは壁や窓を持つ構造物である点は同じだが、居住者と環境により良い結果をもたらすITインフラが追加されている点が異る。
IoTセンサーと自動化を活用し、エネルギー使用量から快適性まであらゆることを最適化する中央の「脳」が、照明や空調、セキュリティ、アラームを調整。現在の占有レベルを検知し、電気、ガス、水道などの消費パターンを追跡して、任意の時刻に人がどこに集まっているのかを把握できる。
8月の暑い午後に太陽が照りつけると、システムがシャッターやビル両側の空調を調整し、快適さを維持しながらコストを最小限に抑制。部屋の満室や空室などの状況をシステムが把握して、適切な調整を行う。
スマートビルを「スマート」にするものとは?
スマートビルとは「人間中心」、つまり「占有認識」だ。IoT、機械学習、自動化、BIMなどの幅広い技術を統合することで、運用者はビルがどれほど効率的に機能しているかを任意のタイミングで可視化できる。
スマート自動化は、人や行動パターン、ビルシステムに関連する匿名データを収集することで、HVACや照明などのシステムがビル居住者の行動へ敏感に反応可能にする。
スマートビルのデータ分析は設計と建設の研究開発を変革し、今後のよりスマートな設計の意思決定を支援できる。たとえば、建築家は断熱性能を向上させることで、より多くの居住・作業空間を確保できる。
また占有シミュレーションの精度を高めれば、コストや快適性、健康性、生産性をフルに最適化した、エネルギー効率の高い建物の実現に役立つ。
スマートビルがAECO業界にもたらすメリット
長期的な目標は、人の行動を情報化し、部屋やフロア毎に分析することで、AECO業界をよりデータドリブンに変えていくことだ。人々が社会において空間をどう利用しているかを理解することが、より低コスト環境に優しい運用可能な建物につながる。サステナビリティ目標の達成は重要な推進力となっており、環境に大きなメリットをもたらす可能性がある。
国連環境計画 (UNEP) の報告によると、建物は世界のエネルギー消費の約40%、世界の温室効果ガス排出量の約1/3を占める。しかし、クリーンな電気で動くヒートポンプを20%導入するという、建設の実践におけるひとつの変化だけで、ヨーロッパのCO2排出量を9%削減できる。
今後、スマートなビル分析とその活用によって、どれほど多くの細かな改善点が判明するかを想像してみて欲しい。
現在建設中の大型の建物が今後50年以上も運用されることを考慮すれば、既存の建物の脱炭素化と新築の建物のサーキュラーエコノミー対応の確実な実施は、気候変動との闘いにおける鍵となる。
スマートビルの次なる時代:ダイナミックデータと機械学習
スマートビルのセンサーとカメラはデータを取得するため、それを部屋やシステムのリアルタイム3Dビジュアライゼーションに活用できる。情報は自動分析されて、暖房や空調、日除け、照明、水使用、セキュリティなどで必要な変更のトリガー (動作誘因) として利用される。
機械学習の進歩は、スマートビルが収集したデータからの学習によるさまざまな占有シナリオのモデル化の実現も可能にしている。そして、スマートビルはビルのユーザーエクスペリエンスを継続的に微調整するレスポンスを生成できる。
スマートビルはデジタルツイン作成にも対応しており、静的な3Dモデルから一歩進み、ビルの内部と外部の現在の状態を隅々までリアルタイムで表現できる。
続々と誕生するスマートビル
こうしたスマートビルの優れた例となるのが、IKON Global Innovation Centreだ。建築資材のリーダーKingspanが手がけたこの施設では、現時点での建設、デザイン、テクノロジーのベストプラクティスに、持続可能かつ自己管理のワークスペースという未来の野望がミックスされている。
アイルランド・キャヴァン州の湖と川に囲まれたIKONは「生きた実験」だ。同社によると、IKONはエンジニアに、建物の省エネ性の測定に最適な実環境を提供している。
Kingspanでイノベーション部門を統括するマイク・ステンソン氏は「IKONの原型となったのは、先端材料の研究をデジタルテクノロジーと組み合わせるというアイデアでした」と述べる。「その過程で、デジタルかつサステナブルなビルを、ゼロから作り上げられると気付いたのです」。
この建物にはセンサーが取り付けられており、Kingspanのエンジニアがエネルギー消費量、自然採光、雨水回収処理、ソーラーパネル、その他のサステナブル技術に対するさまざまなアプローチの効果を測定できるようになっている。
IKONは広範なエネルギーモデリングを経て、プラスチックボトルを再利用した材料で建設された。屋上に設置された太陽光パネルはビルのエネルギー需要の35%にあたる電力を生成する。駐車場には電気自動車用の充電スタンドが用意されており、トイレには雨水が使用されている。
施行中のR&D
IKONはKingspanのデジタルチームの拠点でもあり、同社の産物へさらなるインテリジェンスをもたらす研究が行われる。
それにより、建設業界の大きな技術問題に取り組むには理想的な環境となっている。それは、ビルマネジメントにおいてARやVR、IoTがどのような役割を果たすようになるのか、という点だ。AIや機械学習は、ビル設計をどう変えるのだろうか?
Kingspanがリサイクル可能な壁の内側で導き出した答えは、IKONを世界初の成熟度レベル5のデジタルツインにすることだ。Autodesk Platform Service (旧称Forge) などの技術を活用することで、複数の建築関係者が共有できるレベル5のツインをレンダリングできるようになる日も近いだろう。
スマートビルのデメリット
スマートビルの爆発的増大に問題があるとするなら、それは技術上のメリットと技術の限界が対立する場合だ。
機械学習アルゴリズムで膨大なデータが収集、処理されるようになると、必然的にサイバーセキュリティやデータプライバシーの懸念が生じる。スマートビルは情報を匿名で収集するが、AIがデータセット間に予期せぬパターンを発見し、その個人の身元を開示することで、意図しない侵害を生じる心配はある。
もうひとつ不安材料となり得るのが、スマートビルのシステム運用には、安定したブロードバンドインターネット接続が必要である点だ。ネットワークが遮断されると、ビルのセキュリティシステムはどうなるのか?大規模な気象災害が生じて、近隣の重要な携帯電話電波塔が倒れたら?
スマートビルの技術には投資と維持が必要だ考えるのが妥当だ。メリットを享受しようと考える企業には、この技術を理解し、最大限に活用するための知識とスキルが必要となるだろう。
未来、それは「学習するビル」
ステンソン氏は、IKONにおけるデータ活用とサステナブルな材料の利用、生きた研究室という構造が、この先長きにわたってイノベーションを牽引し続けるだろうと話す。 同社は既に社内製造工場で年間3-4億本のプラスチックボトルをリサイクルする計画を立てている。
IKON研究チームによると、将来的にはスマートビルは機械学習アルゴリズムを活用して、自発的に行動データと環境データに対応するようになる。相互接続された最新のビルサブシステムは、変化を予測し、建物内の居住者の快適さを維持しながら、エネルギー使用量を最小限に抑えることができる。
IKONのようなスマートビルは、建設がサーキュラーエコノミーに溶け込むのに役立つかもしれない。建物を解体・改装する企業は、極めて詳細なビル データにアクセスすることで、どのような材料やコンポーネントが使用され、どこに取り付けられているのかを正確に認識できるようになる。これにより、材料の回収はより簡単になり、解体現場は廃棄物ではなく資源を生成する場所へと変わる。
「IKONは、データによる新しい方向性の模索を可能にします」と、ステンソン氏。「これは、まだほんの始まりに過ぎません」。
本記事は2020年6月に掲載された原稿をアップデートしたものです。