データドリブンな次世代スマートビルは、より低コストかつグリーンなものに
- 建造環境が自然界に与える影響を減らそうと規制当局、デベロッパー、事業者が競っており、スマートビルが増加の一途をたどっている。
- 構造物は、IoTやAI、機械学習、自動化、ビルディング インフォメーション モデリング (BIM) といった技術の接続・分析・最適化の中核となる「頭脳」からインテリジェンスを得ている。
- スマートビルは相互運用性のほか、その利用者を支援する実用的な知見を生み出す能力で定義される。次のステップは、より安全かつ健康的で快適な生活を全ての人に実現する、これまで以上にスマートな材料と構造物、都市、経済のエコシステムだ。
スマートビルは増加の一途をたどっている。
その世界市場は、昨年900億米ドルを突破。建物と自然界の調和を取り戻そうという世論の高まりに後押しされ、今後10年で2,560億から5,680億米ドルに達すると予測されている。
IEA (国際エネルギー機関) によると、世界的に見て建造物がエネルギー消費の約30%、温室効果ガス排出量の1/4を占めている。
スマートビルは、性能の主要な要素を先進技術を駆使して接続・分析・最適化することで、こうした気候変動コストの急激な上昇を抑制する。調査によると、スマートテクノロジーの導入によって平均的なオフィスビル全体のエネルギー使用量を18%削減でき、場合によっては3年間で70%程度の節約になるという。
これはAECO専門家にとって、あらゆるコストの削減と、より効率的でデータドリブンなプロセス、ネットゼロカーボンエミッション目標との整合性の向上、利用者のさらなる幸福と健康につながる。
スマートビルとは?
空港や軍事基地、工場、病院からショッピングモール、スタジアム、オフィス、集合住宅まで、スマートビルは人が集まる多くの空間や分野に広がっている。米国インテリジェントビル協会によれば、スマートビルは構造、システム、サービス、管理の4つの基本運用要素とそれらの相互関係の最適化によって、生産的かつ費用対効果の高い環境を作り出す。
その中核となる「頭脳」はIoT、機械学習、AI、データ分析、ビルディング インフォメーション モデリング (BIM) などの先進技術を活用し、空調や電気、水道、エレベーターシステムから居住者がサービスを受けたり周囲と交流したりする方法まで、ビルのさまざまな機能の統合・合理化を行う。これらのシステムが包括的で統合されるほど、よりスマートな建物になる。
スマートビルは、相互運用性だけでなく、その利用者を支援する実用的な知見を生み出す能力で定義される。人や行動パターン、ビルシステムに紐づけられた匿名化データを収集することで現時点の使用状況の検出、ユーティリティの活用パターンの追跡を行い、その事実へリアルタイムで対応することが可能だ。
例えば8月の暑い午後に太陽が照りつけた際には、システムがシャッターやオフィスビル両側の空調を調整し、快適さを維持しながらコストを最小限に抑制。システムは部屋の満空室などの状況を把握し、適切な調整を行うこともできる。
新しいインフラだけでなく、古い建物へセンサーやIoTデバイス、オートメーションシステムなどのスマートテクノロジーをレトロフィットすることも増えており、これは脱炭素化の重要な要素となる。現代の商業ビルは、50年以上もの間、大規模改修や保全が必要にならないよう設計されているからだ。
こうしたアダプティブユースのプロセスでは、建物のインフラを評価し、ネットワークをアップグレードして接続性を高め、データ収集のため物件全体のセンサーが統合される。エネルギーの使用と先手を打つメンテナンスを最適化するため、さまざまなシステムの集中制御のためビルディング オートメーション システム (BAS) が導入され、それがデータ分析とAIが収集したデータの処理に活用される。
今日のスマートビルには過去数十年の系譜が生かされており、このコンセプトの起源は1980年代初頭に遡る。コネチカット州ハートフォードの超高層商業ビルCityplaceでは暖房、換気、照明、セキュリティ、防火、電気通信などの機能が光ファイバーのネットワークで統合されており、デベロッパーからは「世界初のインテリジェントビル」だと称賛された。こうした初期の取り組みは主に建物の技術上の能力に焦点を当てたものであったが、今日では利用者が自らの経験を形成する機能も重要だ。
スマートビルを推進するテクノロジー
現代のスマートビル技術は以下のようなカテゴリーに分類できる。
- オートメーションと制御システム: 集中型の自動化プラットフォームに暖房、換気、空調、照明、セキュリティ、入退室管理など多様なシステムが統合され、パフォーマンスを最適化して無駄を削減する。
- BIM: 建築家やエンジニアは建造資産の情報を作成・管理する総体的なプロセスであるBIMを活用し、画像のキャプチャ、3Dモデルを作成した建築設計の迅速な試作・検証をし、地理的・経済的な制約に基づいた空間の効率的な活用ができる。
- IoTとスマートビル: インターネットを通じて互いに「会話」するセンサーは、人の出入りや占拠率、室内の空気の質、気候、さらにはウイルスのリスクまで、あらゆる実用的データをビル管理者や利用者に提供できる。多くの場合、これらの設定は条件や好みに応じて手動・自動で調整できる。
- ビッグデータと分析: データはセンサーやメーターなどの機器から収集され、建物の性能、利用者の行動、改善の可能性のある領域とより明敏な意思決定に関する知見を得るために分析される。
- AIと機械学習: アルゴリズムはIoTセンサーからのリアルタイムデータを、建物性能を最適化し、今後のプロジェクトに情報を提供する実用的な知見へと変換する。昨今の進歩により、スマートビルは収集したデータから学習を行い、さまざまな居住シナリオをモデル化して、ビルユーザーの体験を継続的に微調整する対応を生成できるようになった。
スマートビルの利点
スマートビルは、多岐にわたるメリットを持っている。
計画、設計、施工の強化
過去のスマートビルからのフィードバックループは、レジリエンス性の高い構造物を構築し、ビル事業者が長期的なメンテナンスを合理化するのに役立つ。ジェネレーティブ デザインは、アルゴリズムと設定されたパラメーターを使用し、設計概念を素早く循環させることで、建築家がより効率的な青写真を目指してイテレーションを行えるよう支援する。
エネルギー効率、省資源、持続可能性の向上
エネルギー消費量は、効率的なHVACシステムや最適化された照明、インテリジェントな電力管理などの機能で削減できる。また、資源の最適利用や再生可能エネルギーなど環境に優しい設計要素は、さらに建物の二酸化炭素排出量と環境への総体的な影響を削減する。
安全とセキュリティ
生体認証入退室管理、監視システム、火災検知システム、異常検知AIシステムなどの高度なセキュリティ対策が、建物と居住者を潜在的な脅威から守る。
コスト削減とROI
エネルギー効率と自動化されたプロセスにより、運用コストとメンテナンス費用が削減される。
施設管理の強化
空間利用データの分析は、部屋や施設のレイアウトと利用の最適化に役立つ。
居住性の向上
照明、温度、その他の設備を個別に設定することで、より快適で生産性の高い健康的な環境を実現する。
予知保全
設備の性能をリアルタイムで監視することで、潜在的な問題を早期に発見し、ダウンタイムと修理コストを削減する。
スマートビルにおけるAECOの役割
Continental Automated Buildings Association (CABA) のインテリジェントビル協議会が2018年に発表した業界レポートによると、スマートインフラのプロジェクトは、入札仕様や建設マネジメントなど、なじみの手法を適応させることで実行される。
スマートビルの技術と戦略は、こうしたプロジェクトの身近な枠組みの中で新たな扉を開くことができる。
スマートアーキテクチャに関しては、ホテルチェーンやオフィス群全体のデータをセンサーが収集することで、新しい建物のあるべき外観や機能について、設計者により良い情報を提供できる。よりスマートな計画は構造体のレジリエンスを高め、経年劣化部品や古い機械システムの修理や交換を容易にする。一方、米国エネルギー効率経済評議会によると、データドリブンな意思決定は無駄な冷暖房を低減し、最大30%から50%もの省エネを実現できる (PDF P.vi)。
ジェネレーティブ デザインのような技術は、設計者が不必要な無駄を省き、自然を模倣してより高いエネルギー効率と性能を達成するバイオミミクリーなどの新しいアプローチを取り入れるのに役立つ。
これらの技術や知見は、プレファブリケーションやモジュール建築など、工場で製造された材料や再現可能な部品を現場で組み立てる技術のコストや工期を削減し、建設を強化できる。
現代の施設管理におけるスマートビルの役割
スマートビルが提供する360度の運用視点のおかげで、施設管理者は以下のような業務の中核部分で、より良好な事前対策が行える。
- エネルギー管理: 妥協のない分析が、エネルギー使用量に関するリアルタイムの知見、今後の傾向予測と、それに応じた目標設定能力を提供する。
- 予知保全: センサーが人の出入りの多い建物エリアや機械や供給ケーブル内の潜在的な問題を警告できるため、施設管理者は予知保全のスケジュールを組み、壊滅的な故障を回避して重要機器の寿命を延ばすことができる。
- 居住者の健康: スマートテックは室内の空気の質や照明、温度を最適化することで健康と幸福を促進し、また居住者が自らの空間の状態をパーソナライズする手段を提供する。スマートビルではデスクや会議室の予約に自動化システムが導入されていることも多く、ダブルブッキングの可能性を排除したり、次の利用者のために空室を準備すべきタイミングを清掃員に知らせたり、スナック補充の必要性をケータリングチームに知らせたりできるようになっている。スマートビル施設管理者は、橋渡しを務める必要が無くなることで大幅に時間を節約でいる。
スマートビルプロジェクトの課題と解決策
将来性が期待されるスマートビルプロジェクトにも、それなりの課題がある。
サイバーセキュリティ、データプライバシー、技術スペック
アルゴリズムで膨大なデータが収集、処理されるようになると、必然的にサイバーセキュリティやデータプライバシーの懸念が生じる。スマートビルは情報を匿名で収集するが、一部の専門家はAIがデータセット間の予期せぬパターンを発見し、その個人の身元を開示することで意図せぬ侵害を生じる可能性があると憂慮している。
さらにBASやIoTデバイスなどのスマートテクノロジーは、サイバー攻撃に対して脆弱であることが分かっている。こうした脅威を、個人ユーザーがマルウェアへのアクセス、安全でないパスワードの使用、最新ソフトウェアへの更新漏れなどで深刻化させる可能性がある。
サイバー上のもうひとつの不安材料となり得るのが、スマートビルのシステム運用には安定したブロードバンド インターネット接続が必要である点だ。ネットワークが遮断された際の、ビルのセキュリティシステムは? 嵐によって近隣の重要な携帯電話電波塔が倒れた場合には?
CABAのインテリジェントビル協議会によれば、プロジェクトのパートナーは改修や改築において、新旧システムを統合する際の制限や非互換性に直面する可能性もある。サイバー攻撃の脅威から身を守り、個人を特定できる情報を保護するため、施設管理者は専門家と提携してネットワークを強化し、利用者には個々のセキュリティのベストプラクティスに関する訓練を受けさせるべきだ。Buildings Magazine誌はセキュリティ対策を必要とする重要なシステムとして、監視カメラ、入退室管理システム、スマートメーター、位置追跡ツールなどを挙げている。データ保護は、収集、暗号化、保管に関する厳格な管理、利用者の同意書、第三者によるセキュリティ監査を中心に行われるべきだ。
規制の遵守
サステナブルな実践の大規模な実施への圧力は高まっている。パリ協定は2050年までの二酸化炭素排出量のネットゼロ化を目標としているが、米国政府は500棟超の連邦政府ビルへ、スマートビル技術としてインフレ抑制法から8,000万ドルの投資計画を発表している。
こうした取り組みは活気に満ちているが、それを進化し続けるコンプライアンスの歩みに遅れずに進めていくことは難しい。事実、IEAによれば中国、日本、EU、米国は脱炭素化において近年「顕著な」前進を遂げたが、2050年までのネットゼロ実現の歩みにおいて、建築分野はやや遅れをとっている。スマートテクノロジーは、この面でも一助となり、ビルのオーナー、オペレーター、デベロッパーによる厳しいエネルギー削減目標の設定・達成に役立つ。
変更管理
CABAのインテリジェントビル協議会によると、一部のオーナーは予算上の初期費用の制約から、スマートビル技術の新規導入や改修に慎重になっているという。
またスマートビル プロジェクトが長期的なコスト削減を約束する一方、利用可能な技術に関する知識の乏しさが出費を躊躇する原因になっているのではないかと付け加えている。近寄りがたくとっつきにくいと感じる新技術に直面すれば、利用者やプロジェクトパートナーも同様に尻込みしてしまうかもしれない。
スマートテクノロジーと戦略、価値に関して、全パートナーと利用者の認識を一致させるには教育が極めて重要だ。協議会は「導入状況の改善は、認識し得る利益増加に直結する」と述べている (PDF P.52)。
スマートビルのプロジェクトと導入例
スマートビルは世界中に続々と誕生している。コンサルティング大手デロイトのアムステルダムオフィスが入居するThe Edgeは、その代表例だ。
世界で最もスマートなビルとされるThe Edgeは、28,000超のセンサーによるネットワークによって、会議室の予約からワークステーションの照明や温度設定まで、ビル運用のあらゆる面が制御されている。極めて効率的で反応力の高い設計であり、使用状況やパフォーマンスに関する従業員からのフィードバックに基づいてコンスタントに学習と自己診断、自己修正が行われる。そのためThe Edgeの電力消費量は一般的なオフィスビルに比べて70%少なく、BREEAMのサステナビリティ スコアは史上最高の98.36%を記録している。
スマートビルのもうひとつの道標となるのが、建築資材のリーダーであるKingspanが手がけた施設IKON Global Innovation Centreだ。アイルランド・キャヴァン州の湖と川に囲まれたこのオフィスは、スマートビルの建設、設計、テクノロジーにおける現在のベストプラクティスと、今後の目標である持続可能で自己管理可能なワークスペースを融合している。
広範なエネルギーモデリングを経て、IKONはプラスチックボトルを再利用した材料で建設された。屋上に設置された太陽光パネルが、ビルのエネルギー需要の35%に相当する電力を生成。駐車場には電気自動車用の充電スタンドが用意され、トイレには雨水が使用される。
IKONのデータ、持続可能な材料、Autodesk Platform Servicesを含むテクノロジーの活用は、今後何年にも及ぶイノベーションの原動力となるだろう。同社は既に、自社の製造施設で毎年3億本から4億本のペットボトルをリサイクルする計画を立てている。
スマートビルの未来
専門家たちは、スマートビルが急速な技術革新により、今後数年間でこれまで以上にスマートなエコシステムへと成長すると予測している。期待される進歩には以下のようなものがある。
自律性の強化
多くのスマートビルが、ビルから得られる知見に基づいて行動する人間を未だに必要とするのに対し、自律型ビルは窓のシェードの調整から作業指示まで、多くの作業を自らが実行できる。ある施設リーダーはGlobeStに「自律型ビル技術の採用は、今後5年以内に大幅に加速すると思います」と語っている。
スマートな新材料
環境の変化に適応する建築資材が急速に普及している。その一例が水や風、ストレス、圧力による損傷から自己修復するスマートコンクリートで、これは亀裂を補強する石灰岩を生成する休眠バクテリアによるものだ。スマートガラスには、ぎらつきや余分な熱を感知して遮断するセンサーが埋め込まれており、自然光を軽減させるブラインドを必要とせず、より快適な空間を利用者に実現できる。
スマートシティとの統合
Precedence Researchによると、スマートビルとスマートシティは互いの成長の刺激となっている。つまり近隣や地区、そして都市全体が、その拡大と変化に伴い、ツールやスマートビルから生成されるものも含むデータを活用し、ウォーカビリティや持続可能性、レジリエンス、資源消費を向上させる可能性があるということだ。
サーキュラリティ
IKONのようなスマートビルは、建設がサーキュラーエコノミーに溶け込むのに役立つ可能性がある建物を解体・改装する企業が、極めて詳細なビル データにアクセスすることで、どのような材料やコンポーネントが使用され、どこに取り付けられているかを正確に認識できるようになる。そのため、材料の回収はより簡単になり、解体現場は資源の廃棄物からそれを生成する場所へと変わる。「IKONは、データによる新しい方向性の模索を可能にします」と、ステンソン氏。「これは、まだほんの始まりに過ぎません」。
建物へのスマートテクノロジーの統合が拡大することで、より持続可能で効率的かつ適応性の高い環境を作り出す、これまでにない可能性がもたらされている。こうした進歩は、エネルギー消費と運用コストを削減するだけでなく、利用者のニーズや環境要求にリアルタイムで対応するインテリジェントなインフラストラクチャの新時代の礎を築くものでもある。スマートビルの未来は、より広範なスマートシティのイニシアチブとシームレスに融合し、よりレジリエントでサーキュラーなエコノミーに貢献することになるだろう。これらの技術の進化により空間の設計、建設、居住手法は再定義され、世界は持続可能性の目標達成に近づくことができるだろう。
本記事は2020年7月に掲載された原稿をアップデートしたものです。
協力: マーク・ドゥ・ウルフ