自然に学ぶ: 建築とエンジニアリングにおけるバイオミミクリー
- 建築や製造業におけるバイオミミクリーとは、自然界に存在するプロセスを模倣したり、利用したりするために建物や製品を設計することを意味している。
- 進化は生物が特定の環境にどう適応してきたかを示しており、デザイナーに教訓となるような資源管理を示している。
- 建築におけるバイオミミクリーの例では、動植物の要素が取り入れられている。
- バイオミミクリーとバイオユーティライゼーションは、建築プロジェクトや素材をより持続可能なものにすることができる。
- 建築家は今日からでもバイオミミクリーをプロジェクトへ取り入れられるが、将来的には産業や分野の融合が必要。
デザインと生物科学における現在の最も重要なコンバージェンス (融合) は、何十億年も前の「イノベーション」によるものだ。バイオミミクリー (バイオミメティクス、生物模倣などとも呼ばれる) とは、人間の世界の複雑な問題を解決するために自然のモデルやシステム、要素を模倣することだ。
建設におけるバイオミミクリーとは
建築や製造業におけるバイオミミクリーは、自然界に存在するプロセスを模倣・共用して建物や製品をデザインすることである。超強力な合成クモの糸、ヤモリの足を模した接着材料、クジラのヒレを模した風力発電機のブレードなどがそうだ。
アクロン大学とそのバイオミミクリー研究・革新センターの生物学者であるピーター・ニウィアロフスキー氏は、「生物学的なシステムの問題解決の方法は、工学的なシステムの方法とはかなり異なります」と述べている。
彼によると、人間がデザインした解決策は荒削りで付加的なものだ。反応を促進するには、より多くの材料やエネルギーを使用することになり、それはどちらもコストがかさむ。自然界のプロセスは、ユニークな形状や材料特性で実現している。
その一例が、氏が研究しているヤモリの足の粘着力だ。壁をよじ登るヤモリの能力は、背中にバッテリーを付け、金属へつく電磁石へ電気を送ることで模倣できる。だが、実際にはヤモリの足には極細の毛がびっしりと生えており、その毛の一本一本に極小の分子間力が働くことで、壁にくっつくことができるのだ。
建築における生物学的材料
プリンストン大学工学部教授でバイオミミクリーの研究を行っているシグリッド・アドリアセンス氏は、自然は「怠惰で合理的だ」と話す。自然は、廃棄物を食料に変えることに長けている。これは生態系の平衡を保つ基本的な手段だが、建築の歴史の大半では無視されてきた。
だが生物学はデザイナーに、過効率な資源管理や循環型経済に関する教訓を与えてくれる。そして自然界は、建築はその場所の地理や文化を反映すべきだとする「批判的地域主義」を実践している。例えば寄生虫には単一種の宿主としか共存できないように、特殊な進化を遂げたものが存在する。
こうした自然界独自の特性は、長い時間をかけて生み出されたものだ。バイオミミクリー分野のコンサルティング会社、Biomimicry 3.8のジェイミー・ドワイヤー氏は、それを「38億年にわたる研究開発期間」だと述べる。「生命は、そうして進化を続けてきたのです」。
この団体は、1997年に出版された『自然と生体に学ぶバイオミミクリー』により、バイオミメティクス分野で最も注目されるエバンジェリストになったジャニン・ベニュス氏が設立したものだ。ドワイヤー氏は「生物が絶滅せず残存する確率は0.1%に過ぎません」と述べる。つまり生物学的なソリューションは、何百万という失敗に終わったプロトタイプから生まれたものなのだ。
建築におけるバイオミミクリーの例
アドリアンス氏がプリンストン大学でバイオミミクリーに出会ったのは、自然がエンジニアリングの問題を解決する方法を模索したからではなく、最も効率的なソリューションが自然物に似ていることを発見したためだった。彼女によると、自然界では「非常に少ない材料を使い、それが適切な場所に配置されている」。その例として挙げられているのが、貝殻の有機的な曲線だ。「貝殻の強度を実現しているのは、素材の多さではなく、その形状なのです」。
花のように開くスクリーンシステム
氏はエンジニアとして、弾性と形状、サーモバイメタルにより、花のように太陽光に反応して開閉するスクリーンシステムの構築に取り組んでいる。バイオミミクリーはエンジニアよも建築家が参考にすることが多いが、工学分野での実践の方が多いとされるのには理由がある。バイオミミクリーは美しいものだが、建築家のように審美眼的な選択を気にすることはない。エンジニア同様、自然はあくまで実用性を追求しており、その副産物として優美な均整美がもたらされるのだ。
細胞のネットワークと組織の構築
コーネル大学の建築学部教授でSabin Design Labのディレクターを務めるジェニー・セービン氏は、生物学にインスピレーションを受けた類推的手段としてのニッティングに注目し、細胞構造を持ちフォトルミネセンスで発光する網を作成している。このニッティングは、細胞がネットワークを構築する動作と、細胞同士がつながって組織となる様子を模倣したものだ。「全体的な形状は、線維性糸状体のシステムをベースとしています」と、セービン氏。「ニッティングは、3Dプリントの最初の例です。列ごとに、あるリンクを次のリンクへと付加的につなげていきます」。
彼女のeSkinプロジェクト (材料科学者シュー・ヤン氏、機械技術者ヤン・ファン・デア・シュピーゲル氏とナデール・エンゲータ氏、細胞生物学者カオリ・イヒダ=スタンスベリー氏と共にアメリカ国立科学財団の資金援助を得ている) では、構造色を組み込むことで、日光の強さに反応して素材の透明度と色を変化させている。
自然界に存在する構造色の例には、ブルーモルフォチョウの翅やハチドリの羽根などがある。その独特の細胞の挙動にインスピレーションを受けたeSkinチームは、こうした材料特性や効果を建築のバイオミミクリーに利用し、敏感に反応する材料とセンサーにより提供されるフィードバックループを使用して、環境からのサインに適応するスケーラブルなビル外壁へ応用することに興味を持っている。
有機体としてのビル
B+U Architectureによる“Apertures”インスタレーションも同様にフィードバックループへフォーカスしたものだが、ビル全体を有機体と仮定した作りになっている。ストーム・トルーパーの甲冑に緑のフジツボのような覗き窓がついたような、熱成形の白いプラスチック ポリマーでできたこのインスタレーションの有機的な形状は、『ジャックと豆の木』の豆の木がSF映画に登場したような姿をしている。
このインスタレーションには熱センサーが備わっており、訪問客が覗き窓の開口部に近づくと、その存在を検知する。センサーは熱の測定値をアルゴリズムに送り (測定値を血液循環と神経活動の代用として使用する)、その情報をサウンドへ変換。このサウンドは、インスタレーション内の人数が数名の場合は低いハム音で、集まる人数が増えると音量が大きくなる。
B+Uで共同出資者を務めるヘルヴィッヒ・バウムガートナー氏は「これは基本的に刺激のレベル (を測定したもの) です」と語る。「時間をかけ、またより多くの人がこの作品と接触することでサウンドは大きく、より激しくなっていきます。一種のフィードバックループです」。これは訪問者が優しいハム音には引き寄せられ、音が大きくなると退散し、金切音が消えると再び集まるようになるためだ。
バイオミミクリーの実演としては無愛想な方法であり、バウムガートナー氏が「自然にロマンチックな感情を抱いてはいない」と言うのも驚きではない。氏と彼の事務所が興味を持つ自然とは、機械的シミュレーションを指している。「自然に見えますが、実際には極めて人工的です」。
建材に命を吹き込むバイオユーティリティ
では、デザイナーが使っているコンポーネントが実際に生きているとすれば? バイオミミクリーは境界の定義が緩やかな新しい分野だが、大別すると生物学的プロセスのシミュレーション、「生物成分利用」と呼ばれる生体のコオプション (使い回し) の2種類のアプローチがある。
レンガ製造における炭素排出量の削減を目指すbioMASON社は、ノースカロライナ州の工場で窯を使わず温室のような環境でレンガを製造している。創業者兼CEOのジンジャー・クリーグ・ドシエは「私たちが作っているのは、生物学的なセメントです」と話す。
同社のプロセスは、バクテリアを使って周囲の骨材のpHバランスを変化させ、炭酸カルシウムを成長させ、炭素をほとんど排出することなく骨材を結合させるものだ。「これはサンゴ礁を作るマイクロオーガニズムの働きと似ています」と、ドシエ氏。bioMASON製レンガは、通常のレンガに近い価格だが、環境面ではずっと優れたものだ。
サステナブルな建築・建設におけるバイオミミクリー
レンガを含めた建築材料の製造は、炭素排出量全体の12%を占める。また建物は温室効果ガス排出の最大の要因のひとつであり、有害な化学物質が多く含まれるため、人体に影響を与える可能性もある。CannonDesignでサステナビリティディレクターを務めるエリック・コリー・フリード氏は、この問題を端的に「我々の建物の作り方は愚かなのです」と端的に問題をまとめている。
フリード氏はデザインの専門家として、より良いものを作るよう、キャリアを通じて働きかけてきた。建築家は自然に逆らうのではなく共に働き、特にバイオミミクリーやバイオフィリックデザインの可能性を活用することで、サステナブルな可能な建築を目指すべきだというのが彼の主張だ。
だがフリード氏は、気候危機が深刻化する中で、こうしたアプローチが持つ驚くべき可能性を理解することが最も重要だと考えている。「さらに大きなビジョンは、健康で活気に満ちたゼロカーボン建築をすべての人にもたらすことです。自然のようにデザインするバイオミミクリーや自然をデザインに取り入れるバイオフィリックデザインを主流にすることは、それを達成するための重要な方法なのです」。
建築家がバイオミミクリーを実現する3つの方法
バイオミミクリーやバイオフィリアは新たな概念ではないが、建築家やデザイナーの多くが、その定義 (や区別) の方法に疑問を持っている。この概念を建築家が実現するために役立つ3つの方法を紹介しよう。
1. あらゆるプロジェクトに自然を
作品のアイデアを得るために、デザイナーは新しい建物の魅力的な写真が充実したウェブサイトをも見ることが多い。だが、それよりも森を散策する方が良いかもしれない。「世界は不思議に満ちている。それはヒッピー的な意味ではなく、具体的かつ展開しやすい形で」。
例えばフォルムを考えてみよう。柱を樹木に見立てたり、壁紙やテキスタイルに植物をモチーフにしたりなど、自然のフォルムを建物に取り入れる方法は無数にある。
バイオフィリア、つまり人間が生まれながらにして持っている自然への愛情は、こうした飛躍を促す説得力を持った理由になる。ニューヨーク州ブルックリンにある20万平米のEtsy本社では、建築・設計事務所ゲンスラーによる社員の幸福、健康、生産性を促進する戦略として、バイオフィリックデザインが重要な位置を占める。チームは空間を緑で満たし、植物をテーマにしたアートワークを依頼し、直線的な壁や直角の使用を最小限に抑えて、自然の中に見られる不規則性を反映させた。
自然をプロジェクトに取り入れる簡単な方法として、フリード氏は周囲の地形や太陽の通り道、気候、動植物など、その場所の特性を注意深く調べることを挙げる。そうした要素の幾つかを、建築の前景とするのだ。
「建物を敷地と一体化させるため、私がよくやることに、葉のサンプル、石のサンプル、花のサンプル、模様など、サンプルを集めて回ることがあります」とフリード氏は言います。「それらを記録し、スキャンして色調補正し、敷地の保管庫として利用するのです」。
このデザイン戦略は、自然界の論理を反映したものだと彼は述べる。生物は周囲の状況に応じて進化するものであり、建築もまたそうあるべきだからだ。「フランク・ロイド・ライトが、“オーガニック・アーキテクチャー (有機的な建築)”と表現していたように。これは“先入観にとらわれず、自分たちもこのコミュニティの一員であり、外に向かって成長していく”という創造的なプロセスです。どうすれば自然から、そしてこの土地から、私たちが思いつかないようなフォームを得られるでしょうか?」。
2. バイオミミクリーの提唱者になる
自然がどのように問題を解決しているかを理解することは、建築家が地球の大気や人体などのように、自然のシステムと調和した建物を作るのに役立つ。自然は何十億年もの間、生物が周囲の環境の中で成長できるよう最適化を行なってきた。人間の骨はコンクリートの4倍の強度 (重量は半分)、クモの糸は鉄の5倍の強度がある。しかもコンクリートや鉄とは異なり、骨や絹の製造過程では産業廃棄物は発生しない。
英国のExploration Architectureは、自然の教訓を建築に反映させることに力を注いでいる。Biomimetic Office Buildingプロジェクトでは、植物や動物の生態が、構造的なサポートから温度調節までの重要なニーズにどう対応しているかを研究。鳥の頭蓋骨、ホッキョクグマの毛皮、ミモザの葉などの素材からアイデアを得て、一般的なオフィスタワーよりもはるかに低いエネルギー消費量となる設計を行った。またAbalone Houseプロジェクトでは、軟体動物の殻の形状を模倣して屋根に起伏をつけることで、必要な材料量を半減させることを提案している。
軟体動物をモチーフにした屋根のデザインへ即座に取り掛かれるリソースや専門知識を、全ての企業が持っているわけではない。だがフリード氏は、建築家が自然を模倣できなくても、この目的を達成できると考えている。「一夜にしてアマチュア生物学者になる必要はなく、より良い建物を実現するためにこの方法を使うという熱意と関心を高めることが大切です」。
3. バイオベースの材料を探す
無害で地球環境に優しい製品の製造をメーカー各社が強化しており、mindful MATERILSというオンライン製品ライブラリーで、その検索と吟味が容易に行えるようになった。デザイナーは、クロスラミネートティンバーのような有名な選択肢に加え、大豆や麻を原料とする断熱材など、自然由来の製品を指定できるようになっている (ただし、法規制やサプライチェーンの問題は残っている)。
フリード氏が特に期待しているのは、bioMASONのように、特定のニーズに合わせて設計し、エネルギーを大量に消費する工業プロセスで製造するのではなく、作物のように栽培できるバイオベースの材料だ。DNAを操作することで、空気中の二酸化炭素を吸収したり、夏場の熱を反射したり、夜間に発光したりといった特殊な性質を持つ材料も実現できる。
「それらすべてのDNAゲノムをマッピングしたので、必要な要素を備えた建築材料を実際に育てられるようになりました」と、フリード氏。「ほとんどの材料は、その製造時に気候危機を助長しています。私たちの材料を育てることで、そうした事態を避け、さらには逆転すらできるのです」。
バイオミミクリーの未来は学際的
自然界の仕組みを模倣することが今になって注目されるようになったのは不思議に思えるかもしれない。だが持続可能性が世界的に重視される中、あらゆるタイプの効率的なシステムに目を向けざるを得なくなっている。だが、エンジニアはつい最近まで、自然界のプロセスをシミュレーションするツールを持っていなかった。
では、建築やエンジニアリングは自然から何を学び、見習うことができるのだろうか。学際的なコラボレーションが活発化する限り、多くを得ることができる。生物学者、建築家、機械工学者、材料科学者が協力を深めるほど、建築におけるバイオミミクリーのようなハイブリッド分野が根付く可能性も高くなる。
「バイオミミクリーを、特定の分野が所有しているかのようにデザインやエンジニアリングの中に閉じ込めてしまうと、その可能性が毒されてしまいます」と、ニウィアロフスキ氏は述べている。
本記事は2016年に掲載された原稿をアップデートしたものです。Sarah Wesselerがレポートの追加に貢献しています。