WOTA WOSHの開発支援を通じて日南が生み出す製造業のニューノーマル
製品の量産前に、その安全性や品質からコスト、納期、環境性まで、あらゆる面の試験や評価を行う試作は、ものづくりにおいて重要なプロセスだ。「どこでも手洗いスタンド」という新しいコンセプトで注目を集めるWOTA WOSHの開発では、創立50周年を迎えた株式会社 日南がさまざまな試作で育んできた、ものづくりの力が重要な役割を果たしている。
ポータブル水再生循環システムで水インフラに頼らず手洗いができるWOTA WOSHのアイデアの源流は、2019年10月に開催されたIT技術とエレクトロニクスの国際展示会、CEATEC 2019で発表されたOUTPOSTに遡る。このコンテナハウスは、どんな場所でも水やエネルギーなどの社会インフラへ依存せずに快適な生活ができる一方で、センサーを通じて外の世界とつながっていることで安全や安心も担保される、「2030年の豊かな暮らし」を目指した完全オフグリッドのコネクテッド スマートハウス。そのわずか数カ月後の、コロナ禍における生活をも予見したようなプロジェクトだ。
このブースは、カスタマーデータプラットフォーム (CDP) のトレジャーデータ、デザインマネジメントで知られる田子學氏が率いるエムテド、そして製品の開発総合支援企業である株式会社 日南の共同出展によるもの。OUTPOSTにはサプライヤーとして、ワイヤレス給電のベルデザイン、WiFiを使ったセキュリティシステムのオリジンワイヤレスなど多くの企業が関わっており、そこには可搬型の水循環システムWOTA BOXで避難所の衛生管理向上にも貢献したWOTAも名を連ねていた。同社の活動は高い評価を受けており、このWOTA BOXは2020年度のグッドデザイン大賞にも輝いている。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、モックアップ製作を主幹事業とし、デザイン開発、ワーキングプロトタイプの制作などを幅広く手がける日南グループにも、フェイスガードの3Dプリントなどさまざまな問い合わせが寄せられるようになる。そんな中、同社の取締役・デザイン本部長を務める猿渡義市氏はWOTAの前田CEOから、このWOTA BOXをより小さくして、どこにでも置ける手洗いを作りたいと相談を受けたという。
「我々にしかできないことで社会貢献できないかと、考え続けていた時期でもありました」と、猿渡氏は述べる。「その時点でWOTAは既に原理試作を持っていて、2020年3月ごろには日南がデザインとプロトタイピングをできないかという話になりました。彼らの持っている知財は魅力的でしたし、面白い話だと思って一緒に作り始めたんです」。
再生で生み出すサステナブルな価値
「OUTPOSTは、世界のどこでも手に入れられる規格品であり、中古で流通しているコンテナをアップサイクルして、そこに新しい暮らしのOSをインストールする、というのがエムテド田子氏のデザインコンセプトでした」と、猿渡氏。「同じような文脈で、手洗いのユニットが収まるような、世界流通している箱のようなものは何かと考えて、すぐにドラム缶にたどり着きました」。
「ユニットをモジュール化して、それをドラム缶に入れて使えるようにできないかなと考えました。ストラクチャーの中に流路があって、そこにフィルターが挿さっているようなイメージで、そのコンセプトモデルからFusion 360で作りました。現時点では既成のフィルターやタンクを使っているため、内部にはパンパンにメカが入ってしまっているんですが、将来的にはコンセプトモデルのような形にアップデートできるといいなと思っています」。
このプロジェクトは、通常の製品開発では考えられないようなスピードで進められたという。「実は、前田CEOにデザインはコンペを考えていたと後から聞きました」と、猿渡氏は笑う。「超一流のデザインファームにも打診していたようです。結局我々が一週間ぐらいでアウトプットして、前田CEOにプレゼンして一発で決まってしまいました。その後関係者にもプレゼンして、同様に全員に“WOW”を頂きました。
WOTA では、手洗いだけでなくスマートフォンの殺菌も可能になっている。「コストが上がらないよう、最初のプロトタイプではこの機能をオプションにして、取り外しできるようにしていました」と、猿渡氏。「でも、皆がスマホを持っているし、手を洗ってもスマホを触って手が汚れたら本末転倒なので、彼らはどうしてもビルトインしたいと。そういうビジネスライクではないビジョンを持ち、本質的なところを突き詰める姿勢が凄いと思います」。
「短時間で殺菌するには、UVのLEDをかなりの数入れて、線量を上げる必要があります。そうすると、子供が覗き込んでも大丈夫なようにするなど、ユーザビリティと安全性の向上のため、どんどんハードルが上がっていくので大変でした」と、猿渡氏は続ける。「設計チームも要求や変更に対応するのは大変でしたが、彼らの目指すところにだんだん引き込まれていった。そういうところも、すごく良かったですね」
UXまでもデザイン
そうしたタイトなスケジュールの中で、新たな試みも行われた。「今回はアディティブにもチャレンジして、例えばフィルター部分の20ピースぐらいあったパーツも、最終的には3ピースにまでなりました」。
またデザインの過程では、VRも効果的に活用された。従来は立体をフルサイズで見るために使うことが多かったVRが、リアルに体験しながらユーザビリティなどを検証していく、UXデザインのプロセスにも効果的であることが確認できたという。「ものを作る前にVRで確認して、水栓の高さやソープの距離などをVRの中で検証しながら進めていきました。データを使ってVRで検証し、データからフィジカルなものづくりとバーチャルな検証の二方向に分かれながら、短い時間で開発を進められるということを、リアルに実感できました」。
こうして驚異的なペースで開発が行われたWOSHは、プロジェクトの開始から1年を待たず、2021年1月には量産がデリバリー。既にプリプロダクションされたユニットが実証実験などにも使われている。「ものが出来上がったので営業活動が行われていますが、営業用のARなども我々が作り、スポンサー別のロゴを入れたり、本体の色を変えたりしたものが、実際に現場で置かれた際にどう見えるかが伝えられるようにしています」。
社員と共有するサステナブルな未来
「今後の製品開発においては、時代の方向性が合致していることも非常に重要です」と、猿渡氏は強調する。「それがサステナブルな方向に向かっていれば、住宅でも自動車でも、ソリューションの選択肢は共有できるし、どんな案件が来ても対応できるということが分かってきました」。
「いろいろな方向性のプラットフォームを作っておいて、それに対してどういうユニークネスをプラスするかをクライアントがオプションで選べるようにしておけば、見積もりも簡単にできるし、ものを作るプロセスも自然に見えてきます。時代を先読みして、そういうものを準備しておく。プラットフォームやテンプレート化の重要性を、再認識しています」
また、今回のようなプロジェクトは、社内にもポジティブな影響を与えているという。「コロナ禍の中、サステナビリティやSDGsについて、これまで以上に考えるようになってきていると思います。そういう中でWOSHのようなプロジェクトにかかわることで、直接的に社会貢献できるということも実感できるようになったことは、かなりのモチベーションになる。それに、勢いのあるベンチャー企業と一緒に仕事をすると、その情熱に良い刺激を受ける社員も多いですね」。
「こうしたことを通じて、日南は自分の生活に合ったものを自分で作れる会社であると実感し、それをうまくものづくりの現場で生かせるようになればと考えています。そのためには、面倒な申請などが不要で、常に新しいものに触れられる環境を準備することも大切です」と、猿渡氏。「そうしたコンテンツを発信できれば、社員もプレゼンスやモチベーションが上がる。自分の興味があることであれば、勉強することも苦ではないし、スキルアップにも積極的に取り組んでくれる。今後もいろいろなトライアルを行い、それをリアルタイムで発信していければと思っています」。