DX (デジタルトランスフォーメーション) は2004年に提唱された概念だが、この数年はRPAやデジタルツール、クラウドなどと同様に、とりわけ日本で注目を集めるキーワードとなっている。だが製造業の大変革時代と言われ、製造業のデジタルへの移行、デジタルツールの活用が話題になる一方で、日本の製造業界には「何も変わっていない」と語る人が多いのも事実だ。
先日対談*する機会のあったFAプロダクツ代表取締役会長の天野眞也氏は、同社が幹事社を務めるコンソーシアムTeam Cross FAなどを通じて日本の製造業DXを支援し、自らも製造業の経営者を務めるなど、製造業のデジタル化をさまざまな立場で推進する人物。その天野氏は、「コロナ禍でDXが加速するだろうと言われていましたが、日本のものづくり業界では現状維持に留まっている会社が多く、実質的にはDXは進んでいないと思います」と語っている。
その理由として天野氏が挙げるのが、日本の製造業の歴史背景と人材だ。「古くは白物家電から携帯、パソコンから薄型テレビ、自動車に至るまで、日本はずっと世界のトップランナーであり、ものづくりは日本の高度成長を支えた原動力でした。また、日本の製造業界の人たちはレベル、フレキシビリティが圧倒的に高く、世界の中でもダントツに現場力が強い。昔は勝っていたという誇りも自負もあり、人材も優秀だから、デジタルに頼りたくないと考えている人が多いんです」。
だが設計力が高く、生産技術も製造分野でも高度なスキルとノウハウを持つ日本の製造業も、既に海外の製造業との競争力の差は少なく、一部の領域では遅れを取るようになっている。その原因のひとつがDXの領域であり、このところ海外では短時間で革新的な製品とサービスが生み出されるようになった。そうした遅れを取り戻すべく、経産省の「ものづくり白書」でもデジタルによるエンジニアリングチェーン強化の重要性が指摘されているが、ではこれから日本の製造業が目指すべきDXは、どのような姿になるのだろうか?
天野氏は、この中期計画、長期計画が立てづらい状況において、日本の製造業の経営者や役員、事業部長にとって重要なキーワードは「未来予測」だと語る。「それは、未来を予測して当てるということではなく、デジタルを活用して、正確な未来を予測できるようにしておくということです」。そして、この未来予測のために組織に必要なのは、「Google Mapのように、ものづくりを俯瞰で見て、未来を予測するための投資」だという。
「いまあるアナログの工場をコンピューター上にコピーして、その中でいろいろなパラメーターをリアルタイムで入れられるようにする。それがスマートファクトリーを超える“デジタルファクトリー”構築における大切な要素です」。
このデジタル化は、どのようなメリットをもたらすのだろう? 「工場は生き物なので、例えばベテランのAさんが休んだとか、特定の仕入れ先から物が入ってこない、急にお得意様からの大口の製造を優先しなければいけないなど、いろいろなことが起こります。Google Mapの場合、例えば途中で事故が起こったら、迂回した方が距離は長くなっても早く到着することを判断できますよね? デジタル化によって、それと同じことを工場で行えるようにできます」。
「また工場には必ずボトルネックがありますが、工場ラインを俯瞰で見て、どこのボトルネックにどれだけの投資をしたら、それがどうスループットに影響するかもシミュレーションできるようになります」と、天野氏は続ける。「ボトルネックは一箇所を解消したら終わりなのではなく、それが投資によって移動していきます。それを予想できるようにすることで、初めて中期計画、長期計画のロードマップが書けるようになります」。
こうしたデジタル化による未来予測は、IoTの導入により、さらに正確なものにすることができるという。「日報レベルの単純なパラメーターで作った未来予測は、リアルタイムデータが少ないので、昔のカーナビのように大まかな概算は出せますが、コンピューター上で計算した未来予測とリアルの設備ラインがなかなか合わない、ということが起こります」。
「細かいデータを取るにはIoTが重要です。それによって正確な未来予測ができるようになってくると、すべてのボトルネックに対して、どういう投資を、どういう効果を求めてやっていくかが明確になる。IoTを導入し、人による作業では効率が上がらないとなったら、その後に自動化の設備やロボットの導入を検討するという順番で問題ないと思います」。
天野氏が代表取締役社長を務めるロボコム・アンド・エフエイコムが2021年6月に開所した南相馬工場は、このデジタルファクトリーの概念をそのまま現実化したような、新しい形の工場になっている。「瞬発力をもって工場運営できるよう、変種変量・短納期に対応するデジタル化をフルに導入しています。この工場はデジタルシミュレーションにより、まずはコンピューターの中でロボットの動き、装置の動きを最初にデジタルで設計して、それを繰り返し検証したのちにリアル化することで、構想から二年弱という短期間で立ち上げることができました」。
天野氏の言う「未来予測」は、デジタルファクトリーやIoTなど製造工程だけに留まるものではない。前工程である設計においても同様であり、設計者の考えた機能が、その狙い通りに動くのか、そして設計通りに製造できるかも予想できるようにする必要がある。これは、従来は試作品を使って行なってきたことだが、それは設計者つまり「人」の経験に依存するため、どうしても手戻りとエラーが発生し、結果的に生産性も高くなかった。その解決策としてデジタルツールを活用することで、「未来予測」が可能になり、設計側のデジタル化が加速し、それがものづくりの生産設備までつながることで、大きなメリットが得られる。
「製品設計をしている人にも、どのようにものが作られるかが分かってくるし、生産・製造技術やオペレーターの側も、上流側の製品設計までつながる。これは、ものづくりの革命と言えると思います。従来のカイゼンの取り組みでは、リアルの中ですり合わせをして、問題があれば持ち帰って直していましたが、それでは手間とお金、工数がかかりすぎる。これがデジタルで行えれば、効率がものすごく上がると思います」。
それ以外にも、デジタル化により、さまざまなメリットが現れている。「例えばCAMのプログラミングなどをベトナムでやって、日本の工場は切削加工をするだけという場合もあります。時差やグローバルなエンジニアとの連携なども活用することで、事業効率をさらに上げることができています」。
また、設計・製造連携により、ルールとスコアリングが明確になることで、従業員の新たな評価も可能になるという。「製品設計をしている人に生産設備状況が全部わかるので、設備投資がなるべく少なく、かつ作りやすい設計がしやすくなります。そして設計者が、設備投資が少なく、組み立てやすくて利益が多く残るヒット商品を設計できたら、それをスコアとして記録でき、良い設計を繰り返した設計者の貢献を評価できる。製造現場側からも、組み立てやすさ、工程を考えた設計に役立つフィードバックを出せたら、それが評価されるようにできます」。
こうしたスコアリングが、新しいやりがいにもつながる。「デジタルの世界に変わることで、自分の仕事が誰のために役立っているのが分かるようになって、効率が上がるとともに面白くなるんです。僕は、こうして全部がデザインできるようなデジタルファクトリーデザイナーが誕生したら、年収1億円が稼げるようになるだろうと言っています。そういうスター選手も生まれやすいような未来になるでしょう。そうした意味でも、設計・製造連携のデジタル化は、あらゆる製造業で絶対条件だと思っています」。
天野氏が言う通り、これからの日本の製造業が「面白く」なることに期待したい。私自身も、この国の製造業が得意する、極めて細かく、かつ巧みなものづくりが、さらにわくわくするものに変わっていくことを楽しみにしている。そして天野氏との対談で、それにはデジタルの力が必要であると改めて感じた。
*天野氏との対談は現在オンデマンドで配信中です
ジョン・ウォンジンはオートデスクのビジネス戦略&マーケティング本部インダストリー マネージャー。韓国で機械工学を専攻した後、米国で自動車デザインを勉強。自動車デザインを専門にした日本のデザイン事務所で自動車 OEM 向けのデザインとデジタル業務を担当した後、自動車デザイン用 CAD ソフトウェア ベンダーへ転職。オートデスクへ買収された後も、自動車デザイン向けソリューションを主に担当してきたが、最近は日本の製造業における課題を解決するための、デジタル改革への取り組みを提案している。
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