マイ デザイン マインド: 岡 広樹氏が語るオーディオ製品のプロダクト デザイン
初代ウォークマンが発売された 1979 年にソニーに入社した岡 広樹氏は、デザインのためのツールが製図台やハンドドローイングの時代から最新のデジタル ツールまで変遷していくのを、デザインの現場で身をもって体験してきた。
岡氏は、ソニーではプロダクト デザイナーとして活躍。2005 年に発売されたプロフェッショナル向けのポータブル デジタル レコーダー PCM-D1 でグッドデザイン金賞、iF デザイン金賞など国内外のデザイン アワードを受賞した、輝かしい経歴を誇る。
現在は株式会社日南でデザイン ディレクターを務め、同社の様々なクライアントとの仕事を行う一方で、ソニー時代に同僚だったアレックス有江氏がデザイン部長を務める、米オーディオ メーカー Cleer 社のデザインも担当。従来のプロダクト デザイナーの枠にとらわれない、幅広い活動を行っている。
思い浮かんだイメージをデザインとして具現化する作業は、どう変わってきましたか?
ソニーに入社した当時は、スケッチとしてマーカーレンダリングを幾つも書き、デザイン審議にかけて絞り込んだものを図面化するという段階を踏んでいました。いまは、いきなり Fusion 360 でモデリングを始めてしまいます。実際の設計要件も入れつつ 3D モデリングし、レンダリングして写実的な画像を作り、3D プリンターで現寸の大きさで出力して、デザイン イメージを検討した方が早い。
デジタル ツールになって、あまりスケッチは描かなくなりました。以前はスケッチで伝えていたものを、今ではレンダリングとモックアップで伝えられます。ただし、レンダリング画像はモックアップと比べると受ける印象に微妙な違いがあるし、色合いや触感などは伝わりにくいですね。この 20 年でデザインの画材は筆からデジタルに進化しましたが、時代が変わっても変えてはいけないのは、デザイナーの発想や提案、こだわりの心ではないでしょうか。
設計段階で 3D プリントも活用されているのですね?
手描きで、二次元で作業していたころは、スケッチや図面を原寸大で描くためデザイナーが「大きさ」をよく認識できていました。いま振り返ってみると、それが最大の良さでした。頭の中で原寸サイズをイメージできているので、そのモックアップを発注して、出来上がったときにもサイズ的な違和感があまりない。
PC 画面で作業するようになると、自由に拡大・縮小できるので、小さなイヤホンをデザインしていても画面いっぱいに拡大しています。作業としてはやりやすいのですが、サイズ感は把握しづらい。それを 3D プリンターで出力してみて、あれっ!こんなに小さかったんだと、改めて気がつくのです。何度経験しても、実際に出力してみないと現寸感が分からない。VR 技術などで、常に原寸でデザイン作業できるツールができるといいですね。
岡さんと仕事をされる方は、仕事の早さに驚かれるようです。
デザイナーにとって、自分のアイデアや頭の中にあるものをビジュアル化して伝え、共感を得るのはすごく大切なことだと思います。具体的なデザインの依頼をいただくと、その展開のアイデアの、幾つかの案がすぐに頭に浮かんできます。そのアイデアをざっくりモデリングし、レンダリングしてカタログ写真のようなビジュアルにできるので、デザインの方向性を固めるのが早いと感じられるのかもしれませんね。その後の、設計の方とのやり取りや修正作業は結構時間がかかるものです。設計要件に合わせる形で修正をして、キャッチボールの作業の繰り返しです。
現在はプロダクト デザインだけでなく、より幅広いデザインをされているそうですね。
例えば、パッケージのデザインは重要です。箱を開けるときはだれでもワクワクするものなので、それを裏切らないユーザー エクスペリエンスと「おもてなし」の概念が大切なんです。そこで、Fusion 360 でシミュレーションしてアニメーションを作り、それを見せながらクライアントに説明したりします。パッケージやキャリング ケースも、3D でモデリングして中国のメーカーに指示を出します。パーツの分割や機構部分に関してもデザイナーが提案しないと、イメージした通りにならなかったりします。
統合型 CAD の機能が充実してきたおかげで、プロダクト デザインだけに留まらず、グラフィック デザインやエンジニアリング、解析シミュレーションなどなど。仕事の幅が、どんどん広がってきました。
Cleer 社は米国のブランドですが、デザインの際には米国市場を意識されますか?
あまり意識したことはないですね。よいプロダクトは世界共通だと思っています。デザイン クオリティーや発想においても、日本のデザイナーは非常に優れていると思います。繊細な部分もあるし、大胆なところもある。ものづくりのことをよく知っていないと、量産の際に意図したものと変わってしまう場合もある。そのあたりのコントロールも含めて、量産までこだわりをもってものづくりに精通しているのが日本のデザイナーだと思っています。
岡さんがデザインされたオーディオ製品は、どれも音の良さがデザインからも伝わってくるように感じます。
ポータブル Bluetooth スピーカーの STAGE を例に挙げると、一般的な AI スピーカーは縦型のものが多いですが、Cleer 社はオーディオメーカーですので、サウンドからステレオ感が感じられ、音で主張するイメージも表現したいと考えて、あえて横型で提案しました。特にスピーカーの場合、その顔つきやスタイル、音質、音の出方などのトータルな構成がすごく大事だと思うんです。STAGE の場合、正面にフルレンジのスピーカーが 2 つ、両脇は低域を増強するために振動するパッシブラジエターなんですが、それを少し斜めに配置することで、正面から見たときに低音とともに動いているのが見えるよう演出しています。「音の見える化」をテーマに提案させていただきました。
「音楽」とは音を楽しむ行為で、それはこの10年で随分変わってきていると感じています。技術的にも小型化、ハイレゾ化、ワイアレス化、AI 機能、ウェアラブル化などの進化があります。また、音楽には多くのジャンルがあり、それぞれのカルチャーやファッション性があるように、ヘッドフォンやスピーカーのデザインや音造りも、それに合わせる形でさまざまなブランドが生まれます。デザインを依頼されたときに最初にクライアントにお聞きすることは、このモデルはどのセグメンテーションをターゲットにするかということで、しっかりと共通認識を持っていないと、デザインもブレてきてしまいます。
メーカーのデザイナーから試作を受注する側になって、意識の変化はありましたか?
ソニーに在籍中は日南にデザイン モックアップの発注のために図面を書いて製作を依頼する立場でしたが、2 週間ほどで製品より美しい、一品モノのモデルを完成していただいておりました。詳細の形状の確認や修正、パーツの組み付け、塗装色の調整などのチェックで、毎回ワクワクしながら訪問させていただいたことを思い出します。
私がデザインの信念としているのは、マーケットやユーザー体験、製造現場などへ身を投じて現場で発想する「現場主義」であり、それを日々実行してきました。どんな環境でも、答えは現場にあるのです。現在籍を置いている日南は、最先端の機材を有しているものづくり企業であり、モーターショーのコンセプトカーを全て作れる力量を持っています。
形状確認用の 3D プリンターから動作確認のプロトタイプ、金型技術、大型成型機も有しており、生産まで行うことができます。まさに現場で発想ができるようになっていますし、設計開発チームも優秀で、お願いすればなんでも完璧なものができる、本当に恵まれた環境にいます。今後は依頼される仕事だけでなく、弊社のオリジナル SPIRAL ブランドの商品開発も発想していきたいと考えています。