XRとは? それによって激変する建築・製造やメディア・エンタメ業界の姿
XR (エクステンデッドリアリティ) は、何十年もの間、現代人の生活に浸透してきた。90年代前半のVR (仮想現実) アーケードゲームから、Snap ARで利用できる何百万ものAR (拡張現実) レンズまで、XRの進化は勢いを増している。調査グループStatistaは、2021年時点で4.1兆円規模とされる世界のXR市場が、2024年には40兆円に膨れ上がると予測している。
こうしたXRへの熱狂が高まっている一因が、マーク・ザッカーバーグがフェイスブックの社名をメタに変更し、人々が共有の仮想空間で出会って仕事や運動、活動、社交を行える、インターネットの3D進化版となるメタバース計画を発表したことにあることは間違いない。
既にエンターテインメントやゲームでは定着しているXRは、新たな業界にも急速に広がっている。自動車メーカーはデザイン制作にXRを活用し、デザイナーが新しい車種の3Dコンセプトを作成すると、そのデザインを共同レビューしている。メイヨークリニックなどの医療機関は、この技術をインタラクティブな術前計画の作成や心臓手術の補助、手術チームのトレーニングなどに応用。建設会社は、骨組みや配線の設置スピードと品質を向上させるため、工事作業員にARメガネを用意するようになった。また制作スタジオは、ディズニーのTVドラマシリーズ「マンダロリアン」に出てくるような、リアルで幻想的な3次元的世界の構築にXRを使用している。
XPLR Designチーフエクスプローラーのニック・ロセス氏は「我々はすでに2次元の技術を超え、3次元の技術に突入しています」と述べる。「ビジュアライゼーションや、Appleがやっている空間オーディオなど、我々は携帯電話やタブレット、コンピューターをただ眺めるのでなく、ずっとリアルで没入感のある体験を生み出すようになりました」。
このXRがどのようなものであり、現在の業界でどう利用されており、この進化する技術の未来がどのようなものになるかを紹介しよう。
XRとは?
XR (エクステンデッドリアリティ) は没入型/インタラクティブテクノロジーの総称であり、AR (拡張現実) やMR (複合現実)、VR (仮想現実) が包含される。XRは、モバイルデバイスやVRヘッドセット、メガネなどのテクノロジーを通じて利用できる。
VR = 仮想現実
VRは、デジタルの世界に没入し、デジタルオブジェクトの奥行きと視覚的豊かさの体験を可能にする。人間とコンピューターをつなぐ従来型のインターフェースでは、2D表示を介して3D世界と間接的にやり取りを行なっていた。VRを活用すれば、そのオブジェクトの世界に没入して、それが現実であるかのように体験できる。
AR = 拡張現実
ARでは仮想のオブジェクトを、現実世界のオブジェクトとインタラクティブに、かつ空間的な整合性を持たせた状態で現実世界に持ちこむことができる。対象物の世界に入り込むVRとは異なり、ARはオブジェクトをユーザーの世界に持ち込む。
MR = 複合現実
MRとは、仮想世界と物理世界の連続性を形容したものだ。その一端にはVR体験が、もう一端にはAR体験がある。VR体験にウォークスルー映像など現実世界の要素を加えることで、その体験を物理的な現実に近づけることができる。一方、現実世界を置き換えたり偽装したりする仮想オブジェクトをAR体験に追加すると、その体験はデジタルリアリティへと近づく。物理世界に配置できるホログラムを考えると分かりやすいだろう。
XR技術は各業界でどう活用されているか
2021年11月、カリフォルニア州サンタクララで開催されたAugmented World Expo (AWE) にはボーイング、メイヨークリニック、McKinstry、ブリストル・マイヤーズ スクイブといったエンタープライズ企業のリーダーたちが集まり、XRの現在と将来の用途に関する議論が行われた。このカンファレンスでは、何度も「トランスフォーメーション (変革) 」という言葉が口にされた。この新しいタイプの変革は、ローロデックス (回転式名刺入れ) や製図台、紙の時代からの離別を意味するものであり、仮想世界と物理世界を融合する3Dイマーシブ技術がチームの連携、製品の設計と開発、顧客へのサービス提供方法を変える、企業にとって大規模な転換となる。
AEC業界におけるXRの活用
AEC (建築、エンジニアリング、建設) 業界はXR導入の牽引役となり、それをプロジェクトの施工計画やモックアップのレビューと調整、現場での連携と品質管理の向上、建物のライフサイクル管理などに活用している。
1. プロジェクトプランニング
Gilbane Building Company、McKinstry Construction、Genslerといった企業は、インテリジェントな3Dモデルの断面を実際の現場に重ね合わせ、コストのかかる決定を下す前にXRを活用してシナリオを検証している。イケアの購入希望者がARアプリを使い、デジタルレンダリングされた3D家具をリビングルームに置いて、そのサイズが合っているか、インテリアにマッチしているかを確認できるのと同様、各企業もサードパーティアプリを使い、設計プランと実際の現場の状況が一致しているかどうかを判断できる。
オートデスクでテクニカルアカウントスペシャリストを務めるヴィヴェカ・デヴァダスは「例えば駐車場となっている空き地なら、その物理的な空間へ2Dプランを実際に投影したり、ARアプリを使って3Dモデルの視覚化をしたりすることが可能です」と話す。「プランニングの初期段階やコンセプト段階で潜在的な干渉を特定できるので、大いに助かります」。
Autodesk Revitなどの3Dモデリングプログラムで作成したデザインを初期段階でVRに取り込むことで、建築家は高額な費用が必要になったり取り返しのつかない決断を下したりする前に、より直感的に空間の感じをつかむことができる。オートデスクでエマージングXRテクノロジー部門のシニアマネージャー兼主任エンジニアを務めるハンス・ケルナーは「建築では、実際に構築する空間の感じをつかむことができません」と話す。「XRは、その点で非常に役立っています。今や建築家はVRでイマーシブ環境に入り込み、このボリュームでは思ったより大きいとか、これは大きすぎて冷たい感じを受ける、ことを実感できるのです」。
2. デザインコラボレーションとレビュー
デザインコラボレーションは、もはや物理的なオフィスやローカルサーバーに縛られない。XR対応デバイスを利用できれば、アバターとして表現された共同作業者が、世界中のほぼどこからでも同じ3Dモデル内でデザインレビューを実施できる。
「この技術によって時間とエネルギーを大幅に節約できます」と、デヴァダス。「これまでは、あらゆるものを壁に貼り、全員が会議室に籠もってモックアップを作り、またコンピューターに戻って変更を加えるということを繰り返していました。今では仮想空間上で即時にデザインを決定し、多分野のチームと共同作業ができるようになりました」。
XRのメリットは、さまざまなロケーションから3D仮想空間を閲覧できることだけではない。Autodesk Navisworksなどの設計レビューパッケージを使うことで、骨組や配管、空気弁、電線管など、建物の構造躯体の構成も恩恵を受ける。チームは3Dモデル内をリアルタイムで移動し、システムの干渉や測定結果の矛盾の可能性を指摘できる。
3. 現場のコーディネート
現場での人、設備、資材の連携を向上させるため、企業はプレコンストラクションの期間にVR環境シミュレーションを使用している。クレーンは干渉無しに建築資材へアクセスし、それを適切なフロアに移動させられるだろうか? 資材運搬車が混雑する市の中心部を通過して現場に到着するための、最適なルートは? こうした疑問には材料や設備の調達、設置前に答えを出すのが最善であり、VRはそのための費用対効果の高い手段だとケルナーは述べている。
「ここツインシティーズ (ミネアポリス・セントポール都市圏) で、カーギルは最大手企業のひとつです」と、ロセス氏。「新型コロナウイルス流行時は、仕事があるにもかかわらず、大勢が現場にいる状態で業務を進めるわけにもいきませんでした。そこで、可能な限りのマイクロソフトHoloLensをかき集めることでリモートワークを継続し、その情報を在宅勤務する人々に送り続けることができました。以前であれば、その場所に10人だけを集合めて検査、ウォークスルー、デザインプランニングをしよう、ということになっていたでしょう」。
4. リアルタイムでの取付指示
McKinstryの建設部門製品管理ディレクター、デイス・キャンベル氏は、建設の後期段階では、取付担当者が必要なときに必要な場所で1:1のBIMデータの確認を行うのにARが役立つと話す。McKinstryがEmerald Development GroupとBouten Construction Companyと提携し、複数の大学で共有されるワシントン州スポケーンのヘルスサイエンスビル建設に取り組んだ際、作業員はパイプハンガーの設置に、クラウドベースのソフトウェアSpectarを搭載したHoloLensヘッドセットを活用した。地上で2次元図面を見るのでなく、天井にハンガーベッドの接続位置をホログラフィックで重ね合わせて、それを目視確認するのだ。
デザインが直接視野に入ることで、シザーリフトを何度も昇降させる必要がなくなって作業スピードが上がり、ハンガー1本あたり約3.1分が、作業時間の約40%を短縮できた。McKinstryは、同様のプロジェクトのポートフォリオに適用することで年間140万ドルのコスト削減が可能となる。
「XRが正しい情報と正しい材料を、適切な人々に適切な場所と時間に提供するのであれば、それはリーンコンストラクションの哲学に合致していると言えるでしょう」と、キャンベル氏。
「ARは、究極のスタッド発見器と呼ぶにふさわしいものです。壁の向こうを見ることができる超能力を人間に与えるのです」
McKinstry建設部門製品管理ディレクター/デイス・キャンベル氏
5. 安全性とコンピテンシー教育
AECにおけるXRの重要な用途に、従業員、ファーストレスポンダー (初期対応者)、建物利用者のトレーニングがある。「デザインチームには、技術者もそうでない人もいます」と、デヴァダス。「実際に建設現場に行く人には、技術者ではなく、梁を設置すべき場所が分からない人もいます。また消防士のように、建物の安全対策を重視する人もいます。こうした人々にとって、VRでのトレーニングは非常に重要です。彼らが実際に事故が起こる前に準備を整えて、危険な状況を回避するのに役立ち、それが命を救うことにもつながるからです」。
2D図面や取扱説明書の情報を実世界の状況に適用する際には、認知上の負担が大きい空間処理が余分に必要となり、ミスのリスクも高まる。航空機の避難誘導や原子力施設の原子炉管理といったハイリスクな状況においては、そうしたミスは許されない。
「どうせ読まれないであろう200ページものトレーニングマニュアルをデスクに配布することと、1日かけて没入体験をしてもらい、特定の条件下で何をすべきかを実際に見てもらうことの、どちらにメリットがあるかは明白です」と、ロセス氏は話す。
6. 立入検査
ARであれば検査官や施設管理者に、建物の内部構造をレントゲンのような形で見せることができる。機器パネルにアクセスするための十分なスペースは設けられているか? 建物は法令や規制に準拠しているか? 防火設備は適切に設置されているか? 適切な数の部品が適切な場所に配置されているか? 品質管理チェックは従来の評価手法でも可能だが、ARによって、より高度な評価の視点がもたらされる。
「ARは、究極のスタッド発見器と呼ぶにふさわしいものです」と、キャンベル氏。「建設業界では少なくないことですが、何らかの隠蔽箇所があった場合には、施設運営者はそれを知る必要があります。元々BIMにあったものなのか、後からリアリティキャプチャ技術を使って記述されたものなのかを知るには、BIMデータに頼る必要があります。いずれにせよ、ARは壁の裏側を見るという、ある種の超能力を人々に与えます」。
7. 物理的資産管理
ビルのオーナーや施設管理者は、ビルのHVAC (空調) やMEP (機械、電気、配管) システムの性能データを評価し、メンテナンスの必要性や環境への影響の評価を行う際にデジタルツインを利用することが多くなっている。埋め込みセンサー、AI、機械学習、IoTといった技術が応用されたデジタルツインは資産に関わる情報を、設計・建設から運用・保守、将来の使用に至るまでのライフサイクル全体で提供する。つまり、利用可能なデータを満載した、物理的な建物のバーチャルレプリカなのだ。
こうしたデータは従来はダッシュボードに表示されてきたが、そのパラダイムシフトが起こりつつある。AEC業界では、情報を文脈で捉えられるXRで情報を提供することで、チームの情報把握がより容易になるという認識が広がってきている。
オートデスクでXR部門ディレクター兼ゼネラルマネージャーを務めるニック・フォンタは「建物をバーチャルで、完全に表現したものだと考えるとよいでしょう」と話す。「管理された各センサーに、情報がコンテキストに沿って3D空間に表示されます。傾向や知見を得ることも、シミュレーションもできます。没入空間で情報を得ることで、これら全てをよりよく理解し、解釈して、今後のデザインに役立てることができるのです」。
8. クライアントの入札と販売
Zillowなどの不動産系テック企業が提供するバーチャル内見の一般化が進んでいる。こうしたツアーでは、Googleマップのストリートビューのように、希望者が物件を360度見渡すことが可能だ。ゴールドマン・サックスの報告書 (PDF P.7) によると、2025年までに不動産分野のVR市場は26億ドルとなると予測されている。
AECでの使用事例は多くの点で類似しており、いずれも、まだ見ぬ建物の信憑性を高めるものだ。今後、VRはさらにインタラクティブなものとなり、クライアントが照明のパターンや材料の質感など、空間の詳細な造作を理解するのに役立つようになるだろう。「エンドユーザーに、自身が購入しようとしているもの、将来どういったものが作られるのかのしっかりとした理解を提供することが目的です」とフォンタは話す。
製品設計、製造、自動車業界におけるXRの活用
自動車の内外装デザインにおけるXRの活用には豊かな歴史があり、製造業界はこの技術の採用を拡大する準備が整っている。PwCの調査によると、サービスや製品開発へXRを活用することで、2030年までに480兆円規模のGDP増加が予測されている。
オートデスクでVREDとオートモーティブ部門のシニアプロダクトマネージャーを務めるルーカス・フェートは、10年前ほど前、この業界でVRが定着する様子を目にした。自動車のコンセプトデザインには小縮尺のクレーモデルや実物大のプロトタイプが使用されてきたが、一部の企業は比較的低コストで何度もイテレーションが可能なデジタルプロトタイピングに移行していると、彼は話す。
XRは、その必然的な発展形として登場した。初期段階のエクステリアのスタイリングレビューから、光の反射、人間とコンピューターのインタラクション、インテリアの機能性といったより細かな検討事項まで、XRは自動車やその他の製品の構築手法に革命をもたらしている。
1. グローバルなチーム連携
現在、大手自動車メーカー各社はVREDに対応したMRヘッドセットを使用して、写真のようにリアルなイマーシブ環境でグローバルなデザインレビューを行っている。起亜自動車のヨーロッパデザインセンターではデザイナーがVarjo VRヘッドセットを使って現実世界の車と仮想世界の車の間をスムーズに遷移させ、デジタルプロトタイプをリアルタイムで更新している。大陸を超えて複数のチームに配信される画像の解像度は、メタリックペイントの反射に至るまで驚くほどリアルなものだとフェートは話す。
2. デザインレビューとデジタルプロトタイピング
物理的なプロトタイプを何度も作成するのでなくXRでデザインすることの意義は、主にその経済性にある。クレーモデルの作成は最大1億円以上の費用がかかるため、それをデジタルで再現することには「メーカーにとって大きな価値がある」とフェートは話す。デザイナー、エンジニア、テスト参加者はVR内で運転シミュレーションを行い、車の人間工学を検証して、ドライバーの快適性と安全性のサポートにダッシュボードやハンドル、ミラー、デジタルインターフェースのどのような配置が最善かを評価する。
3. 工場・組立ラインの計画と設計
工場設計におけるVR活用の代表例は、組立ライン作業者やメンテナンス作業者の空間確保に関連するものだ。「実際の修理担当者をVRに送り込み、修理していただく内容を伝えて、実際に試してもらうのです」とケルナーは話す。
エアコンプレッサーのカバーを外すなど、比較的簡単な作業でも、周囲の機械やアクセスルートによっては複雑になることもある。VRであれば、こうした問題を事前に指摘し、プロジェクトの遅延やコストのかさむ手直しを回避できる。
4. 製品組立とデジタルファクトリー
効率化は、さらに下流にも現れる。ボーイングは、デジタル製造プログラムの一環としてHoloLensとBARK (Boeing Augmented Reality Kit) を使用しており、これはARが後工程の時間とコストをどう削減できるのかを示すものとなっている。ソルトレイクシティにあるボーイング社の航空機製造拠点でゼネラルマネージャーを務めるローラ・ボグシュ氏は、AWEのセッションで、整備士がこのシステムをQRコードによるガイドとともに使用して、1機あたり241kmものワイヤリングを行ったと話した。
初回通過の品質適合率88%、時間短縮率20%という報告を受けた同社は、このシステムを新しいエアフォースワン (アメリカ合衆国大統領専用機) のワイヤリングに使用する予定だ。エアバスやボーイングなどの航空宇宙企業は、メタバース内にデジタルファクトリーを作ることも計画している。こうした共有仮想空間では、航空機と製造システムの3Dデジタルツインが「航空路の要件から、数百万の部品、数千ページの認証文書まで、航空機に関するあらゆる情報をつなぎ合わせる」 (ロイターの報道による) データ貯蔵庫によりサポートされる。高度な性能試験を行い、これらのシステムが経営者や技術者の期待通りに進化すれば、生産スピードや品質を大幅に向上させる可能性がある。
5. 施設管理者、機械工、メンテナンス作業員のためのトレーニング
Manufacturing Instituteの調査では、調査対象企業の78%が、その分野における高齢化した労働力の流出を「非常に」または「ある程度」懸念している。2017年の時点で、こうした企業の社員の1/4が55歳以上で、特に施設管理者は今後8年間で40%が退職すると予測されているため、その確保が困難になる可能性がある。こうした理由を受け、製造業界ではトレーニングツールとしてのXRの活用事例が登場している。
「施設運営者が消えゆく職種だというわけではありません」と、キャンベル氏。「ただし、その数は日に日に減少しています。業界から引退してしまうので、新たな人材を迎え入れています。そこで生まれたのが、50年間レンチを回してきた人材に、リモートでヘルプ可能なエキスパートになってもらうというモデルです。それにより、現場や既存の建物には若く経験の浅いスタッフを送り、フィルターの交換方法やバルブの回し方などは先輩社員がアドバイスできます」。
「組立作業もそこに含まれます。自動車を組み立てるためのトレーニングや、1日に50回行っても身体に支障を与えないような人間工学に基づいた動作の確認などです」と、フェートは話す。
6. 顧客との共同デザイン
デジタルモデルは、ワークフローの効率化だけでなく、顧客満足度の向上も目指している。フェートによると、自動車メーカーの多くは物理モデルからスタートするが、後にそのモデルをMRのデジタルツインで再現する。このデジタルツインには、車の外面やインテリアにインタラクティブな半透明のコンテンツレイヤーが用意されている。
デザインの初期段階で顧客がQ&Aセッションに参加し、主機能の絞り込みに手を貸す。「デザインの初期段階で視線が向かう先は、非常に興味深いものです」とフェートは話す。ヒートマップを使い、顧客がどこをどれくらいの間見ているかを描画することで、ユーザー体験や顧客満足度をデザイン段階で最大化する方法に関する、有益な知見を得ることができる。
7. マーケティングとセールス
VRは、製造や製品設計において、潜在顧客への訴求にも活用できる。だがそれは、単に「ピカピカの新技術」であることだけが理由ではないと、キャンベル氏は述べる。「業務範囲を理解し、何をどのように成し遂げようとしているのかなど、その整合性が取れていることをクライアントに確信してもらうことが重要です」。
ハイエンドカーのメーカーの多くは、既に販売店で、洗練されたデジタル体験を提供している。色や素材のオプションは、「バーチャルカーに乗車して、あらゆる構成を変更できます」とフォンタは話す。「実際に購入する車を選択する自由が与えられるのです。それにより、黒よりもオレンジが好きだと言ったら納車された車があまりにもオレンジ過ぎた、ということはなくなります」。
メディア&エンターテインメント業界のXR活用
メディア&エンターテインメント分野でも、XRは非常に強い勢いを持っている。最近リリースされたCities: VR for Oculus (Meta) Quest 2などのVRゲームから、写真にデジタルレイヤー (光の効果や新しい髪型など) を追加するSnapchatやInstagram StoryのARフィルターまで、この技術は多くの人にとって身近なものになりつつある。
ビデオゲームにリアルな風景を追加したり、映画の観客を魅了したり、ロンドンのナショナル・ギャラリーのようなバーチャル展示を作成したりと、バーチャルとリアルの融合が起こっている。2019年には1.5兆円規模の市場価値だったゲーム業界は、今後2027年まで毎年30%の成長が予測されている。そして、小売におけるARも拡大中だ。デロイトとSnap (Snapchatの親会社) の調査報告書によると、2025年までに人口の75%、ほぼすべてのスマートフォンユーザーがARを頻繁に利用するようになる (PDF P.4)。既にナイキやロレアルといったブランドが、この技術の導入に乗り出しており、潜在顧客が携帯電話のフロントカメラを使用し、スニーカーを試着したりメイクを試したりできるAR体験を提供している。
1. バーチャルプロダクション
オートデスクのメディア & エンタテインメント部門でインダストリーフューチャーズグループのディレクターを務めるヒルマー・コッホは、XRの最新の使用事例に「バーチャルプロダクション」と呼ばれるTVや映画の演出手法を挙げる。例えばTVシリーズ「となりのサインフェルド」でジェリーとイレインがタクシーに乗っているシーンは、グリーンバックの前に俳優を配置させた、いかにも合成に見えるが、バーチャルプロダクションの場合は、背景を描写するホログラフィックLEDウォール (LEDボリューム) の前に俳優を配置する。「ルーカスフィルムは、このようにして「マンダロリアン」の制作を行なっています」とコッホは話す。
英国のアニメーション・コンテンツ企業Studio Giggleのブログによると、この方法で作られた場面はリアルタイムゲームエンジンを使用してダイナミックにレンダリングされ、背景がキャラクターと連動して動く。この技術は、撮影に必要なロケ数を減らし、ポストプロダクションでの修正箇所を減らし、完璧な天候を待つことなく撮影できるため、場面の嘘っぽさを抑えつつ、経費を削減できる。
2. メタバースでの映画製作
テクノロジー未来学者のテオ・プリーストリー氏は、Mediumへの寄稿で、人気ラッパーのトラヴィス・スコットが2020年4月にEpic Gamesの人気対戦ゲーム「フォートナイト」内で行ったバーチャルコンサートは、未来の映画製作を垣間見られるものだと述べている。2,770万ものプレイヤーが参加したコンサートでは、スコットのアバターがゲーム内のプレイヤーに、炎を上げるマイクや彗星の衝突、ネオンレーザーによるスペクタクルの中でのパフォーマンスを披露した。ゲームエンジンがよりパワフルになり、レンダリング速度が向上すれば、長編映画でもインタラクティブなリアルタイムVRが可能になるかもしれないと、プリーストリーは話す。
遠い未来の話に思えるかもしれないが、監督たちは既にシーンの想定や制作と並行して、スケール感や奥行きを感じるためにVR内で作業を行なっている。「ハリウッドの超有名監督たちの様子を目撃してきました」と、コッホ。「マイケル・ベイやスティーブン・スピルバーグのようなタイプは、ARやVRでシーンを見られるようになれば、違った選択、より積極的で効果的な選択をするようになるでしょう」。
映画館やTVでなくメタバースで映画を見ることの違いは、自分が映画の世界の一部となり、立体的なボリュメトリックビデオ環境の中から世界を見ることができ、自律的な移動、飛行、複数の視点からの体験、興味のあるキャラクターやストーリーの追跡が行える点だ。
「ボバ・フェットやミッキーマウスのファンなら、パーク内だけでなく、携帯電話や、さらには自宅でも会えるようになるかもしれません」
オートデスク メディア & エンタテインメント部門 インダストリー フューチャーズ グループディレクター/ヒルマー・コッホ
3. バーチャルリテール、ラーニング、ゲーム、コマース
メタバースの定義は人により異なるようだが、基本的には人々が周辺環境と共に暮らし、触れ合う共有仮想空間ということになる。例えば、フォートナイトやバーチャルオペ室、あるいはクライアントがVarjo Aero、Microsoft HoloLens、Meta Questなどのヘッドセットを通して3Dで見ることのできる敷地計画案などだ。作家のバーナード・マー氏は「フォーブズ」誌で「3D環境、アバター、ゲーミフィケーションという概念は、すべてVRインターフェースと相性が良い」と記している。
今後メタバースが、支持者たちが信じている通りに普及し、「ニューヨーク・タイムズ」紙のコラムニスト、ケビン・ルース氏が先日公開したポッドキャスト「The Daily」のエピソードでメタバースの先鋭形を表現したような「呼吸する空気」になれば、日常生活のあらゆる側面に仮想空間が浸透し、物理的現実の場合と同様、個人のアイデンティティがメタバースにも組み込まれるようになるかもしれない。そのヒントは既に、顧客がデジタルアバターを使用して宝石や衣服を「試着」できるeコマースサイトや、学生たちが歴史的出来事や量子物理学の概念を視覚化できるようXRを使用する大規模オープンオンライン講座などにあると、マー氏は指摘する。
一方で、3Dバーチャルキャラクターは物質世界の中で、より顕著な存在となる可能性がある。「未来は予測できませんが、ディズニーランドで友人やバーチャルキャラクターを見かけるようになることは、ほぼ間違いないでしょう」と、コッホ。「ボバ・フェットやミッキーマウスのファンなら、パーク内だけでなく、携帯電話や、さらには自宅でも会えるようになるかもしれません」。
XRのメリット
XRが業界を超えて普及し続ける中で、多くの企業が次のようなメリットを実感しつつある。
無駄の削減
3Dデジタルプロトタイプのデザインレビューは、合成による製品モデルの作成と輸送の必要性の低減により、コストと二酸化炭素排出量を削減できる。
コストの削減
ARヘッドセットとガイド付きの指示は、建設現場や生産現場における従業員の組立ペースを上げるのに役立つ。
ボーイングやMcKinstryは、優れたその使用事例を提供している。
理解の向上
建築家やデザイナーにとって、2D画面から受け取るスケール感、立体感、混雑感、光、音響、実体感には制約がある。立体空間に完全没入することは、重要な機能の理解を深めることに役立つ。同じ原理は、クライアントにも当てはまる。
プロジェクトの効率化
計画の初期段階でARやVRを使用することで、関係者の連携を確保し、現場での人や設備の調整を改善し、移動を減らし、手戻りの必要性を抑えることができる。
安全性の向上
外科医、消防士、兵士、原子力技術者、建設作業員など危険な状況にさらされる可能性のあるすべての人が、リアルなイマーシブ環境で安全講習を受けることができる。
より良い意思決定
建物、橋、自動車、航空機のデジタルツインは、エンジニア、オーナー、設備・運用管理者に、資産のライフサイクル全体の性能に関する知見を提供できる。これは保守の向上、エネルギーや水の使用量の削減に役立つ。
XRの未来
新型コロナウイルス感染症は、多くの点で世界を変えた。その大半は悲劇だったが、奇妙にも希望を感じさせるものもあった。XRはインキュベーターやイノベーションラボの枠から飛び出し、Google Glassのような商業的失敗から立ち直って、オフィス、デザイン、制作スタジオ、オペ室、製造、建設現場といった実世界で応用されている。その理由のひとつは、コロナ禍が襲った際、チームは物理的に同じ空間を共有できなくてもプロジェクトを進める必要があったからだと、ロセス氏は話す。VRとARは、データに裏打ちされ、3D空間の臨場感によって強化された、デジタルによる代替手段を提供した。
ケルナーによれば、無骨で高価なヘッドセット、サイロ化したソフトウェアアプリケーション、遅いレンダリング速度、ワイヤレスネットワークの限られた帯域幅が、長年に渡ってXR導入の妨げとなっていた。だが技術の進歩に従って、サプライチェーンに含まれる企業 (特にAEC関連企業) は無駄を省き、連携を高め、経済的成果を上げることができるエンドツーエンドの意思決定ツールとしてのXRの可能性を見出しつつある。
だが、まだ超えなければならないハードルは多いとフォンタは話す。ヘッドセットは、もっと価格が下がり、バッテリー寿命による制約が低くなる必要がある。画像のレンダリング速度も向上が必要だ。サイロ化したソフトウェアプラットフォームは、クラウド上でよりシームレスに統合するためのプライバシー管理とインフラサポートが必要だ。インタラクションは、ユーザーが空間内の位置を把握し、スケッチ、プロトタイピング、アニメーションの作成に役立つよう、ジェスチャーや視線の検出機能に対応したより直感的なものとなる必要がある。そして何より、現実の位置情報と建物モデルを同期させる地理空間タグが自動化され、より高い精度を達成する必要があると、フォンタは話す。
この技術がクリティカルマスに達したことを示す、説得力を持つ徴候も見られる。それは5Gインフラの成長、ハードウェアの選択肢の拡大、Nianticなどのソフトウェア企業が開発した、開発者がXR体験を特定のロケーションに簡単に結び付けることのできるツールなどだ。
「XRに関する課題のいくつかを解決すれば、建設現場を、一日中バッテリーで使える超軽量のスマートグラスを装着して歩き回れるようになります」と、フォンタ。「設計モデルと竣工モデルの違いを認識し、BIMデータをソースから更新できるようになります。データはデザインに反映されるようになり、循環するようになります」。
そのうち、XRはZoomのように簡単に出入りできる空間となるのかもしれない。
「例えば、病院を設計することになり、コンサルタントが必要になったとしましょう」と、ケルナー。「メッセージを送るだけで、デザイン内にその人物が現れるのです。まるで2人とも実際の病院の中にいるように。例えばMRI装置のエルゴノミクスを変更したいとするなら、写真や模型でイメージを作って説明するのではなく、その場に人間工学のスペシャリストを招いて見せることができます。非常に分かりやすいですよね」。