アーティストユニット「TELYUKA(テルユカ)」がSayaに込めた愛
女子高生「Saya」をご存知だろうか。CG アーティストの石川晃之氏、友香氏のご夫婦によるユニット「TELYUKA(テルユカ)」が生み出したキャラクターだ。先日行われた Autodesk University JAPAN 2018 のセッションに登壇した TELYUKA の言葉から、彼らのこれまでの足跡と制作への思いを読み解いていこう。
3DCG の女子高生キャラクター Saya が最初に注目を集めたのは、2015 年 10 月のことだ。Twitter で画像を公開したところ、世界中のネットユーザーから「本物にしか見えない」「リアルすぎる!」と大きな反響を得た。それまでも彼らは自身の作品を Twitter で少しずつ発表し、媒体で取り上げられるなどそれなりの反応は得ていたが、Saya の反応は桁違いだった。
そもそも Saya は、その年の「CGWORLD 2015 クリエイティブカンファレンス」に出展するサンプルとしてつくられた。完全に自分たちの自主制作という形で、業界向けのお披露目として作っていたわけだ。「TELYUKA(テルユカ)」の友香氏は、「自主制作が私たちを育ててくれた」と語る。
「自主制作が仕事と違うのは、最初から最後まで自分たちで考えなくてはいけないということ。みなさんに見てもらうことも念頭に置いて、どう見せるかを自分で考えなくてはならず、考えるべきことも多くあります」と、友香氏。「その“考える”ということを経て、行動に移さなければいけない。そのためにはエネルギーが必要で、それは妄想力とも言えるものです。“こんな世界があったらいいな” “こんなのつくりたい”という自然な欲求がすごく大切だと思います。残念ながら最初から素敵なものをつくれるわけではないので、つくれるようになるためには鍛錬することが必要です」
動くことを前提に考えられた女性目線のキャラクター
「TELYUKA (テルユカ)」のふたりは、小学生の頃からお気に入りの漫画を読むたびに、自分もこんなふうに自由な発想で思い描く世界を制作してみたいと考えていたという。この欲求のまま、ふたりは自然と CG 制作の道に入った。夫婦で 3DCG 制作を行うユニット「TELYUKA(テルユカ)」名義で活動を始めたのは、2009 年頃から。最初は「自分たちの作品で食べていけるとは思っていなかった」というが、次第に頭角を現していく。
17歳という思春期ならではの危うさをはらみながら、同時に透明感を感じさせる魅力的な女子高生キャラクター Saya。彼女をじっと見ていると、こちらを見透かすような視線を投げかけられているような気持ちになる。この不思議なほどの実在感は、どこから来るのだろう。
Saya は最初から動くことを前提に考えられた3DCGキャラクターで、女性目線による、日本人の理想の女の子をイメージしている。
「それまでは外国人のモデルをつくっていたのですが、日本人の美しい容姿も題材になりうると感じていました。日本人をつくるなら日本人である私たちがきっとうまくできるのではと思い、つくることにしました」と、友香氏。
「目の動きや口の動き、舌の動きまでも自由自在にできるように、最初から制作を行ってきました」と、晃之氏は述べる。「Sayaの舌はほとんど見えない状態ですが、そこをイメージしながら、より“らしく”見えるようにモーションも入れ込んでつくっています。舌は人間の中ではいちばん柔軟に動くところです。Maya のスキンウェイト機能を使うことで、他のキャラクターへの応用もできるようになっています」。
「TELYUKA(テルユカ)」は、すべてハンドメイドという制作スタイルにこだわっている。以前は写真から起こす手法も使うことはあったが、平板になりがちだと感じていた。現在は髪の毛一本、靴下を描く際もその構造を研究して、いちから全てのテクスチャーをつくっていく。そうした姿勢に「時代遅れだ」と指摘をもらうこともあるそうだ。しかし、彼らは人間の手がつくり出すゆらぎ、アーティストらの持つ美的感覚から生まれる奇跡を信じて取り組んでいる。
課題へ対する継続的な取り組み
一方で、「TELYUKA(テルユカ)」のふたりは、キャラクターをつくりこんでいくうちに、どうしても自分たちの容姿に似てきてしまうという根本的な問題にも向き合っている。これは絵を描く人の間ではよく言われていることだが、レオナルド・ダ・ヴィンチが残した手稿からも、そのことを実感したという。
「もし君が粗野な人であるならば君の描く人物もそのように粗野で愚かに見えるだろうから君の描く人物の中には君の姿の長所や短所が多かれ少なかれ現れてしまうのだ (レオナルド・ダ・ヴィンチの手稿/TELYUKA 講演時のスライドより抜粋)」
この永遠の課題に対しても、ひたすら鍛錬し、そう感じさせない努力を彼らは重ねている。
2015 年の発表以来、Saya は17歳という設定のまま、成長を遂げている。2016 年にはシャープ株式会社とのコラボレーションにより、8K の静止画、動画を公開。さらに、2017 年には講談社のミスコンオーディション「ミスiD 2018」に出場し、よりリアルなプロモーション動画を公開。実在する女優やアイドルと並んでセミファイナリスト 132 組のひとりに選ばれ、最終的には「2018 年特別賞(ぼっちが、世界を変える。賞)」を受賞する。人間ではないキャラクターの受賞は史上初ということで、これも不気味の谷を越えた Saya の親近感が多くの人の共感を得たからではないだろうか。
そして、2018 年 3 月にはテキサスで行われた SXSW (サウス・バイ・サウスウェスト) にも登場。ここでは Saya に AI を組み合わせることで、画面の前に立った体験者の表情を読み取り、それに対して Saya が自然なリアクションを返すというインタラクションが可能となった。いまや Saya は“Saya virtual human project”へと発展し、さらなる進化を模索している。
最初から動くことを前提に考えられた「Saya」だが、当初は「静止画はいいけど、動画は無理だろう」とたくさんの人に言われてきた。しかし、「TELYUKA(テルユカ)」のふたりはやり遂げることができた。その原動力はどこにあるのだろう。
「3DCG と一口に言っても、さまざまなツールがあり、それにともなったアプローチがあり、表現も人それぞれです」と、晃之氏。「私が 3DCG を初めた頃は特に何も考えていなくて、ただただ漠然と作業を行っているだけでした。なかなか作品を完成させるにはいたらず、とにかく面倒になって放り投げていた。でも、一つひとつのワークフローをきちんと見つめ直すことで、3DCG を理解してつくることの楽しさを獲得していきました。そうすることでアイデアも浮かぶようになっていきました」。
「TELYUKA(テルユカ)」のふたりは、時には仕事を断ってでも Saya の制作に没頭することもあるという。自分たちのお金を使ってでもやる価値のあるものだと考えるからだ。その制作には「3 つの愛が必要だ」という。
「まずは、テクノロジーへの愛です」と、友香氏。Saya を生み出すのに不可欠なコンピュータグラフィックス、そのテクノロジーを支える人々への感謝とリスペクトを持ち続けなければと常に感じています。もうひとつは作品への愛。そして、作品を見てくださる人への愛。愛は人間の中でも重要な感情で、どうやったら作品を通じて愛を感じてもらえるかをいつも考えています」
「TELYUKA(テルユカ)」の活動はインディペンデントだ。厳しい意見を投げられること、資金的に苦しい局面も、時にはあるかもしれない。それでも、「相手にされなくても何度でも立ち上がる」精神的な強さと自分たちが持つ技術とアイデアを磨き続けることで、彼ら自身も Saya とともに進化を遂げている。