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脊椎を守る新たなバックプロテクターでヘルメット以上の安全を提供

spine protector dominik doppelhofer

米TVドラマ「Friday Night Lights」(「プライド 栄光への絆」というタイトルで2005年に映画化) の最初のシーズンで、アメリカン フットボール チームでクオーターバックを務める高校生が競技場で脊椎損傷を負ってしまう。周囲の人々が、そのショックを受け入れるのに苦労する中、コーチであるテイラー氏は「人生は、とてもはかないものだ。我々はだれもが傷つきやすく、必ず一度は人生につまずく。例外なく全員が」と、静かに語った。

研究者が2016年に執筆した「Journal of Spinal Cord Medicine」誌の記事 (英文) によると、脊椎損傷の発生率が高い国とスポーツの相関性が高く (ロシア、フィジー、ニュージーランド、アイスランド、フランス、カナダ)、その原因は危険度の高いスポーツ (ダイビング、スキー、ラグビー、乗馬) が原因していると明らかになった。自転車オートバイのヘルメット着用義務は世界各国にあるが、脊椎を守るバックプロテクターの基準はほとんど整備されておらず、スポーツでの使用推奨も行われていない。

バックプロテクターの大半はバイク用で、動きを制限するタイプや衝撃を吸収するものまで、さまざまなベルトやアーマーがある。だが、オーストリア・グラーツで誕生した新たなプロジェクト、Rotational Spine Protection (RSP) Systemは、身体にぴったりとフィットして動作を一定範囲に「ロック」できるストラップやバックルを備えた「第2の肌」として機能するもので、着用者の動きを常に安全な可動域内に留めることが可能。脊椎のねじれが危険ラインを超えると、締め付けストラップが過大な回転エネルギーを吸収する。

このRSP Systemを手がけたデザイン スタジオEdera Safetyのトーマス・ザイアー共同設立者兼 CEOは脊椎損傷の医療調査を研究し、それがどこでどのように生じた、どのような種類なのかを見極めた。社内ではadamsfourと呼ばれたこのプロジェクトで、チームが焦点を合わせた回転による損傷は、脊椎に直接衝撃が加えられた場合と比較して、5倍もの発生率になる。

「生体力学的な損傷です」と、ザイアー氏。「通常の可動域を超えた、過剰な負荷がかかることで生じます。この損傷は、脊髄に回転力がかかることにより起こります。脊椎の中心を通っている脊髄が、これが裂けたり引きちぎられたりするのです」。

身体の仕組み

最初のステップは、身体を極度に、かつ急激に動かした際に、損傷をもたらす可能性のある力が脊椎のどこにかかるのかを見定めることだった。チームは、センサーを用いた独自の衝突実験用ダミー人形と自然な脊椎の回転の仕組みを模した脊椎モデルを開発し、あらゆる方向に回転力を加えて結果データを収集した。

焦点を当てたのは、頚部と胸腰部をつないでいる椎骨、つまりほとんどの回転と損傷が生じる部分だ。また、グラーツ大学解剖学研究所にある解剖用人体の脊椎を参考にして、回転を加えた際の3Dスキャンを行い、脊椎の生体力学上の可動域に関する追加データも収集した。

adamsfourのデザインによるRotational Spine Protectionのイテレーションのひとつ [提供: Edera Safety]

異なるイテレーション [提供: Edera Safety]

異なるイテレーション [提供: Edera Safety]

異なるイテレーション [提供: Edera Safety]

極めて重要な発見となったのは、人体の筋肉組織によってコントロールされる動きと、骨 (椎骨を含む) 同士がつながる部分に負荷がかかりはじめる動きにおける、脊椎の限界だった。能動的な筋力を使用した場合、人体は可動域の約60%ほどまでしか到達できない。残りは、脊椎の回転など骨の動きを通じて受動的に行われる。

つまり効果的なのは、筋肉に指示を与えることで行われる能動的な運動を制約することでなく、受動的な骨の動きが過剰になる前にブレーキをかけることだった。脊椎が可動域を超えて動かされると、その結果として生じる力がRSP Systemによって吸収されることになる。

新たなジェネレーション

第2のステップは、脊椎の動きに関するすべてのデータを応用し、シミュレートした力とエネルギーを制限する一方で、甲冑のような装着感を与えないシステムをデザインすることだった。

そこで活躍したのがジェネレーティブ デザインだ。ザイアー氏は、オートデスクが2016年に行ったHack Rodとの取り組みを知っていた。Hack Rodはジェネレーティブ デザインを用いて作成したシャーシを搭載するパフォーマンス レースカーで、氏はそれをRSPに応用したいと考えた。「検証用パッドでは、1種類の動きしかシミュレートできません」と、ザイアー氏。「スポーツは動作に多様なバリエーションのある複雑なもので、どれくらいの力や回転、損傷が生じるのかは、実際に衝撃を受けてみないと分からないのです」。

adamsfourはAutodesk Fusion 360を使ってシミュレーションにリアルタイム データを埋め込み、プロトタイプを開発。チームはこのプロトタイプを利用し、さらに多くのセンサーとアプリを統合して関連するすべての力を正確に計測、記録した後、そのデータをジェネレーティブ デザインのアルゴリズムに入力した。

adamsfourに所属する選手兼デザイナーのレネ・シュテーグラー氏にとって、次のステップは、ジェネレーティブ デザインのプロセスから得られた形状に取り組み、最良のソリューションを見つけることだった。「得られた結果は、製品として販売するにはちょっと極端過ぎるものでした」と、シュティーガー氏。「ユーザビリティのためには、人々が喜んで着用できるよう、機能を単純化する必要があります」。

RSP SystemはB2Bのテクノロジーであり、adamsfourはキットとして他メーカーに販売する予定。各メーカーは、それを独自の製品に組み込むことができる。まだ準備段階だが、adamsfourは既に有名スポーツウェア ブランド3社との契約の最終合意を進めている。

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RPS Systemのデザインに取り組むEdera Safetyのトーマス・ザイアーCEO [提供: Edera Safety]

「制約に応じた構造の、数多くの提案が得られます」と、ザイアー氏。「ジェネレーティブ デザインがカギとなるイメージを生成し、その形状から現在使用している最終製品が生まれました。それを直感的なノウハウ、デザイン チームの開発スキルと組み合わせて、商品へと転化させる必要があります」。

このプロセスの利点に、一連の力とエネルギーが身体のどこに作用するのかというシステムの計算に基づいて、必要な材料の量を減らせることがある。「このプロセスがなければ、より多くの材料が必要になっていた可能性がありし、より重いものになっていたかもしれません」と、シュテーグラー氏。「負荷の量、必要な材料の厚みに関する回答が得られます。それを最終製品にどう実装するかは、それぞれの判断次第です。周辺部位の構造がどうなるかは、骨格に基づいているのです」。

次のフェーズは、より大人数のテスト ライダーにより多くのセンサーを装備してもらい、さらに細かな詳細情報を取得して、トポロジーを向上させることだ。

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オーストリア・シュラトミングでRSP Systemの検証の準備を行うダニエル・クロバト氏 [提供: Edera Safety]

現実の世界

これほどまでのシミュレーションとデータ処理、精密化によって、それに見合ったユーザー エクスペリエンスが得られるのだろうか。簡単に装着でき、快適で効果的なデバイスになるのだろうか?

重要なのは、適切な材料だ。材料固有の強度や、皮膚や衣服の表面との間に要する適切な摩擦力を失うことなく、切断や成形が可能である必要がある。極薄の生地や汗まみれの身体の上でデバイスが滑るようでは、動作を十分に制約できない。その答えとなるのが「クロロスルホン化ポリエチレン合成ゴム」と呼ばれる物質で、これはゴムボートに使用される材料に似たものだ。

adamsfourでダウンヒル マウンテンバイクのテスト ライダーを務めるドミニク・ドッペルホーファー氏は、「快適な装着が可能です」と話す。「他のバック プロテクターに比べると、装着が少し難しいですね。肌のように身体に密着させるには適切な調整が必要ですが、機能は本当に素晴らしい」。

今後、スポーツを行う際に脊椎を過度な回転から守る必要があれば、オーストリアの小さな会社と身体構造に関する研究、ジェネレーティブ デザインへ感謝することになるだろう。

著者プロフィール

成長の過程で世界を変えたいと考えていたドリュー・ターニーは、やがて他の人がどう世界を変えているかについて書くほうが簡単だと理解しました。現在はテクノロジーや映画、科学、書籍などの著述を行なっています。

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