レジリエンス計画: コミュニティが立てるべき災害復興計画
- ハリケーン・カトリーナを経て、米国のレジリエンス計画には大幅な見直しが必要であることが明白となった。
- レジリエンス計画には、政府、専門家、影響を受けるコミュニティなど、多くの関係者を考慮する必要がある。
- レジリエンス計画には、政府、専門家、影響を受けるコミュニティなど、多くの関係者を考慮する必要がある。
2005年8月下旬、メキシコ湾岸を襲ったハリケーン・カトリーナによりニューオーリンズは大混乱に陥った。街の約8割が水没し、電気も水道も止まって、その夜のうちに45万人が避難を余儀なくされた。
ニューオーリンズにある地域密着型プランニング/建築スタジオConcordiaの設立者兼CEOであるスティーブ・ビングラー氏は、海抜が高く、市内でも標高の高い地域であるフレンチ・クオーターの自宅からヒューストンへ避難した。
2021年10月に開催されたUrban Land Instituteのミーティングで「海洋の変化: 異常気象に備えたホールシステム的コミュニティ計画 (Sea Changes: Whole-Systems Community Planning for Extreme Weather)」と題したプレゼンを行ったビングラー氏は、米国の都市が経験したことのないような、ハリケーン災害後の余波を詳しく説明した。最大規模であるカテゴリー5の巨大なハリケーンが街中を水浸しにし、建物内にプールのような水たまりを残した後の復興は、これまでに前例がなかった。
「誰も戻って来られませんでした」と、ビングラー氏。「私はニューオーリンズからヒューストンに避難しましたが、その後アトランタに移り、さらにマンハッタンに1年滞在しました。その過程で、ニューオーリンズの復興計画をまとめることが急務でした」。
だが、それには時間がかかった。レイ・ネイギン市長率いるニューオーリンズ復興委員会 (Bring New Orleans Back Commission) がシェラトンホテルに集まった数百人の住民に対して発表した最初の計画は、市内の低地エリアを放棄するというものだった。
これは地理的観点だけで見れば意味のある計画だったが、こうした低地が主に人種や民族を理由に住民へのサービスを拒否する「レッドライニング」によって1950年代に低地へ追いやられた、アフリカ系アメリカ人のコミュニティに占められている事実への配慮に欠けていたとビングラー氏は話す。
ビングラー氏は、計画発表会を「最初にマイクの前に立ったアフリカ系アメリカ人は、委員会のリーダーに向かって“(ジョセフ・) カニッツァーロさん、私はあなたが示した地図で大きな緑の点 (放棄予定の低地) が付けられたロウワー・ナインス・ワードの住人です。あなたのことは知らないが、嫌いです”と述べ、そこからは事態は悪くなる一方でした」と振り返る。「もはや物理的な問題ではなく、文化や社会、経済、さらには教育にも関係するものになりました」。
市議会が提唱した「ランバート・プラン」と呼ばれる次のプランも同様の問題を含み、60cm以上の浸水が起きた地域にしか対応していなかった。連邦政府からの支援取り付けを担当するルイジアナ州復興局は、洪水による近郊都市と郊外への影響が適切に考慮されていないという理由で、この計画を却下する。
ハリケーンから7カ月が経過しても、救済活動の計画も、連邦政府からの資金援助もなかった。10年間で1.6兆円以上をConcordia New Orleansに投じる復興再建計画「統合ニューオーリンズ計画 (Unified New Orleans Plan) 」の策定依頼があったのはこのときだ。この再建と復興の多次元的な計画は、ロックフェラー財団を代表する大ニューオリンズ財団 (Greater New Orleans Foundation) から3.5億円の資金提供を受けている。
草の根的なコミュニティ活動と、気象現象が脆弱なコミュニティへ深刻で不均衡な影響を与えていることへの理解に端を発するこのプロセスは、ニューオーリンズからダラスまでの9,000名 (うち64%がアフリカ系アメリカ人) が対象となった。その結果として生まれたレジリエンス計画は、洪水に強いインフラの構築、賃貸住宅やアフォーダブル住宅の建設、学校、医療、社会福祉施設の再建、警察署や消防署の再設置のためのロードマップを提供した。
出口調査によると、これは住民に広く受け入れられたようだ。他の計画は失敗に終わったのに、この計画はなぜ成功したのだろうか?
「信頼が一番の重要課題です」と、ビングラー氏。「人々は、今後の人生や暮らしを誰かに託すことは困難だと感じています。そうした人々が参画することが必要です。信用できないのは政治家だけではありません。人生を変えるような決断の際には、自らが立ち会うのが自然なのです」。
レジリエンス計画とは?
ワシントン州天然資源局制作担当部長兼チーフ・レジリエンス・オフィサーで、以前はヒューストンとロサンゼルスのチーフ・リライアンス・オフィサーを務めていたマリッサ・アホ氏は、レジリエンス計画とは曖昧な要素の多い用語だと言う。レジリエンス計画では、大災害への備え、緩和、対応に対する多次元的なアプローチが必要となる。一般的には、都市や国家がショックから立ち直り、将来のリスクに備えるための手段として理解されている。ショックをもたらす出来事には、ハリケーンや地震、火事などの気候災害や、サイバー攻撃やテロ行為などの犯罪計画がある。またレジリエンス計画では、インフラの老朽化、ホームレス問題、サプライチェーンの不足、経済的不平等といった慢性的な圧迫も考慮される。
「特に工学や建築の分野では、50年先、100年先を見越してリスクを想定し、そのリスクに耐え得るインフラや建物を生み出すことができます。現在あるリスクだけでなく、未来のリスクに耐えられることが重要です」と、アホ氏。「起こりうることは想定内です。重要なのは調整して適応できるかどうかです」。
良質の計画とは、系統立てられたものであることも必要だ。統合ニューオーリンズ計画では、物理、経済、社会、文化、教育、組織という6つのリスク領域に取り組んでいる。ニュースレター、アンケート、コールセンター、ゲーム、13地区での4回の定期ミーティング、他の都市の避難民への働きかけ、バーチャルミーティングなどを利用し、市民が懸念を表明し、アイデアを共有する機会が設けられた。こうしたコミュニティ参加型のセッションは近隣、地区、地域の各レベルで行われるべきであり、低・中・高リスクの地域を定義し、それぞれのリスクレベルに適した解決策を考案するのに役立つ。
コミュニティはレジリエンス計画から受ける恩恵とは
災害に備え、災害から立ち直り、そして人々の暮らしを向上させるため、コミュニティのレジリエンス計画は重要だ。
米国国立標準技術研究所 (NIST) が作成した建築/インフラ計画用プレーブックには、自然災害や人為的災害の余波に対するレジリエンスを備えた建造環境が提供する、次のような追加的なメリットが挙げられている:
- 物理的、経済的、環境的、社会的なダメージの減少。
- 危険な状態からの迅速な復旧。
- 保健および教育サービスの維持と向上。
- 救援活動や復興活動にかかる費用の削減。
- 「自然環境とつながった住みやすく歩きやすいコミュニティなど」のコミュニティ全体にわたるインフラ資産の構築。
非営利団体100 Resilient Citiesは解散したが、同団体のチーフ・レジリエンス・オフィサーと一部のスタッフはロックフェラー財団の支援を受け2020年に再出発した。このResilient Cities Networkと名付けられた団体は、気候変動への適応、省エネルギー、そしてローラ・ブリス氏がBloomberg CityLabで組織設立のミッションについて説明しているように、「ショックによって露呈する可能性のある、あらゆる社会的、インフラ的な亀裂」に幅広く焦点を当てている。
都市によっては、アフォーダブル住宅、医療、社会福祉の利用機会の向上、モビリティや交通手段の改善計画も含まれている。
「レジリエンスとは、最も脆弱な人々や場所、システムが、ショックやストレスによりどう過度に大きな影響を受けるのかを意味します」と、アホ氏。「レジリエンスの取り組みには、その根底にあるストレスや状態を検討し、その解決に努めることで、人々がショックをやり過ごせる状況にすることも含まれます。ヒューストンでは、洪水や冬の嵐、コロナ禍など、同じ人たちが何度も影響を受けました。CDCの脆弱性データなどに、それが示されています」。
レジリエンス計画は、人命を救うこともできる。Simpson Gumpertz & Heger Inc.で機械工学部門のコンサルティング・プリンシパルを務めるドン・デューゼンベリー氏は、9.11同時多発テロの後、米国国防総省本庁舎 (ペンタゴン) の検査分析を行った建物性能チームのメンバーだった。ペンタゴンは倒壊に対するレジリエンスを考慮した特別な設計が行われたものではなかったが、デューゼンベリー氏によれば、攻撃後のペンタゴンの建物性能は、アメリカ土木学会による政府庁舎、高層ビルロビー、橋梁などの構造機能不全リスク軽減のための「層崩壊緩和技術」基準策定で有益な指針となっている。
「飛行機はペンタゴンの1階部分に着地しましたが、上階はすぐには倒壊しませんでした」と、デューゼンベリー氏。「15分から20分程度持ちこたえ、上階の人々が避難できる時間が確保できました。構造体は十分な残留強度を有していました。外壁に石積みをしていたこともあり、上層階の床が一体となって分厚い梁として機能し、構造を支えたのです」。
レジリエンス計画と気候変動
ビングラー氏は、レジリエンス計画は都市や地域によって異なると話す。ルイジアナ州南部の地盤沈下や洪水は、ベトナムからバングラデシュに至る世界の沿岸地域の問題と似ているが、カリフォルニア州やワシントン州では酷暑や山火事の深刻化、ウェストバージニア州やケンタッキー州では土砂災害や河川の氾濫の脅威にさらされている。こうした緊急災害へのアプローチは、多くの場合、市のチーフ・レジリエンス・オフィサーの主導で進められるが、気候科学の権威、公選の役職者、建築家やエンジニア、市の住宅、交通、開発課、そして何よりも住民自身の参画が必要となる。
「この計画が住民の計画であることが理解されなければなりません」と、ビングラー氏。「公選の役職者や工学などの専門家が地域社会を代表して取り組んでいるのであり、地域社会が役職者のために働いているのではないのです。リーダーシップとコミュニティの間にそうした取り決めが存在しなければ、計画は成功しません。人々の暮らしがかかっているのですから」。
NISTのプレーブックにはコミュニティのレジリエンス計画のための6ステップのアプローチがまとめられており、プロセスを始めるのに最適だ。
- 主要な意思決定者、地域のリーダー、利害関係者から構成される、多様で代表的な共同計画チームを結成する。
- コミュニティの建物やインフラ体系、および、社会的、文化的、経済的機能に関する情報を収集する。
- 予想されるショックから回復し、意図された機能を果たすための建造環境の性能能力を評価する。
- コミュニティが特定したレジリエンスの欠落部分に基づいて開発を計画する。
- 地域社会のレジリエンス目標、計画、実施方略を文書化する。
- 公的機関や民間企業で採用された戦略やソリューションの性能を追跡する。
ロックフェラー財団とウォルトン・ファミリー財団からの資金提供を受け、82名からなるチームの専門知識を活用して作成されたConcordiaの報告書Sea Changesも、有用な指針となっている。米国住宅都市開発省の資金提供を受けているルイジアナ州南部のレジリエンス計画イニシアチブLA Safeと共同で作成されたこの報告書は、統合ニューオーリンズ計画の有効性を評価するとともに、計約100万人が居住する沿岸6つの教区において、洪水リスクの増大が政策、計画、設計にどのような意味を持つかを算定している。
得られた結論のひとつは、質が高くアクセスしやすいデータを用いることの重要性だ。任命されたフェローが主催する8-10名の小グループミーティングは、タウンホール形式の集会よりも効果的であることが多い。
「公聴会で科学者がプレゼンし始めると、人々の目がどんよりと曇ります」と、ビングラー氏。「もう聞きたくないという心の声が聞こえてきそうです」。
サイロ化された部門間で計画を進めるのではなく、集中型の権限を持つことは情報の流れの効率化にも役立つ。
「ハリケーン・カトリーナをきっかけに、部門間連携への対処について、非常に洗練されたアイデアが生まれました」と、ビングラー氏。「コミュニケーションを行うことのなかった各部署が、復興の統率機関としてひとつにまとめられました。ルイジアナ州の沿岸保護・復興局は、実際には州内の各組織を合併したものです」。
気候適応と人口移動
世界各地でハリケーンや山火事、干ばつなどの被害が緊急かつ加速度的に発生していることを考慮すれば、レジリエンス計画は、安全にコントロールできるリスクは緩和し、コントロール不能なリスクからは避難するという2つの戦略に基づいて構築する必要がある、とビングラー氏は話す。
Sea Changes報告書には、港湾や漁場の防護、調整池や湿地公園の建設、住居の高床式化、必要に応じた堤防の補強、学校での気候変動教育の実施など、いくつかの緩和策が記されている。ビングラー氏は、重要なのは「自然に抗うのではなく共生して取り組み、100%工学的なものではなく自然に基づくソリューションを用いる」ことだと話す。
氏は、堤防は地盤沈下と鳥類の足のように広がる河川水系からのイトスギや湿地帯植物の消失原因になっていると述べており、ニューオーリンズの計画立案者たちは堤防建設とは逆の方向に目を向けることを学びつつある。水路から土砂を浚って浸食された陸地を再建して内陸に水を呼び込めば、水系を1927年の洪水以前の状態に戻す取り組みに着手できる。堤防の導入以前は、街が「バスタブのように」水浸しとなったり、高潮で氾濫したりすることは、それほど多くなかった。
「オランダでは、こうした取り組みが1,000年前から行われています」と、ビングラー氏。「水と共存し、水を内地に取り込むべきだと学んだのです。彼らは「美しい運河を建設し、この運河に沿って高家賃のハイブリッド住宅を設置しよう」と考えました。アムステルダムのあの美しい運河は、実際には雨水管理システムなのです」。
だが、気候変動の進行に抵抗するための緩和策は、もはや手遅れかもしれない。2018年11月に発表された第4次米国気候評価では、今世紀末までに地球の平均気温が最大9度上昇すると報告されている。最も深刻な気候シナリオを想定した場合、2067年には「ニューオーリンズは南ルイジアナに浮かぶ島となり、ほぼ完全に水に囲まれた状態になる」と、ビングラー氏は話す。
ここで重要なのは「避難」という概念だ
「少なくとも数百マイル内陸のエリアに注目する必要があります」と、ビングラー氏。「若年層の多くは、起こり来る変化を認識しています。彼らは再定住により高い関心を持っており、そうする可能性も高いのです。実際、現在の予測では、米国では2100年までに約1,300万人が沿岸部から内陸へと移住すると言われています」。この統計は、学術誌PLOS ONEに掲載されたUSCの研究者による機械学習研究から得られたものだ。
レジリエンス計画とコロナパンデミック
人口移動の管理であれ、新型コロナウイルス感染症パンデミックへの対応であれ、レジリエンスを持つ建造環境開発のプランニングは、関連する他の懸念とも符合する。NISTの研究者が中小企業を対象に行った米国海洋大気庁NOAAとの共同調査によると、回答者の29%がパンデミック中に自然災害を経験している。さらに興味深いのは、回答者の24%が「過去に自然災害に備えた経験がコロナパンデミックの際に役立った」と回答しており、そのアプローチとして「万が一に備えた蓄え」や「テレワークへの準備」を挙げていることだ。
ここで得られる教訓は、レジリエンス計画は自然災害への備えや軽減以外にもメリットがあるため、全体的な視点で捉える必要があるということだ。
レジリエンス計画の未来
ジョー・バイデン大統領が発表した230兆円規模の米国雇用計画 (American Jobs Plan) は、過去10年間の都市のレジリエンスへの動きに特徴的なテーマの多くを反映したものだ。ニューヨーク・タイムズ紙が報じたように、支出と税額控除の組み合わせが、異常気象に耐えうる道路、橋、空港の建設、電力網の更新と電気自動車製造の促進、風力や太陽光、場合によっては原子力などのゼロカーボンのエネルギー源による発電を米国内の電力の一定割合に義務付けるクリーン エネルギー基準 (Clean Energy Standard) の導入などに使用される。
その中には「山火事、海面上昇、ハリケーンに備える」ための5.7兆円のインフラ整備予算が含まれ、同紙は「低所得者や有色人種を守るための投資に重点が置かれている」と報じている。バイデン政権が2021年8月に発表した、異常気象や気候関連の災害に備える地域社会を支援するための5,700億円の資金援助の詳細は、こちらで追加情報が案内されている。
地方自治体同士が管轄をまたいだ連携を行うには連邦政府の資金援助が必要となるが、日増しに深刻化する気候危機は資金だけでは解決できない。EPAのウェブサイトに掲載されている一連の報告書では、地域レベルで連携するチームが進めた場合に、レジリエンスと復興のアプローチがどのようなものになるのかが説明されている。
地元のニーズを理解し、それに応えるため、FEMAは無料のGISマップを開発。コミュニティリーダーは、このマップを使用することで国勢調査データ、インフラの位置、リアルタイムの天気予報、災害履歴、ハザードリスクの年間頻度などを、ほぼリアルタイムで調べることができる。また洪水保険プログラム、インフラ助成、テロ対策の取り組み、救助者や緊急事態管理者向けトレーニングなどの情報はFEMAのウェブサイトでも公開されている。
ビングラー氏は、米国雇用計画に刺激を受けたとし、これが「この危機から抜け出すための計画立案の機会の始まり」かもしれないと考えている。だが同時に、地域社会の信頼を得ることが、レジリエンス計画推進の決定打であり、ここに力を注ぐ必要があることを強調した。
「南ルイジアナ州では、人々が湾港施設から外を眺めて“水没しているあの一帯は、10年前まで湿地帯だったんだよ”と言っています」とビングラー氏は続ける。「それでも気候変動など信じないと言う人がいるかもしれません。人は、不安や恐怖に襲われると、手を伸ばす代わりに身を縮めてしまうものです」。
だからといって、プロセスのプランニングから彼らが排除されるべきではない。呼びかけて、招き入れるべきなのだ。
「この課題にはコミュニティ全体で取り組まなければなりません」と、ビングラー氏。「専門家でも、政治家でも、財団でも、これまでの規模の問題を解決することはできません。挑むべき課題は非常に大きなものであり、我々の一部ではなく全員が関与すべき解決策なのです」。
この記事は2019年5月掲載の原稿を更新したものです。