柳澤郷司氏がジェネレーティブ デザインの3D金属プリントで実現するIoTロードバイク
インダストリアルデザインの役割が、工業製品の意匠デザインだと考えられていたのは過去の話だ。現代のインダストリアルデザイナーは、製品や商品が生み出す価値や、それにより誘発される行為、さらにはそれが形成する文化や築き上げる時代性をもデザイン。素材の開発や設計にも深く関与している。
映像表現を学ぼうと英国UCA芸術大学へ留学した柳澤郷司氏は、最終的には同大学のインダストリアルデザイン (Industrial Design / Sustainable Future) 科を選択。そこでは単に形状表現やその美しさを追求するだけでなく、なぜその形になったのか、なぜその素材を使う必要があるのかなど、何をするにも説明、理由が求められたという。そして、そこで学んだ「プロダクトは、それを使う人からどういう評価が得られるかを、ある程度は定量化して、可視化することで完結する」という考え方が、最も腑に落ちたと語る。
「嗜好性が強いもの、狭い分野のもののデザインをしている場合、インダストリアルデザインの世界では使う人の顔は見えません。その中で、どういうサービスやプロダクトを提供しなければいけないかを考えると、何かしらの定義付けや法則、そのための閾値が必要になる。そこを追求するように初めて言ってくれたのが教授で、その点には非常に感謝しています」。
その柳澤氏が現在開発を行っているORBITREC (オービトレック) は、「マスカスタマイゼーションに対応したIoTロードバイク」というユニークなコンセプトを持つプロダクトだ。3D金属プリントされたパーツにはジェネレーティブデザインを多用。この製品を手掛けるきっかけは、3Dプリントの技術立証のため、ロードバイクフレームのコンセプトモデルDFM01に携わったことだった。
氏の主宰するデザインスタジオTriple Bottom LineとDMM.make AKIBA、ABBALabが共同開発を行ったDFM01は、金属3Dプリントでの造形技術を駆使して一般向けの実用品を作るプロジェクトとしてスタート。通常は航空宇宙産業や医療分野などの専門分野等での用途が中心となるチタニウム合金で3Dプリントされたパーツと、カーボンチューブで構成されたフレームを採用したロードバイクは、2015年4月のミラノサローネへの出展でも注目を集めた。
2016年1月にはラスベガスで開催されるCES (コンシューマー・エレクトロニクス・ショー) で、そのDFM01を量産に適した形へアップデートしたORBITRECをアナウンス。新たなコンセプトも盛り込まれ、同年のCES INNOVATION AWARDを受賞している。自らもロードバイクを愛好する氏は「自転車はスポーツ競技としては優れたセンシングを行っていますが、そこで必要とされるのは競技者自身のデータを取ること、というのが現状ではないかと思います」と言う。そこで、自身のデザインするロードバイクにはIoT機能を新たに搭載して、自転車そのものの環境データを取ることを考えた。
「競技用自転車は、オートバイや自動車のように先進的かつ工学的な定量測定はされておらず、この道40年の名人による知識と経験にもとづいたジオメトリになっています。大手メーカーは工学的な検査もしていると思いますが、僕らはそうした知見も使えないし、自転車のエンジニアもいないので、自転車そのものの環境データを取ることで発売後にもイテレーション (アジャイル開発で反復して行う開発サイクル) を回そうと考えました」。
開発当時、この規模のパーツを金属3Dプリントで出力できる工場は国内には10社未満しかなかった。しかも発火しないよう不活性化のためイナートガスを連続注入するなどの条件を満たせるところは、その半数しかなかったという。「3Dプリンターによって形状や素材の制限から解き放たれたと思ったら、別のハードルが出てきてしまった。しかも、当初はペダル軸を1本作るだけで400万円だと言われました」と、柳澤氏。
「そこから協力工場を探して、設計を工夫するなどしたんですが、ジョイント部分の焼結のためレーザーの接点時間を調整すると、鬆 (す) の部分ができてしまう。どうしても焼結できない部分が出てくるので、強度が出ない。それで、最初から鬆のある状態で設計した方がいいんじゃないかと考えるようになりました」
そんな折、航空宇宙産業関係の会社のアディティブマニュファクチャリング事業部の白書で、そうした構造を採用した航空機のドアヒンジがあることを知り、その技術者から使用したテクノロジーに関する情報を得ることができた。そのデザインに使用されたAutodesk Within (現在は Netfabbの一部) は、入力された3次元モデルに対して、3Dプリントした際の部品重量を削減できる、人間の骨のような中空格子 (ラティス) 構造を動的に生成可能なソフトウェアだ。
このラティス構造をジョイント内部に利用することで、強度の確保と軽量化が同時に実現できる。幸いにも協力工場がWithinを導入しており、その知見も出してもらえることになった。「最初はヘッドパーツの接ぎ手部分だけ、次にボトムブラケットの接ぎ手部分、それから内部に少し入ったところまでラティス構造にして、最終的にはボトムブラケットなども全ての内側がラティス構造になりました」。
ORBITRECはIoT機能を実現するため、9軸センサー (加速度、角速度、地磁気) や温度・湿度、気圧、照度のセンサーのほか、GPSやBluetooth、WiFiなども搭載。走行テクニックの記録・分析や、レース時にも活用できるテレメトリー機能として使うなど、さまざまな用途が考えられるという。
「周期性の高い運動に対してはカーボン側で吸収する設計なので、既に試走した方からは、足が疲れていないときは天国の乗り心地という評価をいただいています。また、ユーザーが自分で車体を倒しこんだりハンドルを操作したりすることに対しては機敏に反応するということでした」。
こうして、フルカーボンの他社製トップモデルとほぼ同じ重量を実現しながら、自転車に取り付けて走行データを記録するだけの従来型サイクルコンピュータではなく、クラウドと連携することで走行データをリアルタイムに共有・分析が可能となるIoTロードバイクORBITRECが誕生した。
ORBITRECは株式会社CerevoのXON (エクスオン) ブランドから発売されることになっており、現在はその準備段階に入っている。既にシミュレーター上での計算は終わっており、実環境下での実走行試験を行っているとのこと。完成品や規定サイズでの納品は行わず、ライダー一人ひとりのニーズに合わせて、フルオーダーメードでの受注販売が行われる。