「モアナと伝説の海」が起こすアニメ業界の次なる波
浜辺に波が打ち寄せ、船縁に当たって砕ける様子を想像してみよう。その水しぶきを、CGでリアルに再現するには、どうすればいいだろう。ディズニー映画「モアナと伝説の海」のアニメチームは、それは至難の業だと断言する。
髪や水、微細な粒子や糸の集合体から構成されたものは、アニメーションにおいて最も難しい要素だ。そのいずれもが独自のまとまりを形成して、その動作は相互に影響し合う。動物や怪物、その他にも毛むくじゃらのキャラクターが作品に多数登場することから、ザ・ウォルト・ディズニー・カンパニーは長年にわたり、リアルな髪のアニメーションや3Dプリント製の髪のパイオニアとして君臨してきた。そして「モアナと伝説の海」では、アニメーションに残された最後の未開拓分野である「水」の表現に挑もうとしている。
古代の南太平洋を舞台とするこの作品は、16歳の少女モアナと伝説の英雄マウイが大海原を探検し、少女の先祖の謎を解いていく姿を追う物語だ。ストーリーが示す通り、この映画には水が大きく関係している。海は独自の人格を持つ登場人物となり、赤ちゃんだったモアナと仲良くなって、映画全般を通して冒険の手助けをする。
海を登場人物とすることで、「モアナと伝説の海」のアニメーションはさらに困難なものになる。チームは、(映画館のスクリーンサイズのみならず3Dとしても) 本物の水のように見えるCGの海をプログラムするだけでなく、実際の海にはない「人格」も表現する必要があった。この任務は、ハンク・ドリスキル氏 (テクニカルスーパーバイザー)、カイル・オダーマット氏 (視覚効果スーパーバイザー)、マーロン・ウェスト氏 (効果部門共同責任者)、デール・マイエダ氏 (効果部門共同責任者) らで構成される特殊効果チームに託された。
「映画の全編にわたって水が登場します」と、ドリスキル氏。「モアナとマウイがボートに乗り、嵐の海のまっただ中にいるシーンや、海岸線、深海、泳いでいるシーン、嵐の高波など、水が関係するシーンは多数あります。この映画では、水が重要な位置を占めているのです」。
そのため、水の動きのプログラムやレンダリングを行うソフトウェアの開発に、かなりの時間とコンピューティングパワーが必要となった。ディズニーの近年のヒット作「ベイマックス」には45%近くのエフェクトショットがあったが、「モアナと伝説の海」では80%にも及び、その大半が水の扱いと描写に関するものだ。ドリスキル氏によると、チームは当然のことながら、水の特殊効果をできるだけ自動化しようと考えた。そのため、Autodesk Mayaなど数種のソフトウェアとカスタムビルドのアドオン、そしてディズニーのレンダリングソフトであるHyperionが使われた。
「従来の作品では要素の一部に過ぎませんでしたが、今回は我々の能力の限界をさらに押し広げようと考えました」と、ドリスキル氏。幸いにもディズニー傘下の関連会社に豊富な経験を有するインダストリアル・ライト&マジックとピクサーの2社が存在するため、特殊効果チームは豊富な専門技術を利用することができた。ドリスキル氏は、この作品で、水の処理に全く新しい手法を生み出したと断言する。
そのソリューションは、作品内でも最もありふれたシーンからスタートした。モアナとマウイが海上のボートに乗っているショットだ。チームは手動による作業をあまり必要とせず、低いアングルからの海面全体をアニメーション化できる数学的アルゴリズムから着手した。このソフトウェアは、ランダムな配列に見える波しぶきやうねりを、前景から遠距離に至るまでレンダリングする。
その後、この海の背景にキャラクターやボート、その他の個別の要素をレイヤーし、両レイヤーが互いに作用し合う (ボートが水の動きに合わせて動く) よう、アニメーターたちはアルゴリズムで生成された海面から一部を「切り取り」、実際の航跡や激流の波しぶきなどを用いてボートのミニチュアアニメーション・シーンを作成する必要があった。特殊効果アニメーターは、こうした処理を行うことでボートと水の相互作用をプログラムし、レイヤーの結合を目立たなくして、ボートの動きに合わせてキャラクターが上下するようアニメーション化し、その他の環境エフェクトも追加できた。
水の動きに合わせて動くボートの物理特性、そして同様にボートの動きに合わせて動くキャラクターは、ライター業界で「その世界のルールを決める」と表現されるものを思い起こさせる。オーディエンスは、目にするもの全てがその世界観に合致したときにのみ、その架空の世界を信じることができるのだ。ほぼ全てのエフェクトが未完成だった初期段階の「モアナと伝説の海」のクリップでは、ボートは航跡を一切残さず、キャラクターは上下に動くデッキに立っているというより宙に浮いているように見えた。シーンをリアルに見せるには、これらの要素全てをアニメーションする必要がある。
リアルな動きに加えて、「モアナと伝説の海」の海には感情も必要だった。なにしろ、海はキャラクターのひとりなのだ。「モアナが海に対して、怒って歩み寄るシーンがあります」と、ドリスキル氏。「波の動きや、海岸線に打ち寄せる水のしぶき、打ち寄せては引いて砂を濡らす波、波が引くにつれて乾く砂に、機微が感じられます」。
こうした繊細さを生み出すには、アニメーション要素と特殊効果を、より小さな個別の要素へと細分化する必要があった。独特のITアプローチが要求される取り組みだ。水のアニメーションにはパーティクルが重要となる。これは単体のアニメーション要素で、昔ながらのビデオゲームによくあるポリゴンに類似したものだ。水のパーティクルはコンピューターにより生成され、その動きは個別にプログラムされる。実際の海の物理特性が、水という無数の「単位」から構成され、ひとつのまとまりとして動くのと同じだ。
「自分たちの能力を超える成果を出したいと感じる特殊効果が幾つか存在していました」と、ドリスキル氏。「(個々の) マシンで可能な処理の限界に挑戦していることは理解していました。また、扱えるのが5000万~1億のパーティクルなのに対して、波頭を立てる高波には数億、数十億というパーティクルが必要なことも分かっていました。そこで、分散コンピューティングについて綿密にリサーチを行いました」。
これは複数のマシンを跨いで同時に実行されるソリューションで、単一の巨大な中央コンピューターのようにプロセッシングが共有される。
プロセッシングの難問を解決するのに加えて、チームはディズニーが「ファンデーションエフェクト」と呼ぶ仕組みをさらに進化させることで、制作スケジュールを大幅に圧縮した。ファンデーションエフェクトとは、監督や特殊効果アニメーターがそれぞれの作業を始められるよう、完成後の要素の位置を示すためにレイアウトアーティストが使用するシンプルなプレースホルダー (仮に場所を確保するもの) だ。
特殊効果チームは、レイアウトアニメーターがファイナルショットの構築に使用できるよう、水しぶきや滝、流れる溶岩、火山の爆発 (溶岩の魔女テカ用) といった効果要素 (その多くは高解像度であり撮影用に準備されている) のライブラリーを作成した。
「この作品は、ファンデーションエフェクトをさらに一歩進めた初めての映画です」と、ドリスキル氏。「シンプルなエフェクトのライブラリーを作成しました。こうした効果を、特殊効果部門に作業をさせなくても、最終フレームまで継続的に使用できます」。
特殊効果チームの水のアニメーションをどれほど進展させたかを考えれば、彼らの才能を次の大きな課題への取り組みに向けることは、有効な時間の使い方になるだろう。今後のディズニー作品の視聴者を楽しませるに違いない、「新しい作品」という課題に。