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船場がリアル空間づくりの知見を活かしてデザインした富士フイルムのメタバース

カメラの絞り機構を思わせる建築デザインの外観 [提供: 船場]
  • 株式会社船場はデジタル環境の構築やテレワークの推進、また合意形成の迅速化に向けた建築データのビジュアライゼーションを中心とするBIM推進などでDX推進を加速してきた。
  • 富士フイルムがユーザーとのダイレクトコミュニケーションの場として公開したHouse of Photography in Metaverseは、船場が持つリアル空間を作ってきたデザイン会社ならではの知見がバーチャル空間のデザインに生かされている。

商業施設や飲食店からオフィス、ホテルまで幅広い分野の空間づくりを手掛ける株式会社船場は、DXへの先進的な取り組みを行い、廃棄物削減が課題となっているディスプレイ業界の変革を推進している。リアル空間における同社の豊富な経験は、富士フイルムのメタバースHouse of Photography in Metaverse (以下、House of Photography) の開発にも生かされ、ユニークなバーチャル空間が実現した。

内装ディスプレイ業界は、想像の世界にあるもの、まだ目にしていないものを形にしていく仕事でもある。そのイメージをさまざまなクライアントと共有するため、船場は建築データのビジュアライゼーションに力を注いできた。同社BIM CONNECT本部で戦略企画部長を務める大倉佑介氏は、「内装ディスプレイの場合、内装材や細かいデザインの合意形成に時間がかかり、また手戻りも多く生まれます」と述べる。「そうした課題を解決するため、まずはビジュアライゼーションを中心にBIMを推進することにしました。その部分に社内外から興味・関心を持ってもらうことで、活用を進めたのです」。

BIM推進が始まったのは2019年と比較的最近だが、それ以前から社内で取り組まれていたデジタル環境の構築やテレワークの推進、コロナ禍への対応などの相乗効果により、そのDX戦略は進化。2021年には内装業で初めてとなる経済産業省のDX認定を取得するなど、その歩みはさらに加速している。また短期間で大量の廃棄物が排出される内装業界の課題に対しても改革を行い、サステナビリティを向上させるべくエシカルデザイン推進するなど、常に先進的な取り組みを行う文化を実現している。

コミュニケーションの場となるメタバース

同社がメタバースデザインを手掛けた富士フイルムHouse of Photographyは、写真愛好家向けのユニークなWebメタバースで、20242月に公開が開始された。富士フイルム株式会社でプロフェッショナル向けカメラなどの商品企画を担当してきた上野隆氏は、同社が所有しているイメージング関連分野技術アセットや知見、環境を活用できる場を広げるためのプラットフォームとして、メタバースに興味を抱くようになったという。

「長年カメラの商品企画を担当する中で、リアルな現場でユーザーやプロの写真家さんたちとのコミュニケーションを通じて商品の魅力を伝えてきました」と語る上野氏は、そうした活動には地理的な限界もあったと述べる。「オンライン会議などが普及してきた中で、距離的なハードルを乗り越え、より手触り感のあるコミュニケーションを実現するソリューションとして、メタバースが良い解になるのではないかと考えました」。

 メタバース内では近くにいるアバターと音声によるコミュニケーションが可能 [提供: 船場]

このHouse of Photographyは、ユーザーとのダイレクトコミュニケーションの場として富士フルムが世界各地に持つ施設のメタバース版となっており、そのバーチャルな施設内にはデジタルカメラのショールームや作品のギャラリー、アリーナ、交流スペースなどが設けられている。アバターとなった訪問者は、製品やサービスの情報を得るだけでなく、セミナーや新製品発表会、写真展への参加、さらに会員登録ユーザーとなればコンシェルジへの質問やユーザー同士での音声による会話なども可能。プロ写真家やカメラ開発者によるセミナーに参加し、質疑応答を行うなど、双方向での魅力的なコミュニケーションが実現する。

このHouse of Photographyを開発した目的を、上野氏は「単にメタバースを作ることでなく、そこで実現するユーザーコミュニケーションを通じて、当社ブランドの製品をより深く理解してもらうことでした」と述べる。リアルで集まりたいような魅力的な空間を構築し、それをビジターがバーチャルで体験できるというデザインコンセプトを実現するには、リアルな会場を体験しているようなデザインが必要となる。そして、そこに船場の経験やノウハウが生かされていると感じたという。

リアル空間の設計プロセスを基盤とした導線設計やマテリアル選定、ライティングなどによる没入感を実現した、回遊しやすいコミュニティエリア [提供: 船場]

リアル空間を手がける会社ならではのデザイン

メタバース内の建築物の設計にはAutodesk Revitが使用され、実際に建築を行うプロジェクトと同様に進められた。まず、デザインの合意形成まではBIMで作業を行い、その後データ調整をしてメタバースを構築するというプロセスだったため、最初のデザインを決めるフェーズにおいては、作業の進め方はリアルとそれほど違いはなかったという。設計を担当した船場のBIM CONNECT本部戦略企画部のチーフを務める野畠 滉氏は、「BIMを使って3D形状のイメージを共有しながら、コミュニケーションを取って作業を進めました」と語る。「建築物や壁や天井などをBIMデータとして作成していたため、レイアウトのパターンをRevitの機能であるデザインオプションを利用して提案し、そのレイアウト変更に随時対応が可能でした」。

この空間を実際に訪問してみると、従来のメタバース体験とは異なり、現実空間にある建物内を歩き回っているような感覚が得られる。大倉氏は「一般的なメタバースではヒューマンスケールの部分があまり考慮されていないことが多いということに気づきました。そこで、私たちはそこを意識したのです」と説明する。「リアルであれば、使用する建材は600角の床タイル、天井の高さは3,000mmといった素材感の表現や空間のスケール感を反映させることで、初めてメタバースを体験した人もリアル空間の体験と同じようにメタバース内を回遊したり、楽しめたりできるなど、空間体験で違和感を感じにくいように提案をしています」。

左から、富士フイルム株式会社 イメージングソリューション事業部 新規製品戦略グループ 統括マネージャー 上野隆氏、株式会社船場 BIM CONNECT本部 戦略企画部 戦略企画部長 大倉佑介氏、同 BIM CONNECT本部 戦略企画部 BIM推進チーム チーフ 野畠滉氏

その一方で、バーチャル空間であるメタバースを意識して、意図的に現実とは異なるスケール感に調整している場合もあるという。上野氏は「建物が、現実の空間に存在するものと、これでは強度的にも構造的にも存在しないというものの、ちょうど中間にあるような絶妙のバランスで存在しています。そこも、リアル空間を作っているデザイン会社である船場さんにお願いできて良かったところだと思います」。

House of Photographyではゲストを招いたセミナーなどが定期的に行われており、展示内容も随時アップデートされている。また当初の想定を超えた反応も得られており、他の企業から、このメタバース空間を一緒に使う、コラボレーション企画の提案が来ているという。「富士フイルムとしても世界中に幾つかリアルギャラリーを持ち、そこで他社さんとのコラボを行ったりしていますが、今後はメタバース空間を貸し出すというビジネスも考えられると思います。そうした問い合わせが多数来ていることに、少しびっくりしています」と上野氏。

こうしたメタバースへの取り組みは、船場にも新たな可能性を提示した。「リアルでもバーチャルであっても、空間を作るところは本業と同じです。今後はいろいろな設計者がリアルもメタバースも、分け隔てなくデザインできるような形が実現できたらよいと思っています。弊社の設計部門には、飲食店をメインに設計している人も、ショッピングセンターをメインに設計しているメンバーもいます。将来的には弊社のポートフォリオを見て、この飲食店設計を行った人にメタバースデザインを依頼したい、というように展開できたら面白いですね」。

著者プロフィール

オートデスクのInternational Content Manager for APAC & Japan。「Design & Make with Autodesk」コンテンツハブの日本語版、韓国語版、中国語 簡体字版を担当。

Profile Photo of Yasuo Matsunaka - JP