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リスペクト: 職場に効率と人間性をもたらしたエンジニア、リリアン・ギルブレス

リリアン・ギルブレス
Image composite: Earl Otsuka

インダストリアル エンジニアリングの分野でパイオニアとして認知されるには、幾つくらいの学位が必要なのだろう? リリアン・モーラ―・ギルブレスには、ひとつも必要なかった。英語の学位を持ち、のちに心理学で博士号を取得した彼女は、あらゆる人にとっての、より良い仕事環境を思い描いた第一人者となった。

リリアンの人生と取り組みのうち、現在の産業に大きな影響を与えているのは、職場効率の分野に関連する概念だ。彼女はこの分野を夫と共に、また夫の死後は一人で牽引した。社会科学を生産工程に適用することにより、ギルブレス夫妻は職場の形成において、機械類や他の人間以外の要素でなく、労働者の重要性を強調した。

その取り組みの結果、リリアン・ギルブレスは全米技術アカデミーに選出された初めての女性、米国機械学会 (ASME) に加入した 2 番目の女性、そしてパデュー大学工学部初の女性教授となった。また 2005 年までは「エンジニアによる、偉大で、利他的で、非技術系の、人類に対する貢献」を表彰する名誉ある Hoover Medal を受賞した唯一の女性でもあった。彼女は、その人生で計 20 の名誉学位を授与されている。

パデュー大学特別収集図書館にて、パデュー大学閲覧専用図書館の司書エスタ―・シュランド氏 (左) とリリアン・ギルブレス
パデュー大学特別収集図書館にて、パデュー大学閲覧専用図書館の司書エスタ―・シュランド氏 (左) とリリアン・ギルブレス [提供: Purdue University Libraries, Archives and Special Collections]

ASME のプレジデント、チャルラ・K・ワイズ氏は「工業管理と事業効率の分野におけるリリアンの多大な貢献は、現在もさまざまな形態で活用されており、それは彼女の永続的な影響の証でもあります」と話している。「工学分野でキャリアを築くことを選択し、ASME のグローバルなコミュニティのメンバーやボランティアに寄与する私を含めた多数の女性にとって、リリアン・ギルブレスが切り開いた道は皆にとってインスピレーションであり続けることでしょう」。

1878 年、カリフォルニア州オークランドに生まれたギルブレスは、9 人兄弟の一番上だった。高校時代に学問の才能を発揮し、設立後間もないカリフォルニア大学バークレー校への入学を父親に納得させる。英語を専攻していたが、哲学と心理学 (のちに哲学部の一部となった) の授業も取っていた。

1904 年、彼女は 10 歳年上で大手建設会社のオーナーだったフランク・ギルブレスと結婚。フランクは大学で学んだことはなかったが、科学的管理法分野の先導者だったフレデリック・ウィンズロー・テイラーの研究を信奉していた。彼は妻に心理学を継続的に学び、それを工業管理の分野に応用することを勧めた。会社運営と、建設工事での効率性を向上させる方法の模索に役立つと考えたのだ。

ギルブレス夫妻は時間動作研究で、職場効率に影響する要素の数値化と分析を行った。まずはひとつのタスクに含まれる動作の数、次にその実行に必要な時間を研究。その研究結果を、1911 年に「Motion Study (動作研究)」という書籍として発表。1912 年、夫妻は建設会社を廃業し、工業管理のコンサルタントとなった。リリアン・ギルブレスの心理学における知識は、「Fatigue Study (疲労研究)」(1916 年) や「Applied Motion Study (応用動作研究)」(1917 年) における、職場でのタスクの仕組みや整理学に関する夫の分析をうまく補うものとなった。フランク・ギルブレスの研究結果は、適切な照明、身体に適合した椅子、休憩による疲労が低下を強調するものだ (それは、1916 年当時の一般概念とは大きくかけ離れていた) 。

現代の労働者が休憩を取れるのはリリアン・ギルブレスのおかげだ
現代の労働者が休憩を取れるのはリリアン・ギルブレスのおかげだ

Making Time: Lillian Moller Gilbreth—A Life Beyond “Cheaper by the Dozen.」著者のジェーン・ランカスター博士は「それは「動作研究」と名付けられていたものの、夫妻は現在「人間工学」として知られるシステムの構築に一役買っていたのです」と話す。「リリアン・ギルブレスの影響で、夫妻はフレデリック・W・テイラーの時間研究に「人的要因」を加えることとなりました。

その取り組みは、産業と家庭の両方で現在使われている多数の予定動作システムの基盤となっており、これは 3 つの基本原理に基づいている。それは、1 タスク内の動作数を減らして効率を上げること、動作と時間の漸増研究を用いてタスク全体を理解すること、そして効率目標が利益だけでなく労働者の満足度の向上につながることを認識することだ。

1924 年、フランク・ギルブレスの早過ぎる死の後、夫妻の工業管理コンサルティング業務における自身の貢献度を過小評価していたリリアン・ギルブレスは、11 人の子供を育てながら業務を一人で継続するという困難に直面した。

リリアン・ギルブレスは、工学分野において社会的制約を回避するニッチを見つけた。女性向けの職務における職場効率の分析と向上だ。

女性技術者協会 (SWE) プレジデントのジョナ・ガーケン氏は「インダストリアル エンジニアリング分野におけるギルブレス博士のアクティブで最先端のキャリアは、彼女の家族との恵まれた生活と相まって、キャリアの模範となる人物を見つけようと苦労していた意欲的な現役女性エンジニアのインスピレーションとビジョンになりました」と話す。

米国社会における男女の不平等は、男性が支配的な産業分野では深刻なもので、夫の死後、リリアンのコンサルティング業務は大幅に落ち込んだ。収入への不安は、リリアン・ギルブレスの初の有給職へとつながる。1935 年、パデュー大学で、機械工学部のマネジメント学科教授の職を得たのだ。

リリアン・ギルブレスは、工学分野において社会的制約を回避するニッチを見つけた。女性向けの職務における職場効率の分析と向上だ。ギルブレス夫妻の取り組みの多くが、職場のレイアウトや、その運用効率への影響についての研究など、人間工学に焦点を置いたものであり、リリアンは新しい職場でもその研究を続けたのだ。

その一例が、デパート大手のメイシーズとの仕事だった。気送管やモーター駆動のベルトが張り巡らされ騒音でいっぱいのレジ エリアの職場レイアウトと備品デザインを向上させるというものだ。彼女の助言により、新入社員がほぼ最大の効率に達するまでの時間が 4 カ月から 2 日に短縮された。ギルブレスはタイピストでも同様の研究を行い、社員記録の作成における、より効率的なシステムを開発した。

女性向け職種における課題のエキスパートであるリリアンの改革は、家庭、特にキッチンへと拡大した。彼女が生み出した、不要な動きを減らし、タスク効率を向上させる備品配置が行われたキッチン レイアウトのコンセプトは、今では「ワーク トライアングル」として認知されている。また GE やその他のメーカーと連携し、家庭での無駄な時間と労力を削減できるよう、メーカーによる機器デザインの向上を支援した。

リリアンによる家庭の分析に見られるように、職場管理に対する夫妻のアプローチは、その仕事を行う人、職場レイアウトと労働分担が疲労と効率に与える影響を重要視するものだった。時間動作研究は当初は夫の得意分野であったが、リリアン・ギルブレスの労働者の心理についての理解は、収入といった直接的なインセンティブ (誘因)、働きがいや疲労の低減といった間接的なインセンティブの重要性の認識につながった。

リリアン・ギルブレスによるキッチン効率の研究が、キッチンにおける主作業であるシンク/食洗機、レンジ、冷蔵庫をつなぐ「ワーク トライアングル」配置の基盤となった
リリアン・ギルブレスによるキッチン効率の研究が、キッチンにおける主作業であるシンク/食洗機、レンジ、冷蔵庫をつなぐ「ワーク トライアングル」配置の基盤となった

職場効率に対するこういった貢献は、まさに基盤を成すものだ。SWE のガーケン氏は「ギルブレス博士の著名な業績は、現在と未来のエンジニアにとっての、インスピレーションの源であり続けるでしょう。また、彼女の名を冠した奨学金によって、それに敬意を表します」と話している。

この人々に啓示を与える遺産は、今もなお夫妻の豊富な研究や文書が保存されているパデュー大学図書館において感じることができる。パデュー大学の教授で、古記録と特別収集の主任を務めるサミー・モリス氏は「ギルブレスの収集物は、今も研究者や学生が定期的に参照しています」と話す。「先日は、ある学部生が、インダストリアル エンジニアリング プロジェクトの家事への応用に関する情報を探して、収集物を閲覧しました」。

職務標準化や奨励賃金制、タスク簡略化、キッチン設計、休憩といったコンセプトはもちろん、こういった文献は、リリアン・ギルブレスの遺産を、今後何世紀にもわたって伝えていくだろう。

Redshift の “リスペクト” シリーズは、業界へ永続的なインパクトを与えたエンジニアや建築家、デザイナーを取り上げています。

著者プロフィール

ゲーリー・マコーミックは、興味深いエレクトロニクスが収められたボックスの設計に留まらない、シリコンバレーには珍しいメカニカル・エンジニア。1981年以来、機械工学デザインや製造、生産、テストなどの現場を体験してきました。また 2011 年以降、フリーランスライターとしてのサイドキャリアも追求(エンジニアは文章を書けないという理論を否定して) しています。

Profile Photo of Gary McCormick - JP