建設施工段階のCO2排出量をEC3ツールの活用で削減
- 建設業界は、原材料を最も多く消費し、温室効果ガスの排出量も最大レベルになっている。
- 建築物に使用される材料に含まれるエンボディドカーボンの測定にEC3ツールが役立つ。
- 建築家やエンジニア、協力会社は、無償で提供されるEC3ツールを活用することで情報に基づいた選択を行い、気候変動への影響が最も少ない材料を選ぶことができる。
建設業界が温室効果ガス排出の最大の要因のひとつであることは周知の事実だ。その数字は、現在世界のエンボディドカーボン (原材料の調達・製造・建築・解体などの過程で排出されるCO2) の11%以上を占めるという驚くべきもので、これは航空業界全体の排出量である2%と比較すると5倍以上になる。
2060年までに世界中で23万平方km以上 (本州全体の面積に相当) の新しい建物が建設されると予測されている。これは今後40年間、34日毎にニューヨーク市が1つ増えるのと同じことであり、このまま放置すればエンボディドカーボンは急増する。
建設業における排出量削減のためのビジネスケース
オートデスクのサステナブルビジネス担当ディレクターであるベン・トンプソンは、「建設業は世界で最も原材料を消費する産業ですが、残念ながらその原材料の多くが無駄になっています」と述べる。「欧米の先進国では、建築部門が廃棄物の約40%を占めています。米国では、その廃棄物は自治体から発生するものの2倍に相当します」。
こうした厳しい統計がある中、幸いにも建設業界の多くの会社が持続可能性への取り組みを始めている。それは廃棄物の削減は利益につながるだけでなく、企業や消費者が地球に優しい企業への支出を選択するようになってきているからだ。「こうしたサプライヤーは、ビジネスを獲得するために持続可能な製品やサービスを提供し、責任を持って自社を管理しています」とトンプソンは言う。「消費者を対象とした最近の調査では、61%の人がより持続可能な企業からの購入を選ぶと述べ、そのためには、より多くのお金を払うとも答えています」。
現在は二酸化炭素排出量の最も大きな要因である、建築材料の問題に取り組むべき重要な時期だ。幸運にも建設業界では、先進的なテクノロジープロバイダーや業界団体の協力により、その影響を迅速かつ正確に測定する方法が存在する。
EC3ツールでエンボディドカーボンを測定
マイクロソフト社は、ワシントン州レドモンドの2平方km (東京ドーム約43.5個分) に及ぶ本社ビル再開発計画の発表に際して、排出量の問題にエネルギー効率や再生可能エネルギーで対処する従来のアプローチを超え、使用する建材それぞれのカーボンフットプリントを削減する機会の模索を始めた。
マイクロソフトで不動産・施設を担当するシニアサステナビリティプログラム・マネージャー、ケイティ・ロス氏は、「我々が建設するものすべてに、資源の採掘や精製、製造、物流での二酸化炭素排出である、エンボディドカーボンの気候への影響が隠されています」と語る。「すべての建材が同じではありません。見た目や性能も同じでも、その製造方法により、エンボディドカーボンの少ない建材が存在します」。
17棟の新たなビル、1平方kmのワークスペースを備えるマイクロソフト社は、プロジェクトが気候に与える影響を理解し、サステナビリティ目標の達成には環境負荷物質の削減がいかに重要かを認識していた。そして業界のリーダーと協力し、EC3 (Embodied Carbon in Construction Calculator) ツールを使用することで、コストを大幅に増加させることなく、エンボディドカーボンを実に30%も削減する機会を見出すことができた。
EC3ツールとは?
2019年11月にパブリックベータ版が公開された無料のオープンアクセスプラットフォームのEC3ツールは、建築物に使用される材料のエンボディドカーボンを明らかにするもので、建築家やエンジニア、協力会社が情報に基づいた選択を行い、気候変動への影響が最も少ない材料を選択できる。このEC3ツールはEPD認証製品からエンボディドカーボンのデータを抽出し、要求仕様を満たす入手可能な材料の炭素強度を比較することで、気候変動に配慮した代替の迅速な実行を可能とする。
グローバル建設会社のスカンスカ、カナダのソフトウェア開発会社C-Change Labsが考案し、当初マイクロソフトが試験的に導入していたEC3ツールは、Carbon Leadership Forum (CLF) がインキュベーションを行い、約50の民間企業や非政府組織が協力してこの技術に資金を提供して、建築分野全体に拡大されてきた。(CLFは建材や建築物のエンボディドカーボンの抜本的削減のための知識、協力、行動の促進を目的としている)。
スカンスカUSAのビルサステナビリティ担当ディレクター、ステイシー・スメドリー氏はEC3導入を主導し、CLFの諮問委員会にも参加。「EC3ツールのアイデアは、スカンスカが商業デベロッパーやコントラクターのために炭素会計に取り組んだことから生まれました」と述べる。「米国では5年前から、自社の商業開発プロジェクトに炭素会計を義務付けています。その結果、ライフサイクルアセスメントや建築基準法の多くは平均的な係数や量に基づいたもので、設計上の選択には反映されていないことに気づきました。我々は炭素に関して、システムレベルでの方向性を選択するだけでなく、プロジェクトでの仕様決定や調達の段階でも炭素排出量の削減を推進して、それを実現したいと考えました」。
非営利団体のBuilding Transparencyは、EC3ツールの管理と開発の継続を目的とし、2020年初頭に設立された。Building TransparencyはEC3が業界全体で採用されるよう、教育やリソースの提供も行っている。
再生可能エネルギーと効率的な建築システムにより、構造物の運用上の二酸化炭素排出量(オペレーショナルカーボン)は時間経過とともに減少するとしても、建設後にエンボディドカーボンのインパクトを消し去ることはできない。
CLFのディレクターでワシントン大学教授のケイト・シモネン氏は、「現在から2050年までの間に、科学的根拠に基づいた脱炭素の目標を達成するには、建設業界の大きな貢献が必要です」と語る。「技術的にゼロカーボンビルを作る方法は分かっていますが、建設業界が対応するための時間を確保できるよう、協力する必要があります。今すぐに行動し、利用可能な優れたデータに基づいた選択をしなければなりません」。
業界に対する本当のインパクトは、より環境負荷の低い製品の需要が高まり、手頃な価格で高機能な製品を開発するためにメーカーが競争することかもしれない。「メーカーは、高い関心を持っています」と、シモネン氏は述べる。「EC3ツールをスコアカードのようなものだと考え、自分たちがどのレベルにあるのかを知りたがっています」。
ロス氏は、「EC3ツールは、どこに力を注ぐべきかの理解に役立ちます」と述べる。「炭素排出量の全体像から見れば、基礎構造と比較するとグレージングはほんの一部に過ぎません。このツールを使うことで、最も排出量の多いターゲットエリアでの削減を優先できました」。
「成功を収めるため、まずはツールで行えるべきことのリストアップから始めました」と、スメドレー氏。「アクセスの障壁を取り除くため、誰でも自由に使える必要があります。建築家やエンジニア、協力会社の誰もが簡単に使えるものでなければなりません。そしてデータは透明性があり、方法論が広く公開されていることが必要です」。
建設を変えるポテンシャルを備えたツール
EC3ツールは登録により無料で利用できる。検索可能なデータベースには現在17,000以上の個別製品が収められており、より多くのEPDを手作業で転送することで、今後も継続的な向上が行われる予定。この処理は、最終的にはAIで行われるようになれば理想的だ。スメドレー氏は、「EPDは、デジタルの最適化が欠けています」と言う。「(AEC業界の) 実務者は、排出係数や関連データを探すため、28ページもあるPDFを見る必要があります。EC3ツールも同様で、こうした情報をデジタル転送するためのAPIが普及していないため、相当の部分が手作業で行われており、効率が悪いのです。将来的にはすべての人が利用できる、デジタルEPDのフレームワークを構築したいと考えています」。2019年のEmbodied Carbon Calculatorの発表以来、アプリ経由で入手できる材料データは2倍以上に増えている(PDF P.15)。
ロス氏は、2030年までのカーボンネガティブというマイクロソフトの野心的な目標の実現に、このツールが果たす役割と、それがあらゆる規模の会社に波及することに期待している。「我々のサステナビリティへの取り組みには2つの要素があります。自分たちの家をきちんと守ることと、それを他の企業がどう活用できるかを考えることです。気候変動は、いまや誰もが参加しなければならない規模になっています」。
炭素会計における透明性の低さは建設業界を悩ませてきたが、従来通りのビジネスから脱却し、すぐに行動を起こす必要がある。「業界として、完璧なものの実現を待っていてはいけないのだと理解する必要があります。皆がすぐ何かを始められるように発信したいと思いました」。
14,000人以上のユーザーが登録し、Webcorなどの企業が全新築プロジェクトでの使用を約束するなど、EC3ツールへの業界からの反応を見れば、これが正しい方向にあることは確実だ。
ライフサイクルアセスメントアプリTallyのEC3参入とtallyCAT
2021年5月、建築事務所KieranTimberlakeは、Building Transparencyにライフサイクルアセスメント(LCA)アプリのTallyを寄贈することで、EC3ツールをより強力かつ効率的なものとした。Tallyのユーザーは建物に含まれる製品や材料の詳細な含めた、建物全体のLCAを実施できる。スメドレー氏は、「Tallyで作成された材料と数量のリストはEC3ツールに直接インポートされ、こうした資産を同じ屋根の下に置くことで、両ツールの機能を最適化する、より効率的なプロセスワークフローが促進されます」と述べる。
CleanBC Building Innovation Fundは、BIMプログラム内でTallyとEC3をダイレクトに活用する機能を備えた、次世代のTally Climate Action Tool (TallyCAT) の開発のため、建築事務所Perkins&Willに5,200万円相当の助成金を付与した。C Change Labs、Building Transparency Canadaとのコラボレーションで開発されるTallyCATは、既存のテクノロジーをベースとして、材料や製品の情報にオープンかつリアルタイムのアクセスが可能。このツールは2023年3月のリリースが予定されている。
本稿は2020年2月公開の記事を更新したものです。