未来を折る: DNAオリガミの新たな科学的ポテンシャル
吉澤章氏は 2005 年に死去するまで、日本の伝承芸である折り紙の名人として知られていた。
シンプルな手工芸から芸術様式へ折り紙を昇華させたことで評価の高い吉澤氏は、5 万種もの折り紙作品を独習で作成した第一人者だ。その作品では、手を下げ顔を落とした鈍重なゴリラや、繊細な羽を持つ優雅な蝶、大きな耳と蛇のように曲がりくねった鼻を持つリアルな象などが有名。また顔の皺までリアルに再現された、見事な自画像も作成している。鋏による切り込みや糊などを一切使用せず作成された、紙の完全形とも言えるような作品の数々は、驚くほどシンプルでありながら非常に複雑でもある。
紙を使った創作の可能性は無限だと話していた吉澤氏は、自身の作品は芸術的であるだけでなく、幾何学や物理学、さらには生化学の法則に依存する科学的なものでもあると主張していた。
DNA オリガミとは?
吉澤氏の作品が感銘を与えたのと同様、現代科学も折り紙をさらに驚くべきアートへと発展させている。紙の折り紙と同じく、折り畳む技術を使用して、素材をダイナミックな 3D オブジェクトへと変化させる。だが、素材は紙ではない。DNA を使用するのだ。
DNA とはデオキシリボ核酸の略で、生命体の遺伝情報の継承と発現に関する情報が含まれている。DNA 鎖の幅は人髪の5万分の1であり、通常の光学顕微鏡で見るには小さすぎるが、その化学的性質により簡単に操作できる。
仕組みはこうだ。1 つの DNA 鎖は「ヌクレオチド」と呼ばれる小さな化合物から構成される高分子化合物だ。4 種類のヌクレオチドには、磁石のようにそれぞれを相補する「パートナー」となるヌクレオチドがある。2 つの DNA 鎖が近づくと、ヌクレオチドが自動的に引き合い、相補する対と結合して「塩基配列」を形成。典型的な二本鎖 DNA 分子 (人間や動物、バクテリアに見られる種類) は 2 本の鎖から構成されており、DNA 鎖のヌクレオチドが結合し、鎖が互いを包み込み一連の長い二重螺旋 (捻れた梯子) のような塩基対を形成している。
DNA オリガミを行う場合、科学者たちは、さまざまな合成 DNA の短い鎖 (「ステープル」鎖) を、ウイルス DNA の長い一本鎖 (「足場」) に組み合わせることで、この自然な塩基対合のプロセスを利用する。これらの DNA 鎖は、試験管内の溶液内で結合され、加熱後冷却すると塩基対合のプロセスが開始される。こうすることで、DNA 鎖が二重螺旋に結合される。ただし 1 本の長い二重螺旋としてではなく、ステープル鎖は二重螺旋が多数繋がった格子細工を形成して目的とする構造体を形成するよう設計されている。
つまり、結合させると短い鎖が長い鎖を「折り畳み」、前もってプログラムされた形状に固定するのだ。オートデスクでバイオ/ナノ研究グループの主任研究者を務めるジョセフ・シェーファーは「人間の手は、ナノスケールで何かを折り畳むのには向いていません。握りつぶしてしまうだけです。だから手の代わりに DNA の小さな鎖を使用して長い鎖を折り畳むのです」と説明している。
小さな構造が秘めた大きな将来性
DNA を使用して構造体を作り上げるというアイデアは、ニューヨーク大学のネドリアン・シーマン教授が構造化 DNA ナノテクノロジーの概念を開発した 1980 年代初頭にまで遡る。ヌクレオチドの相補性と任意の DNA 配列を合成できる能力を活用することで、DNA をナノスケールの建築資材として使用可能だ。カリフォルニア工科大学のポール・W・K・ロスマンド上席研究員は、2006 年に DNA オリガミを開発し、シーマンの研究を発展させた。「ステープル」化プロセスを使用して一本鎖を折り畳み、原子間力顕微鏡で確認できる 500 億個の DNA 製スマイリー フェイスを作成することで、このプロセスを説明して見せたのだ。
それ以来、科学者達は形状だけでなく機能を持った構造体を生み出すために DNA オリガミを使用してきた。DNA オリガミの潜在的な用途は、材料の自己集合から、体内の病態へ病気と闘うための薬を届ける「ナノロボット」までに及ぶ。
共通の課題は、素材を原子単位の精度で配置することだ。「ナノメートル単位の組立ラインを構築するようなものと考えると分かりやすいでしょう」と、シェーファー。DNA オリガミを折り畳むのと同じ「ステープル」鎖を拡張することにより、プロテインやその他の分子をオリガミの表面の正確な位置に取り付けることができる。科学者達はまた、DNA オリガミの表面を移動でき、特定の位置への分子の輸送を可能にする DNA ベースのデバイスも構築している。
DNA をデザインする
その将来性は膨大だが、学問としての DNA オリガミはまだ発展の初期段階にある。成熟を促すには DNA ナノテク技術者に、オリガミの設計を支援する、より優れたツールの提供が必要だ。折り紙同様、DNA オリガミでも折り畳みの順序や最終形に到達する方法を示した、綿密にデザインされたパターンが拠り所となる。
「オリガミ・デバイスの構築には、3つの重要な段階があります」と、シェーファー。「まずは、デザインとその構築に必要となるDNA鎖の見極めです。次に、合成 DNA を販売する企業から、これらの DNA 鎖を調達すること。DNA が到着したら試験管内でDNA鎖を混ぜ、加熱後冷却します。加熱と冷却というこの最終段階で、DNA オリガミは折り畳まれ、組み立てられるのです」。
DNA ナノ構造の操作には、数百の DNA 鎖とそれらの相互作用を把握する必要がある。その相互作用は非常に複雑で、さらに大きく複雑な構造に対応できるよう DNA オリガミを発展させれば、その複雑性はより一層高まる。シェーファーによれば、これを簡素化するには、さらに優れた設計ソフトウェアが必要だ。Autodesk Researchのバイオ/ナノ研究グループは、オートデスクの設計ソフトウェアにおける専門知識と CAD ツール開発のテクノロジーをナノスケールのバイオ設計に活用している、とシェーファーは話す。グループは、組み立ての設計と検証の全プロセスを明示することから着手し、初めて作成する DNA オリガミナノ構造体に Autodesk ロゴを選択した。
現在、DNA オリガミはオープンソースのソフトウェア Cadnano を使用して設計されている。ユーザーはまず Cadnano を用いて 2D でオリガミを作図し、Autodesk Maya 用 Cadnano プラグインまたは Autodesk Molecule Viewer を使用して 3D モデルを確認することができる。その後、CanDo または oxDNA を使用し、DNA オリガミをシミュレートして最終的な構造体を予測することができる。こういったツールの今後のバージョンや後続製品が、プロセスをよりシンプルなものにしていくだろう。
「CAD の 3D オブジェクトの作製を誰にとっても簡単なものにした 3D プリンターのように、DNA オリガミの設計と作成をより簡単にするソフトウェアの開発に取り組んでいます」と、シェーファーは結ぶ。「このテクノロジーを使用して実現可能なクールなアイデアは数多くありますが、それには一部の設計の問題を解決する必要があります。この分野の発展に必要なソフトウェアを設計することで、その第一段階へと到達しようとしているのです」。