デザインプロセスの最適化でエプソンが目指す究極のウオッチ
- デザインの意図を3次元で具現化して製造段階まで伝達
- 3Dプリント、切削加工機の活用でサイズや装着感の把握が容易に
- 作業のプロセスを最適化することで、さらなる質の向上へ注力
エプソンの歴史は1942年、ウオッチの手巻きムーブメントの部品製造、組み立てで始まった。1963年には、スポーツ大会用のプリンティングタイマーやポータブル型クオーツ時計を開発。その後、時計製造で培われた精密加工技術を活かして世界初の小型軽量デジタルプリンターが生み出され、やがて家庭用インクジェットプリンターや情報機器などが国内外で高いシェアを誇るようになった。
世界初のクオーツウオッチを開発するなど、画期的なウオッチの開発、製造を継続してきた同社は、各種の情報機器、精密機器の設計開発からデザイン、組み立てまで、ほぼ全てを自社で行うための技術力と生産設備、人材を持つことになった。そのエプソンがアナログウオッチの新たな自社ブランドとして2017年に立ち上げたTRUME (トゥルーム) は、ユーザーの新たなニーズに応えるべく、最先端技術でアナログウオッチを極めることを目指す。
セイコーエプソン株式会社 ウエアラブル機器事業部のWPデザイン開発部でTRUMEのデザインを手がける中沢利則氏は、その開発の魅力を「ウオッチは、ものが存在することが価値になる商品の、象徴的な存在だと感じています」と述べる。「機能性ではスマートフォンに置き換えられる部分も多いのですが、ファッションや趣味などをフックに、思い出なども担い、その存在が大きな役割を果たしていると思います」。
新たなモデルのデザイン
昨年発表されたTRUMEブランドの「L Collection -Break Line- スイングジェネレータ」モデルは、アウトドアやスポーツのシーンを意識したL Collectionシリーズに、ユーザーの腕の動きで発電を行い、それにより自らを駆動する独自の機構を搭載した意欲的なモデル。長年にわたるウオッチの開発を経て、そのデザインのワークフローも、近年は大きく改善されているという。
同部門では以前から実寸の平面レンダリングが浸透しており、2Dの実寸レンダリングが使われてきた。「かつては2D CADで線画を描いて、それに画像編集ソフトで色を塗り、その後で立体でモデリングしたい場合には3D CADでモデルにして確認を行っていました」と、中沢氏は振り返る。「その後、2D CADで試作情報を作っていたので、その際には他のソフトウェアで作った部分を反映した2D図面を描く作業が必要でした」。
その後、3D CADがメインに使われるようになっても、2Dグラフィックデザイン ソフトウェアとの併用が続けられる。「3D CAD上の作業は時間がかかるため、そこでたくさんのバリエーションをクイックに作るという発想はありませんでした。2Dグラフィックデザイン ソフトウェアで正面と側面からのレンダリングを描いていたのですが、そのバリエーションの正面図と側面図を別々に描くのには、すごく時間がかかっていました」。
昨年末に発表されたスイングジェネレータ搭載のモデルには、カラーやバンド材質の異なる13モデルがラインアップされている。モデルの仕様によって担当するデザイナーの人数は異なるが、このモデルは中沢氏がひとりで担当。「微細な違いのパターンを入れれば、数十もの3Dモデルを作り替え、その中で精査されたものが採用されています」。
その作業のプロセスを、中沢氏は「例えばベゼル部分については、タフな扱い方をする商品ということで、企画から素材の候補が挙がってきます」と説明する。「Fusion 360を使うことで、素材の例ですがガラスの表現やセラミックのパターン、樹脂のパターンなどを簡単に作り替えられるし、構造面で素材によっては少し厚くなるという場合にも、画面上で簡単に変更できる。それをCGで共有しながら、どれがいいかを検討したりしています」。/div>
デザインの意図を広く共有
こうしたプロセスは、離れた場所にいるチームとのミーティングでも活用される。「営業部門は日本の他拠点にいるので、WPデザイン開発部がある長野県の塩尻事業所とTeamsやテレビ会議でつないで、デザインしている画面を見せたりしています。カラーに対するリクエストなども、実際にその場で変更して見せることができるので、非常に分かりやすい。普段3D CADなどを使っていない人にも、すごく伝わりやすいですね」。
精密なウオッチのデザインへのこだわりも、正確に伝えられるようになったという。「例えばムーブメントの都合や防水性の関係で厚みが変わる場合、その変化が 0.5mmや1mm であっても、腕時計の場合にはかなり大きな印象の変化になります。でも、平面図で見ていると意外と分からないんです」と、中沢氏。「ディテールの形や段差にこだわっているところは、寸法でいうと 0.1 mm 単位の違いだったりするので、そのわずかな段差や立体形状の変化を2Dグラフィックデザイン ソフトウェアで描いたら線の幅で消えてしまいますが、そうした部分も拡大した3Dレンダリングによる斜視図や厚みによる印象の変化を3Dプリントで伝えることができます」。
同設計部では、3Dプリンターに加えて、切削加工機も導入。「デザインの最初の段階は、クイックに確認できる3Dプリントを使い、ある程度デザインが固まった段階で、切削加工機で削り出すようにしています」。それにより、そのサイズや装着感を把握することも容易になったという。
作業や確認の効率化で、さらなる質の向上へ
「現在は、スケッチを書き、3Dのモデルを組んで、レンダリングする、3Dプリンターでプリントする、CAMの機能を使って切削加工機で切削する、それを図面に落とす、ユーザーマニュアルに使う線画や意匠出願するための六面図を作成する作業まで、全てをFusion 360で行うようになりました」と、中沢氏。
「途中で修正した際に前のフェーズのものも置き換わるので、転記ミスも無くなりました。異なるソフトを組み合わせていると、こっちのソフトウェアで直したものをあっちのソフトウェアでも直すという修正の嵐になりますが、それが無くなったので大幅な効率化につながっています」。
さらに、今回のプロジェクトでは試作も減らすことができたという。「経験値として想像がつく部分は試作せず、CGや3Dプリンターで確認してデザイン決定という部分もありました」と、中沢氏。本来は量産の前に、精巧に作られた動かない試作サンプルを作るのですが、その工程を省略し開発期間を短縮することもできました」。
現在は WP デザイン開発部の全デザイナーがFusion 360を使用。他社製CADで作られた過去データの活用、社内の他部署とのデータのやり取りもスムーズに行えるようになり、「作業や確認が早くなって、質向上に割く時間を増やすことができるようになってきました」と、中沢氏は語る。デザイナーの意図をモデルやCG、3Dプリント、切削加工などを活用して自ら3次元で具現化することで、その意図を製造段階まで伝えやすくなったことのメリットは計り知れない。「今後はジェネレーティブデザインなどを活用し、新しい部品についても構造を担保しながらパターンを数多く作ることができれば、デザイナーはデザインを考えることに、もっと時間を使えるようになる。そこにも期待しています」。