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「設計図から施工図への変換作業」を行う能力は不要になるか

設計図から施工図へ

建物は 3 次元ですが、それが出来上がるまでの過程には、現在も 2 次元の図面が多く使われています。その一方、現代建築では BIM の台頭などもあり、3 次元で図面を検討する案件も増えてきています。果たして数年後には、3 次元で図面を検討する建物がさらに増え、いずれ 2 次元の図面がなくなる日も来るのでしょうか? そして、すぐに建築技術者になれるのでしょうか? それを建築施工管理技士の立場から考えてみました。

3 次元化によるメリットは誰のため?

これまでの建築設計者は、自分の頭の中にある 3 次元の建物イメージをいったん 2 次元の図面に書き起こし、現場の技術者は 2 次元の図面から 3 次元の建物を作ってきました。こうした建築の過程における「3 次元を 2 次元に変換する」という作業は、非常に経験と労力を伴うものでした。

そこに登場したのが、仕上げや構造の情報を各部材に与えて 3 次元で設計できる BIM です。BIM の普及によって、設計者が考える 3 次元のイメージを基に建物を作ることが出来るようになるため、設計者と現場とのお互いの意思疎通が非常にスムーズになります。

さらに、BIM では天井裏の配管や、いろいろな部材が取り合う部分の納まりなど、2 次元の図面ではイメージしにくい部分が容易に検討可能になります。そのため、現場が始まってからのトラブルが非常に少なくなる点も、3 次元で検討するメリットです。

BIM のメリットは建築技術者以外にも

しかし 3 次元化によるメリットは、設計側と現場側の意思疎通をスムーズにするだけではありません。むしろ、3 次元で表現することの最大のメリットは、建物を発注したお客様にあると私は考えています。

なぜなら、お客様は建築のプロではないことが多く、図面を見ただけで建物のイメージをすることが非常に困難だからです。それなのにお客様は、小さなサンプルを見て、仕上げの色を決定する権限を与えられてしまいます。イメージできない図面とサンプルで、建物のイメージを大きく左右する仕上げを決めることは、人によっては大きなストレスになってしまうこともあるでしょう。

設計図から施工図へ

結果として、2 次元の図面での検討は、仕上げや納まりの決定に多くの時間を要してきました。しかし、画面上に 3 次元の完成イメージが表現され、仕上げを変更することによってどのような印象の変化が起こるのかを事前にイメージできるとしたら、合意形成もスムーズに行うことができるでしょう。

つまり、BIM などによる 3 次元化のメリットを一番受けるのは、建築に精通した技術者以外の人たちだと私は現場で感じています。

経験が少なくても BIM のおかげで建築技術者に?

では 3 次元化することで、誰でも理解が容易になるのでしょうか? 経験が少なくても建築技術者として成立するのでしょうか?

私は会社に入ったときに先輩から「(2 次元の) 図面から建物が 3 次元でイメージできるようにならないとダメだ」と教わりました。建築の現場で施工管理を行っていく上で「2 次元から 3 次元への変換」は必須能力であり、1~2 年で容易に体得できるものではありません。

しかし、最初から 3 次元の情報が与えられるのであれば、2 次元を 3 次元に変換する工程は省かれます。それだけで建築技術者として数年かけて習得すべき技量が必要なくなったと言えます。ということは、将来的には経験の少ない人が一人前の建築技術者になるまでのスピードは早まるのかもしれません。

ただし、だからといって、建築技術者として必要な能力はそれだけでは養えるとは考えられません。

30 年前の手書き図面と CAD

私は先日、建物の改修依頼を頂き、30 年前の図面を見る機会がありました。その図面は、現在は倒産した地元の建設会社の設計部が書いたものでした。図面自体は手書きで描かれていました。

図面の中身は配置図、面積表、仕上表、平立断面図、矩計図、建具表、平面詳細図が 2 枚。建物用途は単純な事務所だったので、完成形をイメージするには十分でしたが、部分詳細図などの納まりの図面が一切ありませんでした。

現在では、どこかの詳細図のデータを CAD でコピペすれば体裁は整うのでしょうが、手書きの時代では必要な図面は設計者が描くしかありません。そこで、詳細は同じ会社の「施工部門にお任せ」という気持ちもあったかも知れません。

ご存知の通り、建築現場では設計図で仕事をするのではなく、施工図を現場で作成してから施工にかかります。つまり、設計図はいわば「イメージが描かれた図面」であり、実際に仕事を行う図面ではありません。

きっと、その 30 年前の現場の技術者は、満足とも言えないこの図面から、実際に建物にするために補完すべき情報を自分の経験の中から足していって施工図を描いていったのでしょう。CAD のある現在よりも数倍「経験」や「想像力」が建物を施工するために必要だったことは、当時の設計図からの作業量を想像すると明らかでした。

設計図から施工図へ

BIM 時代の建築技術者に必要な技量とは

では BIM などにより、設計図の時点で施工図レベルで完成された図面(3 次元のモデル)ができるようになれば、「設計図から施工図への変換作業」が全く必要なくなるのか?といえば、そうではないと私は考えています。

確かに 3 次元で検討することで、設計図の不備な部分による手戻りなどが大きく減少することになり、一定以上の品質をより短期間で検討し施工するためには、大きな意味があります。

ただし、一見完成しているように見える 3 次元データが全て「正しい」とは限りません。例えば、サッシの納まりの詳細が、本来は風雨にさらされる部分に使用してはいけないデータを使用していたために漏水をしてしまう、ということも可能性としては考えられます。

また、設計図は施工が完成した形のみ表現されています。だから、一見成立しているようであっても、実際には取付け下地の設置が不可能な納まりだったり、金物などの曲げ加工が出来ない納まりであったりして、施工が成立しない可能性も考えられます。

だからこそ、見た目に騙されず、自分の経験や学んだ知識を総動員して、表面上に見えない部分や出来上がるまでのプロセスを、品質上のトラブルが発生しないように管理していく技量が求められている気がします。

手書き、CAD、BIM と設計図書の精度アップ

ここ 30 年間で、現場の建築技術者に求められる仕事内容は、大きく変化しました。手書きから CAD、いずれは BIM へと設計図書の精度が上がっていくため、主として検討すべき部分が変わってきているからだと私は考えています。

しかし、どの時代においても施工のプロセスをイメージしながら、最終的に不具合のない建物を完成させるという「根本」は同じです。みなさんは、いかがお考えでしょうか?

本記事は「施工の神様」に掲載された記事を、許可を得て転載したものです。

執筆者: TM。大学工学部を卒業後、大手ゼネコンに入社。駅前再開発工事や大型商業施設、教育施設、マンションなどの現場監督を担当している 30 代の 1 級建築施工管理技士。日々の激務に追われながらも、新人教育に熱意を燃やしている。

著者プロフィール

「施工の神様」は施工管理技士が抱える課題に「失敗」と「技術」の視点からアプローチするメディアサイト。建設現場では毎日のように、大なり小なり失敗が繰り返されていますが、その経験がノウハウとなって技術力の向上につながっています。本来、失敗は隠したくなるものですが、あえて失敗を共有することで建設業全体の糧にすることを目指し、「現場主義」に重きを置いた情報配信を心掛けています。

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