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リスペクト: ランドスケープ アーキテクト界におけるモダリニストの雄、ダン・カイリー氏

Dan Kiley header

2012 年は米国を象徴するある人物の生誕 100 年だったのだが、その名誉を祝すパーティは開催されていない。彼の特集記事が新聞の一面を飾ることも、関連書籍が出版されることも、回顧展が開催されることもなかった。その作品には何百万という人々が足を運んでいるのだが、その名はごく少数にしか知られていない。

この忘れられた、象徴的な人物の名はダン・カイリー。多数の作品を残した米国のランドスケープ アーキテクトで、(セントルイス・ゲートウェイ・アーチで有名な) ジェファーソン ナショナル エクスパンション メモリアル、コロラド州コロラド・スプリングス近郊の米国空軍士官学校、シカゴ美術館のサウス ガーデン、ダラスのファウンテン プレイスなど、米国内に 1,000 を超える公営、私設の庭園を設計した。

ダン・カイリー ファウンテン プレイス
ファウンテン プレイスでカイリーは、ダラス芸術地区周縁の約 24,000 平米のエリアを、イトスギに覆われた滝のように流れ落ちる泉へと変化させた [提供: the Cultural Landscape Foundation]

カイリーはモダニスト的景観設計をいち早く実践しており、自身のデザインに整然とした幾何学的デザイン、特に四角形のグリッド パターンを多用した。彼はデザインの世界では、20 世紀に活躍した最も影響力を持つランドスケープ アーキテクトのひとりとされている。そして米国の国定歴史建造物に指定された公園としては、19 世紀に活躍したデザイナーでセントラル パークをはじめとする多数の庭園設計で知られるフレデリック・ロー・オルムステッドに次ぐ数を手がけてきた。

だが、その死後わずか 8 年しか経っていない 2012 年の時点では、ランドスケープ アーキテクチュア界以外では見過ごされてしまった。彼の存在は、一緒に仕事をした著名な建築家たち (エーロ・サーリネン、ルイス・カーン、I・M・ペイなど) や、景観自体の歴史的重要性により、影が薄くなってしまっている。それを正すべく、2013 年には The Cultural Landscape Foundation (TLCF、文化景観財団) が、カイリーのデザイン 28 点の写真展 を開催。この展覧会は、ワシントン DC の国立建築博物館を含む米国内の文化、建築団体 15 カ所を現在も巡回している。

財団のプレジデント兼 CEO を務めるチャールズ・バーンバウム氏 (FASLA、米国ランドスケープアーキテクト協会フェロー) は「ほとんどの場合、ランドスケープ アーキテクトの手腕は目に見えないものです」と話す。「The Cultural Landscape Foundation における我々の仕事は、景観作品の周知を図り、価値を浸透させて関心を高めることであり、それこそがカイリーの展覧会で行ったことです」。

dan kiley US air force academy
自身が手がけた有名作品のひとつ、米国空軍士官学校の前に立つカイリー [画像提供: Aaron Kiley]

ニューヨーク育ちのバーンバウム氏は、もちろんリンカーン センターのことは知っていたが、その都市景観プロジェクトにカイリーが関わっていたとは知らなかった (そのデザインはカイリーのビジョンには合致しておらず、残念ながら完全に失われてしまった) 。バーンバウム氏は、カイリーの作品の中でも評価の高い、インディアナ州コロンバスの J・アーウィン・ミラー邸庭園を、所有者であるミラー家と一緒に初めて訪ねたときのことを明確に記憶している。

1953 年から 57 年にかけて設計、建設されたこの庭園は、アーウィン・ミラー氏とキセニア・ミラー夫妻のため、カイリーとサーリネン氏のコラボレーションによって生まれたものだ。サーリネン氏は、ケヴィン・ローチ、インテリアデザイナーのアレクサンダー・ジラルド両氏とともに邸宅のデザインを行った。庭園は、その幾何学的な配置によって邸宅の延長のような機能を果たし、その先の芝生、さらに森へとつながっている。最も印象的なのは、アメリカサイカチの木々が並ぶ無駄のないエレガントな散歩道で、庭園の周縁を定義しつつ、その外形とドラマが与えられている。

ダン・カイリー ミラー邸庭園
幾何学的な配置とアメリカサイカチの木々が並ぶ印象的な散歩道が配されたミラー邸庭園 [提供: the Cultural Landscape Foundation, Millicent Harvey]

「生きているうちに成し遂げたいことのリストを考えるなら、ランドスケープ アーキテクト、モダニズムやデザインを愛するあらゆる者にとって、ミラー邸庭園に足を運ぶことは人生を変える体験になります」と、バーンバウム氏。「彼の作品には、とてつもなく高いレベルの自制と力強さがあるのです」。

カイリーの他の景観作品にはそうでないものもあるが、この庭園は高いレベルで管理が行なわれている、とバーンバウム氏は言う。「これだけ手が行き届いているのは、庭園に対する愛情のみならず、設計意図に対する、個人的な深い愛情があってこそです。そして、ダン (・カイリー) の手を離れた後、ミラー夫妻がこの庭園に個性を加えています。全ては、カイリーが生み出したランドスケープ アーキテクチュアと、そこに住む人々の間で共有される関係の一環なのです」。

モダニストの出現

マサチューセッツ州で生まれたカイリーは、20 歳の時、米国ランドスケープアーキテクト協会 (ASLA) の設立者に名を連ねるウォーレン・マニング氏のオフィスで、ランドスケープ アーキテクチャーを正式に学び始めた (マニング氏は 19 世紀終わりに、前述のオルムステッドのオフィスで働いていた)。その後、ハーバード大学で学ぶ機会を得たカイリーは、後にランドスケープ アーキテクトとして名をなすガレット・エクボ、ジェームス・ローズ両氏と出会う。カイリーが初期に手がけたプロジェクトには米国の国立公園局 (NPS) や住宅開発局との仕事があり、彼が公共景観に関心を持つきっかけとなった。

dan kiley st louis arch
カイリーを象徴する作品のひとつ、セントルイス・ゲートウェイ・アーチ [提供: the Cultural Landscape Foundation, David Johnson]

カイリーは草創期のモダニストのランドスケープ アーキテクトとして知られるようになり、サーリネン氏と出会い、パートナーとなることが、キャリアにおける初めての大型案件となるゲートウェイ・アーチの受注へとつながった。カイリーの他の景観が直線的であるのに対して、ゲートウェイ・アーチの景観ではアーチのカテナリー曲線を反映した曲線的な歩道が使用されており、樹木は西洋トネリコのみが植えられている。サーリネン氏はのちに、自身とカイリーが「庭園の主要素全てに関与し、一丸となって互いの分野に取り組んだ」と記している。

ヒュー・ミラー氏 (FAIA) は歴史的建造物を専門とする建築家で、1960 年代後半のカイリーの作品について初めて読み知ったとき、 NPS とのプロジェクトに関わっていた。1970 年代後半までに所属事務所の部門主任建築家へと昇進した彼は、カイリーと出会い、ワシントン DC 中心部での Pennsylvania Avenue Development Corporation (PADC) の再開発計画プロジェクトで、共同して仕事をする間柄となった。「カイリーは、とてもディテールにこだわる人でした」と、ミラー氏。「建築家とランドスケープ アーキテクトの間に良好なパートナーシップを構築することに、常に関心を抱いていました」。

カイリーは、またオープンで社交的でもあった、とミラー氏。「楽しいことが好きでした。カイリーのオフィスで働いていたランドスケープ アーキテクトから聞いた話だと、快晴のある日、カイリーが製図室から出てきて“仕事は夜やればいい。セーリングに出かけよう!”と言ったそうです。彼には優先させるべきものがはっきりしていたのです」。

dan kiley Art Institute of Chicago South Garden
シカゴ美術館のサウス・ガーデン [提供: the Cultural Landscape Foundation, Tom Harris]

作家、教育者であり、カイリーとの共著で「Dan Kiley: The Complete Works of America’s Master Landscape Architect」を出版したジェーン・アミドン氏は、カイリーは自身のプロジェクトそれぞれに言うべきことに鋭いセンスを持つと同時に、年下の共著者であるアミドン氏に自由と権限を与えてくれたと話している。「彼の信条に対する配慮がある限り、かなり一緒に仕事がしやすい人でした」と、アミドン氏。「非常に直感的なデザイナーでした。何日間もプロジェクト ファイルにアクセスしてから本人にインタビューを行い、それから自宅に戻って執筆できるというのは、最高のプロセスでした」。

不朽のレガシー

カイリーは、1997 年に全米芸術勲章 (National Medal of Arts) を、2002 年にクーパー・ヒューイット国立デザイン博物館から特別功労賞を授与されている。その 2 年後、妻のアンや子供たちと暮らす自宅のあるヴァーモント州シャーロットにて、91 歳でその生涯を終えた。それ以降、展覧会の動員数や関連ウェブサイトへの訪問者数、さらにはワシントン DC のナショナル・ギャラリー (英文情報)やニューヨークのフォード財団における景観作品の再建などから、カイリーの認知度が高まっているのは確実だとバーンバウム氏は話す。

dan kiley The Cultural Landscape Foundation's photographic exhibition
The Cultural Landscape Foundation によるカイリーの写真展は 2013 年以降これまでに 15 カ所の文化および建築団体を巡回している [提供: Sam Rosenholtz]

現在ノースイースタン大学建築学部ランドスケープ アーキテクチャー科の教授を務め、同大学の都市景観プログラムのディレクターでもあるアミドン氏は、カイリーは今後も学生たちを魅了し続けるだろうと話す。「学生たちにとって、モダニズムがその魅力を失うことはないでしょう」と、アミドン氏。「学生の多くは、今後の動向と、それに対する「モダニズム」や「近代」の関係性を知りません。ひとたびモダニズムを理解すれば、ダン・カイリーは彼らにとって、極めて魅力ある人物となります。カイリーは現在も、史上最高のランドスケープ アーキテクトのひとりなのです」。

The Cultural Landscape Foundation によるカイリーの展覧会は、ウィスコンシン大学ミルウォーキー校建築都市計画学部にて 2017 年 10 月 30 日から 2018 年 1 月 12 日まで公開されます。巡回日程はこちら

Redshift の「リスペクト」シリーズは、各業界で永続的な影響をもたらしたエンジニア、建築家、デザイナーなどを紹介しています。

著者プロフィール

キム・オコネルは歴史や自然、建築、ライフを専門とするワシントン D.C.エリアのライター。自然、地方に関する幅広い著述をしており、以前は Virginia Center for the Creative Arts とシェナンドー国立公園のライター イン レジデンス・プログラムに参加していました。Web サイト (kimaoconnell.com) 経由でコンタクト可能。

Profile Photo of Kim O'Connell - JP