ジェネレーティブ デザインで垣間見る、AIと協働する未来のデザイナーの姿
AIによるデザインと聞くと、条件を入力するだけで最終的なデザインが自動的に提供されるような環境を想像される方が多いだろう。ではデザイナーにとって、AIは仕事を奪うような存在となるのだろうか?
設計上のさまざまな制約を入力することで、膨大な数のソリューションが提示されるジェネレーティブ デザインには、AIによるデザインを思わせる部分もあり、大きな注目を集めている。そのジェネレーティブ デザインに現在、デザイナーやエンジニアがどう向き合い、活用して、そこにどんな未来を見ているのだろう? 先日行われたRedshift Liveイベントでは、ゲストに迎えられた3名のエキスパートが、その実例を紹介するとともに、さらに掘り下げたディスカッションも行われた。
さまざまなデザインプロジェクトを手がける一方、素材や製法等の新しい活用法を研究、提案する活動を行っているTriple Bottom Line代表/デザインディレクターの柳澤郷司氏は、「現在ものづくり界隈で注目されているのが、コンピュテーショナルとジェネレーティブという、ふたつのキーワードです」と語る。
「いま我々が取り組んでいるプロジェクト“Trance Nature”は自然という普段我々が目にする事象から感じる「美しさ」という要素をどうすれば実際の意匠設計や商品開発に活かすことができるのかをテーマにしています。水の流れといった自然現象ひとつをとっても、実は高度に数式化されていて、そのデータを使ってプログラムできるというのはもうわかっています。ただ、それをどうやって実際の製品設計に活かしていくかはまだまだこれからの分野であり、研究しているところです」。
ジェネレーティブ デザインの導き出した「かたち」をデザインとして昇華
柳澤氏は、コンピュテーショナルデザインもジェネレーティブ デザインも、これまではデザイナーやエンジニアが自分たちの経験や知見といった、目には見えないものに頼っていたものを、客観的に目に見えるものとして可視化すること = 客観写生のための強力なツールであると言う。その特性を最大限に活かして進めているのが、Myth AndroidプロジェクトGenerative Chairだ。
このプロジェクトでは、過去から現在まで、世界中で作られた有名デザイナーの設計した椅子50–70脚の特異点を抽出し、ジェネレーティブ デザインを活用することで、コンピューターがない時代のデザイナーが何を考えて「椅子」というものを作っていたのかを「かたち」として可視化するというもの。ジェネレーティブ デザインの導き出した「かたち」を、デザイナーがいかにデザインとして昇華できるのかが問われる問題提起となったという。
WHILL株式会社の平田泰大氏は、「すべての人の移動を楽しくスマートにする」をミッションとして掲げている同社で、車両開発部部長として同社製品の全車体の設計を担当。氏が中心となって行った車体軽量化のためにジェネレーティブ デザインを活用したトライアルでは、フレームだけで約40%の軽量化に成功している。
デザインと検証: コンセプトから量産へ
「エンジニアはジェネレーティブ デザインで出力されたものを、そのまま鵜呑みにすることはできません。フレームが軽量化できる、ということがわかって実際に形になり、プロトタイプを制作するところまではいきましたが、現在も本当にシミュレーション通りの強度が出ているのか、過重のかかり方はどうかという多くの条件を物理的に計測していく、という検証を日々繰り返しています。検証の結果、概ね評価は良好ですが、今後はどのようにして大量生産し、製品化まで持っていくか、ということが課題になってきます」と平田氏は語る。
自動車部品の世界的シェアを誇るグローバル企業、株式会社デンソーでプロダクトデザイナーを務める岡本陽氏は、「エンジンの頭脳」とも呼べるECUの開発にジェネレーティブ デザインを活用。軽量ながら放熱効率にも優れた形状を追求したコンセプトモデルを作成し、世界的に最も権威のあるデザイン賞のひとつ、ドイツの「iF DESIGN AWARD 2019」を先日受賞している。
「ジェネレーティブ デザインで導き出された形状は、熱の流れが可視化できる、非常に興味深いものでした。しかし、ケースとしては成り立っていなかった。そこで、きちんと基板を覆うことのできるミニマムな、かつ大量生産可能なデザインに落とし込むことで、放熱性能は維持したまま12%の軽量化に成功しました」。
岡本氏は、自社のビジネスにジェネレーティブ デザインがマッチしていると語る。「先進的な自動車技術やシステム、製品を世界中の自動車メーカーに提供するデンソーに、ジェネレーティブ デザインは合っていると思いました。まず形の斬新さから、見せるだけで、なぜこんな形になったのかという性能の話に直結することができます」と岡本氏。
「エンジニアリングとデザインは切り分けて考えるべきではないと思っているので、デザイナーからこういう提案が出てくるというのは最高ですね。ジェネレーティブ デザインには大きなポテンシャルを感じています」と平田氏。
満たすべき条件と、その先にあるもの
柳澤氏は「デザインとは感性主導でアーティスティックなものだと勘違いされている方も多いのですが、満たすべき条件を満たしたものを提案できなければ、デザインとは言えません」と述べる。「条件を満たすための経験や知識は、時に自分のクリエイティビティを拘束してしまう。ジェネレーティブ デザインは、そこを突き崩すような解をぶつけてきます」。
「実用性に関しては、最初に出てきたものを見た段階で、正直難しいなとは思いました」と平田氏は言う。「出てきた形状を工法に落とし込み、できるだけ安く製品として提供できるようにするまでが、なかなか大変ですね」と語る。現在、Fusion 360で利用できるジェネレーティブ デザインの機能では、切削加工する、3Dプリントするなどの条件付けが指定可能だが、「今後はダイキャストで作る、板金で作るなど、工法の条件に則った形ができてくると最高ですね」と、平田氏。
柳澤氏は、自身もコラボレーターとして参加したデンソーのECUデザインについて「初めから量産に必要な要素を確認して、設定を調整しました。使い手がいろいろ試してみることで、手応えも変わってきます」と語る。「Myth Androidのプロジェクトでも、全部の条件をフィックスルすると形が決まってしまうので、椅子の脚に関してはあえて設定しない、などの工夫をしています」。
では、ジェネレーティブ デザインは、いますぐにでも試してみるべきテクノロジーなのだろうか? 「やらない理由がわからないですね」と、柳澤氏。「学習コストが高いとか、有用性がわからないとか、やらない理由はいろいろ探せるとは思います。新しいものを取り入れるためには一定の障壁をクリアすることが必要。でも、個人の経験や知識などでとらえていた漠然とした問題点を可視化できる、共有できる解を可視化できるのは大きな利点だと思います」。
平田氏も同意する。「既存のものが完璧だと思ってしまったら、そこで発想は止まります。でも、そこを超えて行くためのアイデアのツールとして、ジェネレーティブ デザインは活用できる。このWHILLのフレームは、最初は社内でも宇宙人を見るような目で見られましたが、デザインというのは、その各時代のツールに負うことで時代性が出るということもあります」。
新たな時代のデザイン
さらに「ツールの進化とプロダクトの進化は時代と密接に関わっているので、ジェネレーティブ デザインによって導き出されるカタチがスタンダードになる、という時代が来ると思います」と、氏は続ける。「だから、いま僕がやっているのは、それをどんどん人の目に触れるところに出して、慣れてもらうことだと思っています」。
岡本氏は、ジェネレーティブ デザインは検索ツールに近い、と語る。「検索で最適な情報を得るためには、キーワードの選び方や検索条件の設定が重要です。ジェネレーティブ デザインを使いこなすためには、その条件や設定をきちんと収集し、適正に入力するというスキルが必要だと思います」。
柳澤氏は「どういう素材で、どういう工法で作って、いつ誰が使うのかということをデザイナーは考えなくてはいけません」と続ける。「3Dプリンターが普及してメイカーズブームが起こり、結局製品化できないデザインが溢れたように、ジェネレーティブ デザインがいくら有能でも、使う側が基礎をきちんと理解していないと解は得られない」。
ジェネレーティブ デザインを使った製品が世界的なデザイン賞を受賞したことは、“人が使う”デザインツールとして認められたということでもある。パネリストたちは、今後こうした成功事例が増えれば、コンピューターとの協働も標準化していくだろうと語ってくれた。
Redshift Liveのアーカイブビデオ (約68分) は、以下でご覧いただけます。