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ARアートが作品にもたらす新たな機会とコンテキスト

  • このところのARアートの隆盛は、技術力の向上と、新型コロナウイルス感染症の世界的流行によるソーシャルディスタンス確保の必要性によるものだ。  
  • ARアートは、インタラクティブなアートに触れる新たな機会を、従来のアートスペースの内外で提供する。 
  • どこにでも適用できる新たなデジタルメディアとして、ARアートは既存の作品の上書きや文脈の変更にどう利用できるか、あるいはどう利用すべきかという、新たな疑問を投げかけている。

AR (拡張現実) アートは、簡潔に説明すると、特定の空間に配置され、モバイルデバイスで見ることのできるアニメーションやオーディオのことだ。だが技術の進歩とパンデミックに起因する隔離状態により、現在ARアートはそれ以上の存在となっており、爆発的な勢いで台頭しつつあるアートメディアだと言える。ARアートであれば、古典アートの巨匠の作品をリビングに置いたり、最先端のデジタルな職人技を自宅の裏庭に置いたりすることができる。ギャラリーや美術館の内外を問わず、既存の芸術作品を研究したり、文脈に応じて再解釈したりできるのだ。より多くの時間と関心がデジタル空間へ取り込まれる中、その文化的重要性は増大しており、はかなく、変わりやすく、インタラクティブなアート体験への移行を示唆するものとなっている。

ARアートとは? 

拡張現実のアート作品はモバイルデバイスのアプリを介して閲覧でき、さまざまなレベルのアニメーションやオーディオコンテンツ、視聴者の操作による変更を加えることができる。このアート作品には新作や既存作品のレプリカ、作品に修正や新たな文脈を加えたものなどが含まれる。それらは指定エリアや鑑賞者がカメラを向けた空間に、3Dアートワークのオブジェクトとして現れる。

ARは現実と幻想を融合させ、既存のアート作品や既存の空間に形や動き、意図を重ねるものだ。全てが完全に合成によって作成された没入体験であるVR (ヘッドセットとコントローラーが必要な仮想現実) とは異なり、ARは制作コストが比較的低い場合が多く、必要となる専用ハードウェアは、クリエイターとユーザーのどちらにとっても少ない。

ARはアートの世界をどう変えるのか? 

ARは芸術作品をギャラリーの外へ持ち出し、新たな命とつながりを提供する。アート体験をレクチャーではなく、鑑賞者と芸術家のコラボレーションに近いものへと変える。そしてアート作品を、見かけ上は任意の場所に「置く」ことを可能にする。科学的に正確なオーデュボン協会の鳥類のイラストが、博物館やギャラリーの白い壁に飾られている場合と鳥の餌台がある庭を眺める窓際に置かれた場合では、その見え方も印象も異なるだろう。

ARアートには、鑑賞者が作品の3D要素を操作できるものもある。アダナ・ティルマンの「Interplay: Art Play for All」(アクロン美術館との合同制作) では街の至る所にコラージュ風のポスターが貼られ、QRコードを読み取るとポスターに描かれた人物や抽象化された図形などが表示され、それを鑑賞者はモバイルデバイスを使って動かすことができる。

これはポスターを貼れる場所であればどこでも実行可能な分散型インスタレーションの一例であり、パンデミックにおけるソーシャルディスタンス確保の要件にも合致するものだ。従来のアートの世界で、ARアートと最も類似しているのは光投影によるアートだろう。だがARの利点のひとつとして、アート体験をスマートフォンにもたらすことで、大勢の人間がひとつの公共空間に集まらなくても済む点が挙げられる。パンデミックの渦中かどうかを問わず、ARアートは文化を空間内に分散させる手段となる。これは美術館の入場料や地理的なアクセスからモバイルデバイスの所有権へと、利用の対価を変化させるものだ。この新しい変化が誰に恩恵をもたらすことになるかは、まだ明確ではない。ARは文化施設が、普段は美術館を全く利用しない人やパンデミックのせいで足が遠のいている人へとリーチを広げる手段になるかもしれない。

だがこの可変性は、芸術における倫理や所有権に関する新たな疑問を投げかける。まず、ARを使うことで既存のアート作品を「上書き」することが可能だ。ブラジル人アーティストのマウリシオ・ノセラ氏はこのアプローチを採り、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」にグラフィティタグやデジタルスプレーペイントで装飾を施した。存命の芸術家であれば、こうした作品の修正に反対するであろうことは容易に想像できる。また、ARアートの浮動性を考慮すると、ARアート作品を他のアートと並べることで、クリエイターの反発を生むような形による文脈の根本的変更や矛盾の創造も可能となる。

アーティストのセバスチャン・エラスリス氏の場合がそうだった。彼は独自のアプリを使用して、Snapchatと彫刻家ジェフ・クーンズ氏とのコラボレーション作品を「象徴的破壊行為」として壊してみせた。コラボレーション作品では、ジオタグを付けられたジェフ・クーンズ氏の彫刻のデジタルモデルが複数の特定ロケーションに設置されているが、エラスリス氏は、このクーンズ氏のデジタルモデルをタグ付けし、自身のアプリ内で落書きしたのだ。ARとソーシャルメディアは、アーティストに芸術表現の新たなフロンティアを提供する一方で、クリエイターの絶対的な著作権に問いを投げ掛ける新たな手段にもなる。

ARアートに関する現行の法律の適用はグレーゾーンにあり、デジタル上で修正が加えられる場合、アーティストや美術館が要求できる空間制御はどの程度なのかを判断する、著作権とフェアユースの範囲領域を見極められるようなテストケースが待たれている。これまで前例のない極めて多義的な変化とは、ARアートが作品同士を相互作用させる新しいツールを生み出すという点だろう。

ARアートができるまで  

ARアートはデジタルツールを用いて制作・展示されるため、制作プロセスやその核心に触れるディテールの紹介に適している。このメディアで活動するアーティストの多くは、デザインソフトウェアのスクリーンショットやイテレーション初期のスケルトンアニメーションを、最終作品と並べて公開している。例えばマルチメディアアーティストのヘザー・ダナウェイ・スミス氏は、自身のサイトで販売している奇抜なARアートの舞台裏を、オーディオミックス、スケッチツール、モデリングソフトウェアのビデオクリップでInstagramに公開している。オートデスクの拡張アプリAUGmentectureも同様に、Revitからモバイルデバイスで表示可能な3D画像を生成できる。

アクセスが民主化されれば、ARアートを制作するための新しいツールも民主化される。InstagramはARアートの共有において最もポピュラーなソーシャルメディアプラットフォームだ。そのためSpark ARソフトウェアは、ユーザーがコードを記述しなくても、オブジェクトやサウンドのインポート、オブジェクトのアニメーション化、カスタムテクスチャの作成など独自のAR Instagram/Facebookフィルターを作成できるように支援を行う。

ペレス美術館の「侵入生物種」展 

ペレス美術館マイアミ (PAMM) で開催された「Invasive Species (侵入生物種)」展の一環として、フェリーチェ・グローディン氏は、巨大で生物学的に曖昧な海の生物「Terrafish」をデザインした。このARアート作品では、美術館の目玉ともいえる特長に目を付けた。それはフランスの植物学者パトリック・ブラン氏が美術館を設計した建築家チーム、ヘルツォーク&ド・ムーロンと連携してデザインした13.7mの吊庭だ。

グローディン氏は、以前は建築分野に従事しており、その緻密なバランス感覚と建築デザインツールとの親和性が作品にも表れている。彼女は、AutoCADでPAMMの展示の3Dモデル制作をスタートし、建築エンジニアから提供された図面をもとに作業を進めた。グローディン氏とPAMMはCuseum (文化団体向けのデジタルエンゲージメント分野に特化) と連携して3ds Maxで3Dモデルを作成し、そのモデルを美術館のマルチメディアアプリARキットに統合した。グローディン氏のARインスタレーションは、従来の作品群を発展させたものだ。そこには、長年にわたって設計図やセクションをAutoCADで描いてきた彼女特有の、デジタルのシャープさで描写された手描きのイラストも含まれている。この展示は、関連STEAM教育プログラムの開講時に中心的な存在となる。

ARアートが現実と刹那の融合であるように、グローディン氏の「Invasive Species」展は動植物と建築の融合だ。グローディン氏の「Terrafish」の光り輝く内臓は呼吸のリズムで脈打ち、庭園の自然な植物相とは対照的だ。グローディン氏による、アニメーションのような滑らかなデジタル造形は強い印象を与える。キュレーターのジェニファー・イナシオ氏は「まるで食物を探すか、建築の一部となるために吊庭へと手を伸ばしているかのようです」と話す。

これは巨大でもあり、グローディン氏の作品で最大のものだ。その高さは約15m、底部の幅は約30 mに及ぶ。このインスタレーションは、美術館によるデジタルツールを通じたコミュニティに対するよりよいアプローチを支援するナイト財団イニシアチブの助成部門、ジョン・S・アンド・ジェームズ・L・ナイト財団からの助成を得ている。

「Terrafish」は、南フロリダの海中に生息する外来種のクラゲにインスピレーションを得たもので、気候変動と人間の手による自然崩壊の悪影響を想起させるものとなっている。「Invasive Species」展は、エコシステムの変動傾向を認識し、新たな動物相を生存へと導く可能性のある、発生力としての気候変動について思案するものだ。「この場所に今後どのような発展、変化の可能性が秘められているのかを示唆しています」と、グローディン氏。この作品や他のARアート作品の背景を考慮すれば、ARアートの状況は、グローディン氏の異世界的な作品同様、急速に変異していくだろう。

スミソニアンのアプリSkin and Bonesは同博物館のBone Hallに展示されている13体の骨格標本に拡張現実を使用して命を吹き込む [提供: Chip Clark/Smithsonian Institution]

その他のARアートの例 

ARアートは (グローディン氏の「Invasive Species」展のように) 表現力豊かなものもあれば、スミソニアンのアプリSkin and Bonesのように教訓的かつ教育的なものもある。Skin and Bonesは、展示されている動物の骨格標本の皮膚や筋肉を剥がすことで動物生理学への新たな視野を提供する。

オンタリオ美術館で展示されているアレックス・メイヒュー氏の「ReBlink」はその中間に存在している。今回のインスタレーションでは、美術館の所蔵品から選ばれた絵画にARによるアップデートが施され、近代化、疎外感、動揺が描き出されている。ある作品では、近世を思わせる赤毛の女性が自撮り棒を手に薄ら笑いを浮かべている。別の作品では、野生のイノシシやブドウなど豊富な収穫物と共に描かれた17世紀の夫婦の肖像画が、収穫物が果物の缶詰やホットドッグに置き換えられ、21世紀の肖像画となる。明快な風刺に満ちたこの解釈はメタ批判的要素を得ており、オンラインメディアでオンラインへの没頭を批評する形となっている。

アーティストのMarc-O-Maticは、子供向けアニメのような目まぐるしいスチームパンクARアートを制作している。絵画やギャラリーの壁から飛び出す不等角投影図のような飛行船、恐ろしい姿をしたメカアンコウ、図書館を背負った本好きのヤドカリなどが登場する。極めて複雑な自己完結型の世界だ。

クリストとジャンヌ=クロード「ロンドン・マスタバAR (ハイド・パーク)」のスチル (2020年) [提供: Acute Art]

ロンドンのサーペンタイン・ギャラリーはARを使用して、2020年に亡くなったアーティスト、クリストに、他に例を見ない死後の最後の作品活動の場を提供した。Acute Artアプリを使用し、サーペンタイン川にクリストとジャンヌ=クロードの最後の作品となる大規模パブリックアートのバーチャルレプリカを設置したのだ。作品「London Mastaba, Serpentine Lake, Hyde Park, 2016-2018」は7,500個の赤、ピンク、青の樽をピラミッド状に積み上げたオリジナル作品をバーチャルモデルで再現したもので、その名(マスタバ)がメソポタミアの墓を指しているように、漂着した平底の荷船のようでもあり、または時代を超越したネオンのように光り輝くジッグラト (聖塔) のようでもある。

Google Arts and Cultureアプリには、2,000を超える文化施設が所蔵する美術品や絵画を、スマホを向けた任意の場所に配置するArt Projectorなど、いくつかのARアート機能が用意されている。このアプリは、より実験的なARアート応用のプラットフォームとしても使用されている。そこには、ARアートのオーディオ機能を示すAR Synthも含まれている。これは、5種類の有名ビンテージシンセサイザーのサウンドと外観をモデリングしたもので、ユーザーは既存のスタジオ空間にこれらをドロップすることができる。

また、Google Arts and Cultureアプリでは、Serpentine Augmented Architectureとのコラボレーションも提供されている。ヤコブ・クドスク・スティーンセン氏のインスタレーション「The Deep Listener」は、ロンドンのハイド・パークの風景の中から5つを選択し、オリジナルの3Dアニメーションと、普段はかき消されており人間の耳に届かない音を紹介している。この音は、このエリアに遍在する5つの在来種と外来種が発している。夜行性であるコウモリが発する鳴き声、甲高いインコの鳴き声、風に揺れる葦原、紺碧のイトトンボ、そして、おそらく最も繊細であろう、地球の息吹とモミジバスズカケノキがその根を地層へと広げる音だ。各生物は、植物と動物の両方の要素を持つよう抽象化および分化され、ロンドンで最も有名な公共スペースで蠢く自然の化身となっている。

本記事は、2018年4月に掲載された原稿の改訂版です。