3D プリント建築が新しい世界を生み出すために必要な、新しい建築基準とは
街の大部分を焼失させた 1666 年のロンドン大火など、数々の悲劇的な出来事の歴史を経て建築基準が制定されるようになった。それ以来、建造物の耐火性を高め、密度の高い都市部の公共の安全を向上させる (この点はコロナ禍が困難をもたらしている現在、特に重要な意味を帯びる) などの目的で、数々の基準が生まれている。米国では、国家レベルの建築基準は 1915 年に初めて制定され、それから紆余曲折を経て地方自治体や州、国際的な基準が制定されることとなった。
こうした建築法規の世界が、新たな困難を迎えている。それは、建設業界における新技術の評価だ。建造物に大きな変革をもたらすと期待されている 3D プリント技術は、建設プロセスをより迅速かつ低価格、安全で、持続可能性の高いものにする。だが、それは施工者が規制当局とうまく協議できればの話だ。規制当局にとって、最も差し迫った課題は、3D プリント製の建造物が安全であることを、どうすれば確信できるのかという点にある。
建設業界向けの特殊な 3D プリンターを製造する、ボストンを拠点とする Apis Cor の設立者兼 CEO のアナ・チェニウンタイ氏は「3D プリントは非常にイノベーティブでディスラプティブな技術であるのに対して、建設業界は非常に保守的です。そのため、3D プリント技術を実際に導入するのは難しいのです」と述べる。「現在、弊社の最大の課題は、規制当局や行政が簡単にプロセスを認可して建築許可を発行できるような標準化を行うことです」。
Apis Cor と構造工学関連企業の Thornton Tomasetti は、ボストンの Autodesk Technology Center のレジデンシー プログラムに参加。3D プリント製の壁構造物の業界標準を生み出すべくコラボレーションを行い、それが未来に向けた建築基準策定の最初の一歩となることを願っている。
前例をたどる
Apis Cor は設立以来、3D プリントの価値を幾つかのプロジェクトで立証してきた。例えば 2016 年には移動式コンクリート プリンターを使用し、世界初であろう「現場打ち」の 3D プリント製住宅を完成させている。ロシア・ストゥピノに建築された約 37 平米の円形住宅は、わずか 24 時間で建てられ、建設コストは約 1 万ドルだった。Habitat for Humanity が 97 平米の 3 ベッドルーム住宅の建築にかけた 5 万ドルに比べれば、そのコストはほんのわずかだ。
2019 年 10 月、Apis Cor はドバイで 2 階建て庁舎用の 3D プリント製壁構造物を完成させた。高さ 9.4 m で約 60 平米を囲むこの壁は、3D プリント製壁構造物としては現在も世界最大のものだ。
だが、概念実証と前例は同じではない。Thornton Tomasetti でアソシエートを務めるエンジニア、パトリック・ケニー氏は、当局は大規模な 3D プリントの認可に際して前例を必要とすると話す。
「建設は製造とは異なります」と、ケニー氏。「現在の建設業界は、製造業界のように何千、何万もの同じ製品を生産しているわけではありません。製造の場合は、最初の 10 個にミスがあったとしても、その後でプロセスを改善できます。しかし建設では、プロジェクトひとつひとつが独自のプロトタイプであり、それが意志決定を非常に保守的なものにする理由となっています」。
ここで重要なのが建築基準だ。施工者に共通基準への準拠を強いることで、規制当局はそれぞれが異なる建造物を同質なものと考えることができる。その過程で、完成した建造物は未来の建造物の前例となって、リスクを緩和することになる。
3D プリントなど新技術に生じる課題は、前例が無いことだとされる。だが、それは本当なのだろうか?
3D プリントに対する規制当局の違和感を軽減すべく、Apis Cor は 3D プリント製壁構造物に焦点を絞っている。そのデザインは従来のコンクリート ブロックを使った壁を模倣したもので、補強用の異形鉄筋を差し込む空洞が設けられている。3D プリントは全く新しい形状を可能にするが、この新たな建築手法を正当化するために重要なのは、従来の手法との共通点を見つけることだと Apis Cor は考えている。
「弊社が製造する壁と従来のコンクリート ブロック壁の構造上の類似点を示すことができれば、規制当局はコンクリート ブロックに関する法規と建築基準を検討でき、認可プロセスの簡略化につながると考えています」と、チェニウンタイ氏。そして、この Apis Cor のアプローチは、施工者が屋根や基礎など従来の組積造で既に使われている、実績ある建設テクニックを用いることを可能にすると付け加える。
炭素繊維やバイオプラスチックといった射出素材の代わりに、Apis Cor はコンクリートなど、なじみのあるポピュラーな素材へ転換している。通常のコンクリートは 3D プリントには適さないが、同社は水、砂、セメントなど従来と同じ材料に、高い粘性時間を加えて硬化時間を短縮する秘密の成分を加えた、独自の処方を開発している。
「最初の一歩として、既に建設業界で使われているポピュラーな素材を熟知する必要があると弊社は考えています」と、チェニウンタイ氏。「それがあってこそ、新素材を導入することができるのです」。
規制を理解して準拠
見た目は組積造そっくりの 3D プリント製の壁であっても、組積造と同レベルの機能性を提供してこそ、その効力を発する。Apis Cor は Briggs Engineering and Testing、コネチカット大学と連携し ASTM インターナショナル認可の一連のテストを行っている。このテストではコンクリート ブロックの強度、耐久性、湾曲、圧力が評価される。
「コンクリート ブロックを機械で圧搾し、強度を計測します」と、ケニー氏。「同じサイズの 3D プリント製の壁で、これと全く同じテストを行います」。ケニー氏によると、Thornton Tomasetti はテスト結果を Apis Cor のためにレビューし、規制当局と共有可能なドキュメントへと変換している。「この新素材が、極めて類似性の高い既存のコンクリート ブロックに関する基準のすべての条件を満たすことを示そうとしています」。
Apis Cor は、その経験的証拠を 2 つのデモ プロジェクトで応用予定だ。そのひとつがルイジアナ州ジャクソンの 3D プリント製 2 階建て住宅だ。Apis Cor はこの構造物を 2 週間以内で完成させる予定で、建設コストは従来の住宅の半分となる。もうひとつはカリフォルニア州サンタバーバラで行われる 3D プリント製の低価格住宅プロジェクトで、サンタバーバラ郡の住宅信託基金と共同で実施される。これら 2020 年秋の開始が予定されるプロジェクトは通常の認可プロセスを経る予定で、3D プリント技術とその運用の、両方のショーケースとなる。
「人々の賛同を得るのに必要なのは、その時点でこうした建造物を建てたことがあるという前例です」と、ケニー氏は話す。
初期のプロジェクトは極めてシンプルなものとなる。しかし Apis Cor は時間をかけ、より複雑な形状のプロトタイプを発表していく予定であり、それらもまた規制当局の賛同を得る必要がある。
「現時点では、コンクリート ブロックの基準が頼りです。この基準は柔軟性に乏しいものですが、簡単に理解が得られ、必要な要件そのものです」と、ケニー氏。「いずれは 3D プリントが現場打ちコンクリートに関する基準の一部となると思います。この基準には多数の要件が含まれていますが、形については自由だからです。形状には一切の制約が設けられていません。これこそ、3D プリント製コンクリートで実現すべき未来です」。
工期が短く安価な住宅という、3D プリント製住宅に対する期待は大きいが、その道のりは簡単ではないと Apis Cor も認める。だが、これは避けられない道だ。
「目標は住宅問題におけるギャップを埋めることであり、弊社には実現できると確信しています。でも認可と、それを得る手段を見つけ出すまでは不可能です」と、チェニウンタイ氏。「この技術を広めていく上で、それが一番の課題です」。