あらゆる分野、特にテクノロジーや製品設計のような日進月歩の業界において、イノベーションには固有のリスクが伴うが、大きな報酬を得る可能性もある。iPhoneのようなゲームチェンジャーが生まれる一方で、それを大きく上回る数のGoogle Glassのようにそれを上回る失敗例も数多く存在する。
起業家であり未来主義者のジョナサン・ブリル氏にとって、イノベーションとは古いシステムに新たな機能を持たせることだ。「イノベーションとはリスクを厭わないことです」と、ブリル氏。「変化を求めれば、システムにボラリティを加えることになります。世の中にまだ存在しないものを創造し、それを持続可能な方法でスケールすることこそイノベーションなのです」。
ブリル氏の著書『Rogue Waves: Future-Proof Your Business to Survive and Profit from Radical Change』では、社会、技術、経済のトレンドを活用し脅威をチャンスに変える、ビジネスの未来対策に焦点を当てている。製品設計とエンジニアリング業界のベテランであるブリル氏によると、この分野の企業は、このようなRogue Waves:荒波に対して、パワーを利用しようとする代わりに、身を縮めてやり過ごそうとする傾向が強いと指摘します。これは、破壊的であっても同時に生産的でもあるそのパワーを活用できていないということです。
エンジニアリングと製造のリスク回避志向は、この業界が本質的にハードウェアおよび初期投資が大きい生産サイクルとの結びつきに根差しているという構造に起因している。開始時に設備投資がかさむため、いったん製造工程が決まると、何が何でも生産ラインを回し続けようという強い動機が働く––一時的にラインを止めて改善を試みることで、将来の生産性が向上するとしても、だ。では、リスクを回避するよう設計された環境において、企業はどのようにしてイノベーションを推進すればよいのだろうか?
「アップデートしても、必ず直接的な収益を生むわけではありません。これはあくまでもプロセスの改善であり、それを売り込みむのは非常に難しいのです」ミネソタ州を拠点とするPHS WestのCADデザイナー、アンドリュー・ヒューミストン氏はこう話す。同社は、カスタマイズ可能な電動内視鏡カートを製造しており、近年ではデータセンター業界向けに製品提供を拡大。設置用パレットからサーバーを引き出し所定の位置に差し込む産業用タガー (牽引機) の設計、製造も手掛けている。
製造とエンジニアリングの分野では、標準モデルとイノベーティブな製品とのA/Bテストには、デジタル技術の分野よりもはるかに多くの時間とコストがかかる。さらにハードウェア製造が必要であることにより、サプライチェーンの管理や品質管理への負荷は他の業界に比べて拡大する。
エンジニアリングの世界には、デジタルアプリケーションには出てこない下流の不確定要素が数多く存在している。たとえば中国で製造された製品をインドで販売する米国企業は、経済格差と文化的不確定要素を克服する必要がある。ある国で発案、設計されたものが別の国で製造され、最終的にはさらに別の国の市場に投入されるためだ。
エンジニアと製造メーカーにとって最も必要なのは、イノベーションをビジネスワークフローに組み込むためのプランだ。ヒューミストン氏はこのプロセスを、「小銭を貯金するようなもの」だと考えている。つまり、短期的な生産性を犠牲にして、長期的な技術革新という将来の投資のために積み立てていく、ということだ。
『Rogue Waves』は、イノベーションの準備に役立つ、判断材料となる企業が問うべき一連の質問を提供している。
適切な規模でものごとを検討しているか? どの程度の粒度が、最も生産能力を高める可能性が高いだろうか? どれほど優秀であっても、アイザック・ニュートンは、元素の原子構造を知らないまま、水銀を金に変えようとする実りのない年月を過ごした。
何が可能で、避けられないことは何だろうか? 最良の結果も最悪の結果もそれぞれが心を揺さぶるが、それがもたらされる可能性も低い。
ある要因は、グループ全体に当てはまるものなのか、それともグループの一部だけに当てはまるのか? 一般化したくなる欲求に抗い、検証可能なデータを得ることに集中しよう。
二つの異なる要因には因果関係があるのか、それとも単なる相関関係か? 人生という厄介な現実にできるだけ多くの意味を持たせたいという人間ならではの欲求が、根拠のないものにまで因果関係を見出そうとすることはよくある。
現行のツールを使って、自社の専門的ビジネスをどの程度先まで拡張できるのか? 意思決定者は、将来的により優れた未来予測ツールが登場することはほぼ不可避であるということと、今どれくらい先んじて予想できているかについての自らの判断との間でバランスを取る必要がある。
明確に言語化された目標により、問い導き出すべきだ。単に「前より良い」というだけでは十分ではない。問いが投げかけられたら、革新的なエンジニアリングにとっての次の優先事項は、できるだけ早くその問題に対処し、障害となる点を解消することだ。ブリル氏はこれを「現実検討(reality testing)」と呼ぶ。
エンジニアリングと製造の分野では、新しいツールによってこのプロセスをかつてないほど迅速かつ安価なものにしている。たとえばオートデスクのFusionプラットフォームの一部である生成AIは、企業が前もってより多くのリスクをとっても、迅速かつ経済的にプロトタイプを作成することが可能になる。AIは指定された制約条件に基づいて多数のバリエーションを生成し、人間の直感を超える最適解を導き出す。
「この技術により、プロセスの初期段階から多くの変数を検討し、より早い段階でリスクを回避できます」ブリル氏はこう話す。さらに3Dプリンターやその他の次世代製造技術を組み合わせることで、こうした迅速で安価なプロトタイプはシミュレーションを超えて実環境でテストできるようになる。
この類のプロセスにより、企業はより大量のリスクを管理・コントロールし、不確定要素をひとつずつ修正しながら最終テストまで到達することができる。これにより、機能要件に縛られがちな保守的分野であるエンジニアリングは「できない」がこだまする閉鎖的な場所ではなく、「そうしよう、そしてこうもできるかもしれない」という可能性が飛び交う分野になる、とブリル氏は話す。「限界ではなく可能性を探るようになれば、エンジニアリングはこれまでよりずっとエキサイティングになるでしょう」。
PHS West のヒューミストン氏は最近、Autodesk Inventorを使用して同社の生産プロセス全体を刷新した。以前はカスタム設計された内視鏡カートの製造において、営業チームのメンバーが顧客から機能要件を聞き取り、それを製品設計者がひとつひとつ段階的にデジタルモデルに反映させていくという、かなり手作業的なプロセスが必要だった。現在では、営業チームがカスタマイズ済みのユーザーフォームに必要な仕様を入力するだけで、Inventorが自動生成した見積可能な設計図を自動生成できる。「Inventorがカートを作成してくれるのです」と、ヒューミストン氏。「これまでは、このプロセスに1時間半かかっていました。今ではほんの数分です」。
しかし、イノベーションで重要なのは技術だけではない。「新しいことをするには二つの要素が必要です」と、ヒューミストン氏。「知識と、コミュニケーション能力です」。
チームワークとコミュニケーションはかけがえのないヒューマンスキルであり、その組織の企業文化にしっかり組み込まれるべきだ。しかし、これらのスキルがすでに存在しているのであれば、テクノロジーがそれを強化することができる。たとえばAutodesk Construction Cloudの製品はその大部分がコミュニケーションツールとして機能しており、異なる目標、期限、責任、能力を持つチームメンバーが共通のデジタルツインに集結し、プロジェクトを共有できる。
アレクサンドリアのヘロンが良い例だ。彼は紀元1世紀に蒸気機関を発明したが、思ったほどの評価を得るには至っていない。「アイオロスの球」と呼ばれるヘロンの蒸気機関は、中が空洞の金属球に水を満たし、火鉢の上に置くことで作動する。水が沸騰すると、球体の側面にある2本の管から蒸気が吹き出し、その力で球体が回転する。しかし古代ギリシャにおいて、アイオロスの球はおもちゃか、取るに足らない珍品としかみなされなかった。
蒸気機関が再登場し、大規模に活用・製造されるようになるまで––そして、世界を変える存在になるまで––には、さらに1,600年の歳月を要した。違っていたのは、17世紀初頭から19世紀にかけて、世界が蒸気機関をスケールアップする準備が整っていたという点だ。その頃には民間投資という企業のビジネスモデルが完成し、柔軟かつ迅速な資源の再配分が可能になっていた。ビジネス上の利害は国際的な地理範囲に及んでおり、原材料の調達、精製、完成部品や完成品としての納入が可能になった。さらにマスメディアの発展により広告が広まり、技術革新を賞賛するような市民的な価値観をジャーナリズムが作っていた。
このような結果の多くは啓蒙主義時代の必然的な産物だ。人々の世界観は大きく転換し、価値を見出す対象そのものが根本的に変化した。今日のエンジニアリング分野のイノベーターもこの教訓を心に留めておくべきだ。新しいものが必ずしも優れているわけではなく、ツールとプロセスは対等な立場にあるということだ。
「問題はテクノロジーではありません」と、ブリル氏。「それをいかに価値やビジネスモデルに直結させるか、それが重要なのです」。
ザック・モーティスはシカゴ在住の建築ジャーナリスト。
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