オープンイノベーションで目指す宇宙エレベーターのハイブリッドな開発

かつてはSF作品の中に描かれる概念に過ぎなかった「宇宙エレベーター」の研究が、企業や大学で加速。日大理工学部の学生チームが制作したクライマーは、ミュンヘン工科大学で開催された欧州宇宙エレベーター競技会で総合優勝を果たしています。

宇宙 エレベーター

Yasuo Matsunaka

2022年12月1日

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月面を目指した1960年代のアポロ計画以降、高度100km以上の宇宙に到達した飛行士は、この半世紀余りで数百名に過ぎなかった。だがヴァージン・ギャラクティックやブルーオリジン、スペース・アドベンチャーズらが宇宙旅行サービスを展開し始め、この数年でパイロット以外の人員も宇宙空間へ到達できるようになっている。

宇宙への入り口からの景色を味わうには高額なチケットが必要だが、無重力を経験できるのは数分に過ぎない。その体験を誰もが簡単に長時間、訓練無しに手に入れられるような時代は来るのだろうか? その有力な候補となる「宇宙エレベーター」は、有害物質である燃料を大量に搭載・消費して環境を汚染する従来のロケットとは異なり、環境への影響も最小限に抑えられる上、コストも大幅に節約可能。さらなる宇宙進出への足がかりともなる。

宇宙エレベーター (軌道エレベーターとも呼ばれる) は、静止軌道上の人工衛星から地上に達するテザー (ケーブル) と、遠心力でバランスを取るための外側のテザー、軌道上を移動する運搬機で構成され、テザーの総距離は計10万kmにも及ぶ。かつては建設に必要な強度を持つ素材が存在せず、SF作品などで描かれる概念に過ぎなかったのだが、1991年に飯島澄男博士がその実現に十分な軽さと理論強度を持つカーボンナノチューブの構造を正確に解明したことで、状況は大きく変わることになった。

それ以降、オープンイノベーションによる早期実現を目指して様々な研究プロジェクトが発足。2012年には大林組の技術陣が広報誌「季刊大林」53号の誌上で、2050年に地球と宇宙をつなぐ「宇宙エレベーター建設構想」を発表し、その実現を見据えたさまざまなサポートを提供している。

高い完成度を誇るRaptorの開発

Team Raptorで制御回路とプログラミングを担当した小池魁舟氏 (左) と、機構・メカ担当の荒川直輝氏
Team Raptorで制御回路とプログラミングを担当した小池魁舟氏 (左) と、機構・メカ担当の荒川直輝氏 [画像提供:Team Raptor]

建築設備や機械構造の強度計算や耐久性・安全性に取り組んできた日本大学理工学部 精密機械工学科の青木義男教授も、この宇宙エレベーターの研究を積極的に推進してきた。独ミュンヘン工科大学で開催されたEuSPEC 2018 (欧州宇宙エレベーター競技会) では、その青木研究室に所属する同大学4年の小池魁舟氏、荒川直輝氏のTeam RaptorがAdvancedクラスで総合優勝を果たし、Safety、Construction Quality、Innovationの各部門賞を独占している。

日本大学理工学部 精密機械工学科の青木義男教授
日本大学理工学部 精密機械工学科の青木義男教授 [画像提供:Yoshio Aoki]

この競技は各チームが開発したクライマー (昇降機) の性能を競うもので、上空100mのバルーンを係留しているロープを、ペイロード (重量物) を搭載して昇降させ、そのスピードと精度で評価を決める。Team Raptorのプロジェクト リーダーを務めた小池氏は、「コンセプトを出した段階で速度とペイロードの効率を重視することは明確に決まっていたので、そのために必要なローラーの直径やモーターの決定を行いました」と語る。

「主要部品の寸法が決まったら、CADでそれらのパーツをモデリングして、アセンブリを組んで行きました。駆動ローラーの周りにフレームを作り、伝達の手段などを考えながらモーターを配置して、平歯車やベベルギアをモデリングして挿入しています。大きなところから組んでいって、だんだん細かなパーツをアセンブリしながら形状を決めていく、という手法を採りました」。

Rendered image of Raptor with a transparency to see its honeycomb internal structure
[画像提供:Team Raptor]

重量1.1kgのペイロードを最大数の8個搭載した状態で高速に移動するには、クライマー本体の自重をできるだけ軽くすることが鍵になる、と小池氏。「メインのフレームを可能な限りハニカムで抜く (肉抜きする) ことで、十分な剛性と見栄えの良さを保ちながら60%ほどの軽量化に成功しました。加工に使える機械が3軸のCNCフライスだったので、パーツを削る場所も3軸で加工できるような形状にしています」。

「EuSPECには2011年から参加を始めて、今回で4回目になります」と、青木教授は述べる。「この競技会には、ペイロードの搭載数、スピード、決められた高さまで正確に上昇して安全に降下すること、できるだけエネルギーを使わないことなど、4つほどポイントがあります。これまでの機体は開発の途中段階という完成度で、その全てを満足させるような設計がなかなかできませんでした」。

Raptorの実機の両端は航空機先端のレドームを参考に、3Dプリントで空気抵抗の少ない形状が作られた
Raptorの実機の両端は航空機先端のレドームを参考に、3Dプリントで空気抵抗の少ない形状が作られた

「今回のRaptorは設計をかなり早いペースで進めて、同時にシミュレーションもやりましたが、実験をかなり積み重ねたのが非常に大きかったと思っています」と、青木教授はその制動技術を速度以上に称賛する。「最高速は時速110kmが出ていましたが、最大荷重のペイロードを搭載してもスピードがそれほど落ちず、とりわけ100mでぴったり停めるという難しい条件を制御技術で成し遂げたことが素晴らしいと思います」。

「制御の中では、位置決めの精度を出すのが一番難しいところでした」と、小池氏は語る。「ローラーの回転角から距離を推定するだけでなく、自動運転車などに搭載されるレーザーセンサーを使ってバルーンの検出もしています。ピトー管を積んで対気速度も測っているので、対気速度とローラーの実際の回転数を見ながら、スリップしないぎりぎりのブレーキ制動力を加減して、ちょうどいいところで停めています」。

「動作試験をしたところ、最初の設計では減速比が足りずに8個のペイロードを上げられないことが分かり、大会直前に変更してフレームを削り直し、ギヤを作り直す作業を行いました。Fusion 360はデザインとCAMがシームレスに統合されているので、モデル側で形状変更した場合もすぐに新しい部品を削ることができ、かなり時間を削減できました。クラウドベースのため、モデルを作った後でファイル転送のやり取りをせずに、メンバーへ加工をまかせることなどができたのも便利でした」。

宇宙エレベーターへのハイブリッドなアプローチ

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大林組プロジェクトチームが2050年の完成を想定して構想をまとめたのが「宇宙エレベーター建設構想」のイメージCG [画像提供: 大林組]

日本学術会議は宇宙エレベーターの開発に対し、その実現までの時間や手間を考慮して、地上側・宇宙側で別々に進める「ハイブリッド宇宙エレベーター」のアプローチを提案。日本大学理工学部 精密機械工学科もそれに沿って、地上側でクライマーの開発を進める一方で、宇宙空間での軌道エレベーター構築の研究にも協力を行なっている。

静岡大学、大林組と共同開発するSTARS-Me (Space Tethered Autonomous Robotics Satellite-Mini elevator) プロジェクトは、軌道上に投入された小型衛星CubeSat 2基をつないだテザー上で小型クライマーを移動させるもので、青木研究室はテザー展開機構とクライマーの設計開発を担当。宇宙空間でクライマーを移動させる世界初の実験が成功すれば、宇宙エレベーター開発の新たな一歩を刻むことになるという。

もちろん、宇宙エレベーターの実現にはさまざまな課題も山積している。技術面では、テザーとして十分な強度を持つ材料の開発が最大の問題だが、青木教授は技術以外にもクリアすべき問題は多いと指摘する。

「法律の問題や、テロなどの脅威に対してどう対処するかという安全対策の問題も、まだ十分にクリアできるような方策がありません。そうした難しい部分をどう解決していくかという点も、これから求められてきます。そうした問題が早い段階でクリアでき、我々を支援してくれる企業が増えれば、2030年代には貨物搬送用宇宙エレベーターの稼働が十分可能ではないかと思っています」。

Yasuo Matsunaka

Yasuo Matsunaka について

オートデスクのInternational Content Manager for APAC & Japan。「Design & Make with Autodesk」コンテンツハブの日本語版、韓国語版、中国語 簡体字版を担当。

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