機械学習とロボット工学は未来の工場を変えられるか?
- 工場はロボット工学に機械学習を活用して、生産性向上や品質保証の自動化、メンテナンススケジュールの予測などを行っている。
- ある種の機械学習の技術はロボットへの応用につながっている。
- ロボット工学に機械学習を採り入れることで、製造業のオペレーションがより安全かつアジャイルで顧客志向、効率的なものとなり、収益性も高まる。
- メーカーはロボット工学における機械学習の採用を段階的に開始することができ、比較的早い段階でのROIを期待できる。
- ロボット工学における機械学習の進展により、工場の組立ラインの再構成が迅速に可能となる。
AIの一部である機械学習は、ソフトウェアプログラムが経験をもとにして自動的な向上が可能なアルゴリズムプロセスを指す。Fortune Business Insightsの最近の調査とレポートでは、機械学習の世界市場は2022年の212億ドルから2029年には2,099億ドルへ、38.8%の年間成長率を達成すると予測されている。
純粋なデジタル機械学習プロセスは、製品設計や業務効率の向上など、製造業にさまざまな形で恩恵をもたらすが、本稿では、主にロボット工学における機械学習を扱う。また、RPA (ロボティックプロセスオートメーション) 技術がソフトウェアベースであり、企業へさまざまなコスト削減や効率化のメリットをもたらすのに対して、ここでのロボットは物理的な産業用ロボットを指す。
機械学習は工場でどう活用されているのか
機械学習はコネクテッドファクトリーを実現するための重要な要素であり、そこにはスマートマニュファクチャリングのパラダイムの一部としてワークフローを強化・合理化するロボットを含めたインダストリアルIoT (IIoT) デバイスの連鎖を含まれる。IIoTセンサーは、機械学習データの分析によって貴重な知見を得られる、ビッグデータストリームを生成する。また超音波やレーダー、LiDAR、力センサー、カメラのコンピュータービジョン、GPU、機械学習AIなどのIIoTセンサーで周辺環境を感知・判断するロボットの能力も向上している。
機械学習は、組立作業への活用だけでなく、さまざまな形で製造業に変革をもたらし始めており、この動きは今後も続くだろう。機械学習は、組立作業に大きなメリットをもたらす。半導体など特定の製品を機械学習装置で製造することで、ダウンタイムや流出、保守・点検コストを削減できる。
組立作業後は、機械学習により品質改善を実現できる。高解像度カメラと高性能グラフィッカルGPUが普及し、法外に高価なものでなくなった現在、機械学習コンピューター ビジョンシステムによる欠陥検査は、人間より優れた結果をもたらすことが多い。
機械学習は、ヒューマンエラーのない非破壊検査も実行可能だ。例えば超音波などのセンサーデータを機械学習による分類や物体検出アルゴリズムと併用することで、より高い精度と効率で材料のクラックなどの欠陥を発見できる。
プライスウォーターハウスクーパース (PwC) は、エグゼクティブリサーチペーパー「Digital Factories 2020—Shaping of Manufacturing Future」で、製造業における予知保全が、工場における機械学習の今後数年で最大の成長分野だと報告しており、2020年には28%だった利用企業が、2025年には66%になると予測している。工場ロボットやその他の機械の予知保全は、設備に取り付けられたIIoTセンサーから生成される、機器の状態に関する情報を記録したビッグデータからもたらされる。PwCによれば、機械学習アルゴリズムがそのデータを分析し、機械のメンテナンスがいつ必要となるかを予測することで、予定外のメンテナンスによるコストのかかるダウンタイムを回避し、その代わりに顧客需要の少ない時間帯にメンテナンスを計画できる。
ロボット、その他の機械や製品、工場全体のデジタル ツインは現実・想像上の物体をバーチャルに表現したもので、シミュレーションやAI、機械学習を用いて性能の予測・最適化を行い、それを物理的領域で実施するよりも低い費用で高い品質や効率を実現できる。
工場における、それ以外の機械学習の活用はロボットとはさほど関係がないが、それでも製造全体の効率化につながっている。IIoTセンサーからのビッグデータが機械学習による予知保全を可能にするのと同様に、デジタルファクトリーからの集中データ分析を機械学習アルゴリズムに入力することで、物流ルートの最適化からバーコードスキャンに代わるコンピュータビジョンでの在庫管理、空き収納スペースの最適化まで、サプライチェーンの管理を向上できる。機械学習は、需要パターンを予測し、過剰生産を避けるのにも役立つ。
ジェネレーティブ デザインは機械学習を利用し、現時点で工場フロアに存在するロボットや機械を最大限に活用できるよう、希望コストや材料、重量、強度、製造技術などの要素が最適化された何千ものデザイン選択肢を繰り返し検討する。
ロボットはどのように機械学習を行うのか
機械学習アルゴリズムは、それがインターネット検索エンジンのように純粋にデジタルなものでも、ロボットシステムのような物理的機械に適用されるものであっても、パターンを特定してそこから学習するには膨大なデータセットが供給される必要がある。しっかりとした総合的学習が実行されるには、AIが遭遇する可能性の高いシナリオはもちろん、そうでないシナリオも網羅した充分な量のデータが供給される必要がある。充分なデータがなければ、機械学習の「モデル」がその潜在能力を十分に発揮できないこともある。また当然のことだが、モデルが正しく学習するには、データも正確でなければならない。機械学習は、手術を補助する医療用ロボットなど重要なAIを育成するため、データの正確性は最重要事項だ。
製品や構造物の組立や建設、人間との交流や回避など、ますます増加するタスクや行動の学習に向け、ロボットシステムなど機械学習モデルの訓練に利用できる、サードパーティのデータ学習プラットフォームも登場している。データトレーニング企業は、ユーザーのアドバイスのもと、特定の工場でロボットシステムがどう機能する必要があるかに合わせてトレーニングデータをカスタマイズできる。
機械学習には多くのサブセットがあり、例えばディープラーニングは必要な計算能力が豊富にあり比較的安価になったため、現在広く普及している。ディープラーニングが利用するニューラルネットワークとはノードから成るネットワークで、ノードの重みをデータから学習する。これらのネットワークは、人間や動物の脳が動的入力に適応して学習する方法を模倣するよう設計されている。ここでは、ロボット工学に影響を与えている機械学習の他のサブセットと、その応用例を紹介しよう。
コンピュータービジョン
コンピュータービジョンはディープニューラルネットワークを使用し、機械によるデジタル画像やビデオ、レーダー、LiDAR、超音波などセンサー技術から得られたデータの視覚刺激の解釈を可能にする。これは人間の視覚が物体を区別し、物体の距離や動きを理解して、画像におかしな点がないかを観察する仕組みに似ている。視覚入力をもとに、機械は行動を推奨したり、自ら行動を起こしたりできる。
十分な処理能力を持つコンピュータービジョンシステムは、製品の検査や組立ラインの監視などで人間の能力を超えることもある。人間には不可能な大量の対象物を素早く分析し、微細な欠陥に気付くことができるからだ。コンピュータービジョンシステムのディープラーニングプロセスは、アイテムを比較し、例えば完璧な部品と欠陥のある部品の違いを最終的に学習できるよう、大量のデータを取り込む必要がある。そのデータは、単一画像の解釈は畳み込みニューラルネットワーク (CNN) で、動画配信などの一連の画像の解釈には回帰型ニューラルネットワーク (RNN) で処理される。
防犯カメラや交通カメラ、スマートフォンなどの視覚技術からのビッグデータの流入によってコンピュータービジョンは隆盛を極めており、その技術は自動検査システムの隆盛のカギとなっている。自律走行車が他の車や歩行者、自転車、道路標識、マークなどを認識・回避するのに不可欠なコンピュータービジョンは、製造業界内でも利用が拡大している。IBMは、2022年にはコンピュータービジョン市場が486億米ドル規模に達すると予測している。
また IBMはIIoTデバイス内部のエッジコンピューティング能力を活用し、自動車製造におけるコンピュータービジョンを活用した品質不良の検出にも取り組んでいる。これを可能にしているのがコンピュータービジョンの物体検出能力だ。この能力は製品の欠陥や修理が必要な機械を特定できるため、ほぼすべての製造分野に貢献できる。コンピュータービジョンのオブジェクトトラッキング (一度検出した物体を追跡する機能) は、コボット (人間とロボットが同じ空間内でダイレクトにやりとりすることを目的とした「協働ロボット」) や自律走行車、ドローンに不可欠な機能だ。
模倣学習
教師あり機械学習の一種である模倣学習とは、物理的な、もしくはシミュレーション環境で、「トレーナー」 (通常は人間) が機械学習を行うAIに行動を示すことを指す。AIは、トレーナーの例を基に行動戦略を立てる。学習するAI、つまり「エージェント」は、環境中の「独立変数」と、トレーナーの行動による「目標変数」を入力とする。例えばAIがトレーナーから握り方を学ぼうとする場合、目標変数となるのは、トレーナーの握る技術が、ある種類の物体の握り方から別の種類の物体の握り方へと変化する様子となる。トレーナーから得た学びをもとに、AIは今後用いる「指針」、つまり行動戦略を作成する。
模倣学習は、自動運転車や、人間の囲碁世界チャンピオンに勝つ機械を実現するAI技術で重要な役割を果たしている。工場などの静的で予測可能な環境の外や、建設、農業、軍事などの分野で活躍するロボットにとって、模倣学習は特に重要だ。これは人型ロボットや他の多足走行ロボット、オフロードモビリティの開発にも重要な手法だ。
マルチエージェント強化学習
強化学習の一種であるマルチエージェント学習 (MARL) は、複数のAI (エージェント) を共通の物理環境またはシミュレーション環境内に配置する。模倣学習ではトレーナーの真似をしようとする単一のエージェントが学習するのに対し、マルチエージェント学習では複数のエージェントが協力または競争して他のエージェントの行動から学習することにより、累積的な学習効果を引き起こす。各エージェントは、各自の観察と経験に基づく独自の情報にアクセスし、その情報を共有することで集団的な進歩を図ることができる。このような機械学習はゲームで普及しており、また複数の自律走行車両や捜索/救助ロボットによるチームなどのさまざまな場面で実用化されている。
OpenAIのマルチエージェント学習に関する人気ビデオでは、2つのAIチームが互いにかくれんぼで対戦している。最初はごく原始的なゲームだったが、対戦を繰り返すうちに障害物を作って、その障害物を乗り越え、構造物を作り、その構造物の中に入る道を探すなど、高度な戦略へと進化した。
自己教師あり学習
画像の内容を識別するコンピュータービジョンのプロジェクトなど機械学習の初期の取り組みには、データにメタタグのラベル付けが必要なものが多かった。たとえば、それぞれの画像に「犬」「ホットドッグ」などとラベル付けする必要があった。こうしたラベル付け作業にはかなりの時間とコストがかかる。これに対し、自己教師あり学習 (SSL) アルゴリズムはラベル付きデータに依存しない。SSL AIは、入力のある部分を別の部分から予測するように学習する。そのため、これは予測学習と呼ばれることもある。SSLが役立っているのは、機械の自然言語処理 (NLP) や、Googleの医療画像分類などの作業だ。
SSLアルゴリズムのほとんどは、話し言葉、テキスト、画像など、入力の単一「領域」に限定されている。しかし、スタンフォード大学の人間中心人工知能研究所 (HAI) の研究者は、DABS (domain-agnostic benchmark for self-supervised learning: 領域にとらわれない自己教師あり学習のベンチマーク) を導入している。多言語テキストや話声、センサーデータ、画像など7種類の入力からSSLを適用でき、今後もさらに入力が追加されていく予定だ。SSLは、既に自律走行車の安全性向上や病気の診断などにメリットをもたらしている。DABSは、企業がSSLを使用する際の参入障壁を下げ、その有望な可能性を産業診断といった分野で模索できる。
機械学習とロボットを活用するメリット
ロボット工学における機械学習の高度化が進むことで、ロボットシステムが人間には危険な、あるいは過度に繰り返しの多い複雑な仕事を引き受けられるようになり、また協働ロボットが周囲の状況をよりよく認識できるようになることで、人間とのインタラクティブ性が向上する。これにより、スマートファクトリーが人々により安全なものとなると同時に、人々をより創造的な「ソフトスキル」の仕事に従事させたり、プログラミングや機械修理などの仕事のためにスキルアップしたりする自由を与えてくれるものとなる。
機械学習を備えたロボットは、ヒューマンエラーを減らし、予定外のダウンタイムを回避し、人間の能力を超える精度と一貫性で製品の品質を検査でき、製造業務の生産性と効率も向上させ、収益を高めることができる。
マッキンゼーと世界経済フォーラムが2022年に発表した共同研究では、1万を超える世界の施設のうち、インダストリー4.0技術へ完全移行している103の工場を「ライトハウス」(他社の指針となる) メーカーとしている。研究では、これらのライトハウスメーカーはよりアジャイルで顧客志向が高く、生産性、廃棄物・温室効果ガス排出削減などのサステナビリティの分野で、そのKPIを大きく向上させていることが分かった。この研究では、59社の先進的ライトハウスメーカーも指定されている。進歩的なライトハウスメーカーは、人間と協働して分析データを収集する知能ロボットを用いた柔軟な自動化や、機械学習によるコンピュータービジョン検査での欠陥の特定など、他の企業により機械学習技術を大幅に取り入れているのが特徴だ。
産業用ロボットに機械学習を取り入れるには
ソフトウェアの向上やその他の技術開発により、製造会社による知能ロボットの導入はこれまで以上に現実的なものとなっている。Association for Advancing Automation (A3) は、中小規模の製造会社でも、平均6-15カ月でROIを実現する知能ロボットシステムを導入可能だとしている。またシステムによっては、専任のロボティシャンやエンジニアを雇用するのでなく、既存の工場作業者がロボット操作を習得できることも多い。
企業は、全体的な見直しを試みるよりも、知能ロボットが役立つ1、2の分野を評価することから徐々に始めると良いだろう。「3D」と呼ばれる、汚く、退屈で、危険な仕事に、先進のロボットが引き継げる領域はないだろうか? また、機械加工部品を検査できるマシンビジョンを備えたロボットアームで、手作業の品質検査を置き換えたり強化したりするのも手始めに良いだろう。マシンビジョンシステムは、在庫を管理し、機械学習でプロセス向上のための分析を行うため、大量のデータを収集できる。
着手の別の可能性に、自律型移動ロボット (AMR) がある。このロボットは、障害物や人を避けつつ、工場内をインテリジェントに移動して運搬を行う。より高度なAMRはロボットアームを搭載し、連携機能を追加可能だ。社員にとっても、こうしたロボットは社員に取って代わるのでなく支援するものだという安心感があり、また新たなスキル習得のきっかけとなって彼らのキャリアアップ支援にもなる。
機械学習ロボットをビジネスに取り入れる際に連携可能なロボットおよびAIのサプライヤーは多数ある。ロボット導入支援を提供しない販売会社から購入するか、導入と展開に協力してくれるインテグレーターから購入するか、あるいは技術をリースし、価格の一部として保守と監視を提供する「サービスとしてのロボット」企業から購入するのかを、よく検討する必要があるだろう。
機械学習とロボットは未来の工場をどう変えるのか
ロボットの機械学習が小規模・低予算の工場でも利用できるようになりつつあるという動向は、IIOTから収集したデータを利用した機械学習の向上と豊富な演算能力とともに、今後も継続するに違いない。Autodesk AI LabのBrickbotなどのプロジェクトは、こうした目標を目指すもので、機械学習ロボットをより身近なものにし、大量生産から無限の構成可能性へとロボット製造のパラダイム全体を変える可能性がある。
現在の自動化された組立ラインの目的は、ひとつのものを大量に生産することだけにある。産業用ロボットは特定の反復作業を行うようプログラムされており、その再プログラムには数カ月から数年が必要なこともある。オートデスクのAI LabでAI部門を統括するマイク・ヘイリーは「これは非常に回りくどく、信じがたいほど複雑で、極めてエラーを生じやすい作業になっています」と話す。
しかし、顧客はますます製品にカスタマイズやパーソナライズを求めるようになっており、再構成可能な組立ラインの必要性は高まっている。Autodesk AI LabはBrickbotで、子供がレゴの組み立てを学ぶようにロボットにやり方を教えることを目標に掲げている。Brickbotはセンサーデータを取り込み、機械学習を使用して環境条件を推測し、それに応じてアダプティブに行動する。だが、これはほんの始まりに過ぎない。改良を重ね、何でも組み立てることができるようになれば、産業におけるロボットの働きも見直されるかもしれない。
オートデスクAI Labソフトウェアアーキテクトのヨット・コガは「従来、ロボットを使用した自動車組立ラインは非常に確定的でした」と話す。「すべてがあるべき位置に配置されている必要があります。デザインや、そのデザインに組み込まれるパーツを変更する場合、新しいパーツが適合し「決定的」なものとなるよう、すべてを再設計しなければなりません。ロボットがより簡単に使えるようになり、こうした組立ラインをまとめることができ、大規模なリソースを持つ大企業だけでなく、より多くの人々に利用可能となるような方法を検討しています」。
ヘイリーによると、Brickbotのような機械学習ロボットシステムは、学習した知識を物理的な対象物に転換する前に、3Dモデルを用いて現実世界の何百万倍もの速さでデジタル学習することが可能だという。最終的には、AI Labは自動車や飛行機部品、電化製品の組立など、必要とされるあらゆる産業環境に適用できる。
「未来の工場では、その目的はひとつではなくなります」と、ヘイリー。「状況ごとのニーズに適合するようになるのです。製品の設計は、一夜にして変わるかもしれません。工場は、翌朝までにデザイン変更への対処方法を学んで、準備を整えます」。
本記事は2018年10月に掲載された原稿をアップデートしたものです。