建設業界における労働力のダイバーシティが生産性と利益を向上
建設業界はダイバーシティ (多様性) の推進が十分でないと非難されることがある。他の業界と比べると、確かに遅れを取っているかもしれない。だがダイバーシティとインクルージョン (受容性) を促進し、それをビジネスに生かそうとする試みが始められている。
ダイバーシティが社員の取り組みや仕事に対する満足度、業績を促進することは、ビジネスケース (最終投資決定に必要な情報や分析) などでも示されている。マッキンゼーによる 2018 年のレポート「Delivering through Diversity」(英文資料) では、経営陣のダイバーシティを実現している企業は、そうでない競合他社より最大 33% も優れた業績を示すと報告されている。
ダイバーシティとインクルージョン (D&I) により、革新的なアイデアやクリエイティブな問題解決など、無形資産ももたらされる。企業が従来同様の方法で仕事を進める傾向が、多様な視点によって抑止され、集団思考によるリスクが低下するのだ。
米国シカゴに本社を置くPepper Construction Company でテクニカル サービスを指揮するジェニファー・スールト副社長は「この業界て多様性が高まるにつれ、新たなアイデアの提案による生産性の向上を目にするようになるでしょう」と話す。同社では、社員の 30% を女性が占めている。
生産性の向上は、企業が人材採用とその維持確保を強化し、職場の D&I を向上させることに始まる。それにより、全ての社員がそのポテンシャルをフルに発揮して働けるよう支援が行われる、効率と効果の向上した職場が実現する。
リスクに曝されている生産性
建設市場は 10 兆ドル規模とされ、グローバル経済でも最大規模の業界分野のひとつであるにもかかわらず、その生産性の伸びは後れを取っている。昨年の成長率は 1% にまで低下。それが業績不振やプロジェクトの管理と運営における品質低下、コストと工期の超過という結果につながっている。
建設業界の米国経済への貢献は 7 年間にわたって頂点に達したにもかかわらず、企業が熟練労働者不足に悩む米国では、今後この問題は悪化するばかりだ。
少数派グループからの人材採用は、ビジネス上は必要不可欠だ。グローバル コンサルティング企業ウイリス・タワーズワトソンは、労働人口のダイバーシティの低さが、建設業界の企業各社にとって 2027 年までのトップ 20 のリスクになると予測している。North America Construction-Client Engagement 社長のビル・ヌーナン氏は「ダイバーシティは、ダイバーシティを生み出します」と話す。「そして残念ながら、その逆もまた然りです」。
D&I の欠如
ごく最近の調査によると、建設業界が多様な職場となるには長い時間がかかりそうだ。世界各地に点在する EDI (平等性、多様性、受容性) 分野の専門家たちは、少数派グループや保護対象のグループを特定している。英国では、雇用者が配慮すべき保護対象が平等法に明記されており、そこには年齢や障害、民族 (英語の頭文字を取って「BAME」と表現される黒人、アジア人、社会的少数者の個人とグループ)、ジェンダー、性別認識またはトランスジェンダー、性的指向、宗教や信仰、婚姻やパートナーシップ、母親および父親支援 (または家族に配慮した方針) が含まれている。
各分野で問題となるのが測定基準とベンチマークだ。2016 年、建築業界の被雇用者のうち BAME に分類される人々の割合はわずか 3.2% であり、建築業界の労働人口において障害者と認定された人々の割合は 5% を下回る。この統計は、こうした人材コミュニティが会社に反映されているかの指標となる。
米国では、建築業界の労働人口における女性の割合はわずか 9% にすぎない。2017 年現在、米国建設業界のマネジメント職における女性の割合はたった 7% だが、それでも英国の 2 倍近い数だ (編注: 2015 年の調査では、日本の建設業界全体での女性の割合は 13.0%だが、管理職では 2.5%)。女性がリーダーを務めるエンジニアリング事務所から、男性が圧倒的多数を占める建設業界へと移るまで、スールト氏は自身がマイノリティだと考えたことはなかったと話す。彼女は、この障壁を機会に変えた。「女性が建設業界で働き、さらにテクノロジーに関わることは、本当に希なことです」と、スールト氏。
LGBT コミュニティに対する壁も、至るところに存在している。英国では建築業界の労働人口において、専門職の LGBT の割合はわずか 2% だ。2016 年の調査では、51% が自身の性的指向によってキャリア デベロップメントが阻まれ、71% が職場で LGBT に関連する侮辱的発言を繰り返し耳にしたと回答している。LGBT 被雇用者が求職者にこの業界を勧める割合が、わずか 7% なのも当然だ (米国内の同等機関では LGBT 労働者のデータは収集されていない)。
この状況を変えるには、姿勢を変える必要がある。国際法律事務所 Pinsent Masons でパートナー兼先端製造/テクノロジー部門長を務めるデイヴィッド・アイザック氏は「仕事に真剣に取り組む人であれば、そうした人々にも活躍の場を提供できるはずです」と話す。「この業界へ最良の人材をもたらし、利益へと転換する機会なのです。LGBT、ジェンダー、黒人、アジア人、社会的少数者など、インクルージョンの対象を問わず、これは切迫した問題です」。
文化の転換を生み出す
建設業界の企業各社は D&I 促進を目的とするイニシアチブへ懸命に取り組んでおり、その多くは EDI アクション プランに組み込まれている。プログラムには、フォーカス グループ、コーチング、トレーニング、メンタリング、ネットワーキングとキャリア デベロップメントが含まれる。
Mott MacDonald Group EDI のマネージャー、リチャード・チャップマン=ハリス氏によると、認知バイアスのトレーニングが、インクルージョンを意識した言葉遣いと行動に関する対話を生み出すという。年長のリーダー格社員を障害者や BAME、LGBT の後輩社員と組ませる逆メンター制度は、リーダー格の社員にマイノリティとしての経験に関する洞察を提供し、少数派グループの被指導者のキャリア デベロップメントを支援する。
「弊社の EDI Action Plan は、熱心で協調的な行動が要求される受容的文化を後押しするイニシアチブへの、集中的な取り組みを支援します」と、チャップマン=ハリス氏。「受容性は、残念ながら待っているだけでは生まれません」。
EDI アクションは Mott MacDonald に文化的改革をもたらしている。英国社員の 81% が、EDI 方針が同僚たちから真摯に受け止められていると回答しており、また 72% が効果的に実施されているとしている。EDI 方針は、クライアントや協力会社、サプライヤーも採用している。「クライアントの見積書に、EDI の視点が組み込まれるようになってきました」と、チャップマン=ハリス氏。「それに呼応して、弊社独自のサプライチェーンへの期待値も上がってきています」。
個人向けの支援
個々の社員にとっては、変化はゆっくりと訪れる。かつて Stonewall (英国をリードする LGBT チャリティ) で議長を務めたアイザック氏は、「今や多数の LGBT が管理職に就いています」と話す。「指導的立場にいる、それ以外の人々が協力者の役目を果たすことも重要です。Stonewall は、上級職の支持者が変化の推進に有益であることを見出しました」。
社員のネットワークは、この業界のあらゆる側面で受容性を後押しし、マイノリティ (LGBT のスタッフと、それ以外の支持者) たちの安全な相互対話の場所を提供する。Pinsent Masons の建設/エンジニアリング部門アソシエートで、LGBT による建設/インフラ ネットワーク Off Site の共同議長を務めるジェイミー・オルセン・フェレイラ氏は、建設業界の主要企業各社が独自の内部ネットワークを発足させるための支援と促進力が、こうしたネットワークに提供されていると話す。
ダイバーシティの実質的な利益とは
競争上の優位性は、最終的には、そこで働く人々がコミュニティのように感じられる企業にもたらされる。アイザック氏は、世界最大の資本投資プログラムに責任を負う機関 Transport for London (TfL) で、ロンドン市長サディク・カーン氏による、多様性への献身的な取り組みを目の当たりにしてきた。「彼の取り組みは、次第に広く浸透してきました」と、アイザック氏。「現場のプロジェクトへと拡大する、極めて多様性に富んだ労働人口となっており、効率良く働くことのできる、伝導力を持った仕事環境を生み出すのに役立っています」。
D&I は、組織へ新たなアイデアや新鮮な視点、異なる選択肢を考慮する意欲を注入する。建設業界の企業各社は、問題解決と意志決定に優れた、より多様な職場環境となることで、経済的にも公平性 (受容と尊重) の上でも競合他社をしのぐ存在となることができる。