ワイヤレス イヤホンVIE FITが新たなコンセプトで実現する没入感
音楽番組やステージの映像で、ミュージシャンがカラフルなイヤホン (演奏用のものはインイヤ モニターと呼ばれる) を使っているのを目にする機会が増えている。カスタムメイドされたインイヤ モニター (カスタムIEM) は非常に高価だが耳孔へ隙間なくフィットし、外部からの音を遮断して高音質を実現できるのだが、この環境を音楽リスニングで、誰もが体験できないだろうか?
定額制音楽配信サービスの浸透もあり、音楽再生機器としてスマートフォンを利用する層が急激に増えている中、より快適なリスニング体験を求める層の増加、アップルのiPhone 7でのヘッドホン端子の廃止もあり、ワイヤレスのヘッドホンやイヤホンが人気を獲得している。とりわけ、ケーブルから解放される完全ワイヤレス イヤホンは注目のカテゴリーだ。
カスタムIEMのフィット性の高さは、ユーザーから採取した耳型をもとにしたカスタムメイドで実現している。それが20万円から数十万円という価格に反映されているのだが、普及価格帯のイヤホンは汎用の形状のため、長時間のリスニングを行うと耳の内側に当たっている部分に不快感や痛みを伴うことが多い。
レコード会社でオンライン音楽配信の事業開発を行い、ジャズ ドラマーでもあったという今村泰彦氏が設立したVIE. STYLE株式会社は、ユニークなオーディオ製品を特徴とするスタートアップ企業。その最初の製品であるVIE SHAIR (ヴィー・シェア) は、柔軟で丈夫な特殊樹脂を使用し、人体に合わせて3Dデザインを行った”エアーフレーム”を採用する、独自のワイヤレス エアー ヘッドホン。装着時のストレスが少なく、長時間つけても痛みが発生しないのが特徴だ。
第二弾製品となるワイヤレス イヤホンも、同様に快適な装着性をコンセプトとしているが、今村氏はテクノロジーや素材をもとに発想したのではなく、カスタムIEMに匹敵する「体験」を、皆の手の届く価格帯で実現することを目指したという。そして、耳孔にぴったりフィットさせる方法を、イヤホン側のソフトな素材が自在に変形するという方式に見定めると、そのための素材や形状の探求が始められた。
「最初はリーボックのスニーカーで使われている “The Pump” テクノロジーのような、エアバルーン方式でやろうとしました」と、今村氏。「空気を入れると、耳の中で膨らんでフィットするというものですが、この方式だと、どうしても耳孔から出てきてしまいます。その他にも、いろいろな方法や素材を検討しました」。
試行錯誤の後、今村氏がたどりついたのが、長時間使用しても安全で清潔さを保てる、ソフトなシリコン素材を使う方法だった。そして理想とする形状を実現するため、3Dモデリングのエキスパートであるデザイナーの仙頭邦章氏とのコラボレーションが始まり、シリコン粘土を使った試行錯誤が繰り返されるようになった。「今村さんは、家族や周囲の人たちの耳孔で試しながら、さまざまな耳の穴のサイズでも使えるよう、いくつもサンプルを作りました」と、仙頭氏。
完全ワイヤレスのイヤホンとするには、通常のイヤホンの仕様に加えて充電池や通信機能なども内蔵する必要がある。それらをできるだけ小型、軽量にした本体内に収めるのも、大変な作業になった。また、優れたサウンドクオリティを実現するには、内蔵スピーカーのサウンドを、なるべく近い距離から正しい角度で鼓膜へ伝える必要がある。そのため、スピーカーの角度も変えられるようにした。
「最初はシリコン粘土で作ったサンプルを計測して3Dモデルを作っていたのですが、曲線が複雑なのでサンプルそのものを3Dスキャンしてデータ化したりもしながら、3Dモデルのデータ作成や調整を行いました。そのデータを画面上で見たり3Dプリントして確認したりという作業を、繰り返し行いました」と、仙頭氏は語る。
こうしたやり取りを繰り返すうち、今村氏は自らも3Dモデルの調整を行なおうと、仙頭氏と同じFusion 360を使い始める。3D CADに触れることも初めてだったという今村氏だが、すぐに使い方を覚えると、自らのイメージを仙頭氏へ伝えたり、クラウド経由でレビューを行ったりと、さまざまな場面で活用。開発のスピードも、一気に加速することになった。
プロジェクトの進行も早い。2017年夏に開発が始められ、VIE FIT (ヴィー・フィット) と名付けられた製品は、10月24日には資金調達のためKickstarterでクラウドファンディングのプロジェクトをスタート。目標金額を大幅に超過し、最新のBluetooth 5の採用や高品質コーデック aptXへの対応、AI呼び出し機能などのストレッチゴールも達成するなど、大きな成功を収めた。
2018年3月2日まで継続中のMakuakeのキャンペーンでも、支援額 (当初目標額は100万円) が既に3,600万円以上(2018年1月末現在)に到達。サポーターからの要望に応えるため、仕様変更に関するアンケートを実施するなど、クラウドファンディングならではのコラボレーションも行われているところだ。
今村氏は、こうしたウェアラブル製品は、身につけていないことを意識しないようなものが理想的だと語る。「これまでの歴史を振り返ってみても、メガネや腕時計など、人が身に付け続けてもそれほど違和感なく過ごせるものが残っています」。ウェアラブルによって、”より人間らしい暮らし”を実現することを目指し、早くも次のプロジェクトとして、ヘルスデータを駆使する製品を考えているという。「あらゆるモノがインターネットにつながる時代になって、家を含めてIoT化されていくでしょうから、これからの進化は早いと思います」。