群知能の活用で注目を集めるSPAXELSのドローン ショー
100 機の小型ドローンが上昇すると、夜間フェスティバルに参加するためドナウ川の河岸に集まった 10 万人の観客の上空で、まるで電子ムクドリのように群を形成。その舞台となったのは、オーストリア・リンツで毎年催される世界最大の芸術、科学、テクノロジーの祭典、Ars Electronica (アルス・エレクトロニカ) フェスティバルだ。
各クアッドコプターには、カラー LED ライトが搭載されている。ドローンの群れは 10 分間にわたって複雑な空中ダンスを演じ、3D ワイヤフレームによる絶えず色の変わる抽象的な形や動画、文字を形成。その後、クアッドコプターは一斉に退場して、静かに離着場へと戻る。
このドローンによるパフォーマンスは、群知能として知られる自然界の現象を踏襲したものだ。群知能とは、ハチやホタル、アリなどの昆虫が集団 (群) として機能する様子を示したもので、人工知能 (AI) 研究で新たに注目を浴びている。Ars Electronica のプロジェクトでは、各ドローンは光の粒、ピクセルとなった。それが 3D 空間 (スペース) におけるピクセル、つまり SPAXELS だ。
プロデューサー陣は 2012 年、Ars Electronica の研究開発ユニットである Futurelab (フューチャーラボ) に対し、リンツで毎年開催されているヨーロッパ最大の野外イベント Klangwolke (クラングヴォルケ: ドイツ語で「サウンド クラウド」の意) へ、これまでにない奇抜なパフォーマンスを提供して欲しいと持ちかけた。Klangwolke では、従来は花火やレーザーショーが目玉となっていた。Futurelab のシニア ディレクターであるホルスト・ヘルトナー氏は、この誘いが SPAXELS の初めてのパフォーマンスにつながったと話す。
ドローンの群れは、Futurelab の当初の着想からは逸脱するものだったが、観客は圧倒された。Klangwolke の当初のコンセプトでは、本物のホタルを使用するつもりだった。「元のアイデアは、フェロモンを使ってホタルを誘導するというものでした」と、ヘルトナー氏。「フェロモンを使用して虫を制御する研究は、実はかなり進んでいます。ただ、ヨーロッパのホタルは 6 月にしか発光せず、イベント開催は 9 月だったので、このアイデアはうまいかないと分かりました」。
そこで、ヘルトナー氏とチームはハトに目を付けた。「ハトに LED を装着して、編隊飛行するよう調教しようと考えました」と、ヘルトナー氏。「でも、あの動物は手に負えませんね。全く学ばないのです。脚に何かを装着すると飛んで逃げようとするので、諦めざるを得ませんでした。そして、ドローンに至った訳です。ドローンなら命令通りに行動するだろうと考えました」。
ヘルトナー氏とチームは、まず既製のドローンで取り組みを始めたが、すぐにドローンをカスタマイズして、LED を取り付ける必要があると悟った。彼らはハードウェア デザインとプロトタイプ製作に Autodesk Fusion 360 と EAGLE を使用する一方で、空中で群れを安全に操縦するソフトウェアとして Ground-Control を開発した。
SPAXELS は、コンピューター上で実行される Ground-Control とコンスタントな通信を維持して、Autodesk 3ds Max アニメーション/レンダリング ソフトウェアでデザインされた振り付けを演じる。群れ全体を指揮するのに必要なのは、ごく少数の「フライトコントローラー」だけだ。ドローンを実際に操縦する者はおらず、そのタスクは Ground-Control で処理される。
通常のショーは 4 分から 10 分程度だ。「安全上の理由から、ドローンのバッテリーが少なくとも半分は残っている状態で着陸させたいのです」と、ヘルトナー氏。「特にドローンが風と戦いながら位置を維持しなくてはならない屋外のショーでは制約があり、バッテリーはあっという間に消費されてしまいます。実質的には最長でも 10 分ですね」。
委託による Futurelab 初の SPAXELS ショーは 2013 年、パラマウントスタジオ ロンドンによる「スター・トレック イントゥ・ダークネス」のプレミアの際に、タワーブリッジのすぐ近くで披露された。過去最大の SPAXELS ショーは 2015 年に行われており、大手半導体メーカーであるインテルのため 100 機のドローンが使用された。それ以降、インテルや中国企業は 1,000 台を超えるドローンを同時飛行させている。「私たちが公開したドローン ショー飛行のコンセプトを、今では多くの企業が採用しています」と、ヘルトナー氏。「SPAXELS のコンセプト全ては、誰でも自由に利用できます」。
ヘルトナー氏のチームは、プログラム済みの SPAXELS ショーのライブラリーを構築している、ライブラリーでは 1 つのショーから特定のアニメーション セグメントを借用して、オリジナルの振り付けにバレエのステップを組み合わせるように、別のショーにセグメントを組み込むことができる。だがこれまでのところ、ほとんどのクライアントはショーをゼロから構築することを選択している。
また、いまだに委託はあるものの、SPAXELS の活躍の場は、もはや飛行ドローン バレエの演技ではない。「独自のドローン ショーをデザインしたいと望む組織のためのソリューションの提供に取り組んでいます」と、ヘルトナー氏。それを実現するべく、SPAXELS は 3 月に新しい Swarm3D フライト プランナーをリリースした。
デザイナーは Swarm3D を使用することで、複数のドローンを使用する際にも、その衝突を回避する経路を作成できる。「サイネージやエンターテインメントなど、その用途を問わず、このソフトウェアでドローンの安全な飛行を管理できます」と、ヘルトナー氏。「好みのフォーメーションをデザインすれば、どのフォーメーションにおいても、全てのドローンの経路をツールが最適化します」。つまり Swarm3D を使用すれば経路や動作が計算によって確実に保証され、誰でもドローン ショーのデザインと操作が可能となる。各ドローン タイプの最大スピードとドローン追跡システムの平均故障率を入力するだけで、Swarm3D が妥当な飛行経路を自動的に生成する。
エンターテインメントにおいては、花火のサステナブルな代替策ともなる優れたテクノロジーだ。さらに SPAXELS を支える群知能は、例えば建設現場の監視や農業、公共設備の点検、ロジスティクスなど、ライト ショーの範疇を超えて、さまざまな場面で広く適用可能な利点を持つかもしれない。
ヘルトナー氏とチームは、群れを操作する上で、ドローンやロボットの一群内のコミュニケーションが、人間とロボットとの間のコミュニケーションとはかなり異なることに気づいた。メルセデス・ベンツとの最近のコラボレーションで、Futurelab は「独自の意図を持つ自律エージェント」 (自動運転車を考えてみるとよい) と、それに向かって近づく歩行者との間の相互作用を研究した。歩道で他の人間にぶつかることを避けることだけでも十分難しいと、ヘルトナー氏は話す。それでは、人間が無人操縦の乗り物に出くわした際に、衝突を避けるにはどうすればいいだろう? このコラボレーションは、人間と乗り物の作用に関する心理における、重要な洞察を提供している。
Futurelab では、アーティスト、建築家、社会学者、物理学者、3D モデラー、インダストリアル デザイナー、メカトロニクス エンジニア、ソフトウェア エンジニアなど、全く異なる分野の 47 名の間で人的交流が生じている。彼らが次に取り組むことになるのが何なのかは、誰にも予測できないが、それがハトの調教ではないことは確かだ。