自動組織化構造: ビルがロボットの一群で構成されるとしたら?
ほぼ自発的に小刻みに動き、這い回り、建築空間へと移動するロボット型の建造用部品を想像して欲しい。ロンドンを拠点とする英国建築協会のデザイン研究所 (AADRL: Architectural Association’s Design Research Laboratory) のスパイロポウロス・デザインラボ (Spyropoulos Design Lab)は、それを実現しようと努力している。
最初は、建物を建築するには冷たく人間味のない手法のように聞こえるかもしれない。人間の手から切り離された、こうした自動組織化の構造は、アルゴリズムが導き出した得体の知れない結果に感じられるためだ。
だが AADRL の作品に対する人々の反応は、それとは違っており、スタイリッシュな自作のビデオのコレクションが公開されると注目を集めた。このビデオでは、不格好な楕円形の空気袋と気送管から構成される AADRL の OWO プロトタイプが、もたもたした様子で机上をくねくねと動き回り、このプロトタイプへ歩き始めたばかりの子に声をかけるように励ましの声を上げる AA の学生の方に向かって進んで行く。たどり着くと、学生は OWO を褒め、喜びに満ちた顔で撫でまわす。子犬のほうがずっとかわいいのに、なぜだろう?
「皆、こうしたロボットと言葉を交わし続けるようです」と、AADRL ディレクターのセオドア・スパイロポウロス氏は語る。「最初は目新しさによるものなのかもしれませんが、その後、より深い好奇心につながる何かに変わっていきます」
こうした人間的な温かみのある交流は、スパイロポウロス氏と AADRL との作品、また彼の設計事務所 Minimaforms の作品の多くの骨子となっている。デザイナーが設計のオーサーシップをロボットに引き渡すことでコントロールの喪失感を経験するかもしれないが、ここではロボットと直接的かつ親密な方法で協働することで得られる何かに焦点を合わせている。
スパイロポウロス氏が開発しているプロトタイプの数々は、人間の欲求と直感を反映し、建築をロボットの柔軟性を持った自動組織化製品として再考させる。自発的に押し寄せる大量のデバイスが、ニーズを満たし、空間を作成し、その空間を即座に変形したり修正したりする。
あなたを招き入れ、あなたからの情報を求め、大抵の建設用ツールや建造要素では実現不可能な、つながりとギブアンドテイクの感覚を生み出すロボットだ。それはもはや据え付けのインフラとは異なる建物であり、スパイロポウロス氏は「日常生活への能動的な参加者」だと言う。
「この作品は、自己を認識し、自発的に構造化し、自動で組み立てられる、可動性と協調的空間創造能力を持つ要素からなる生態系の開発に目を向けたものです」と、スパイロポウロス氏。「そこには情報や物質、機械との積極的な関わりを通じて、構造や制限、理想を超えて発展するパートナーシップを構築したいという願いがあります」。
この目標を達成できるよう、スパイロポウロス氏の作品の多くは 2 つの交差する流れを基に機能するようになっている。ロボットによるモジュラー型機械システムの設計と、システム間およびシステムと人間の間の社会的相互作用のプログラミングだ。こういった試みのいずれも、厳密には建築の恩恵を受けているわけではない。スパイロポウロス氏の作品は、芸術の世界と技術の分野の両方に同等に接触している。
スパイロポウロス氏の 3 つの AADRL プロジェクト (モスタファ・エル=サイードとアポストロス・デスポタイディスの助力を得て行われた) は、氏の最初の研究の流れにつながる機械運動の手法にハイライトを当てたものだ。
- HyperCell は、ピストンにより駆動する剛体板を包み込むゴム状皮膚を使用し、安定した立方形から可動性を備えた球形へと変形する。内部で生じる平衡力が球体を動かし、磁石によりユニットがユニットの上によじ登ったり互いにくっついたりする。
- noMad は、5 ~ 6 の個別ユニットを使用して連携させることで、回転する機械仕掛けの脚のように機能する。
- OWOは、空気圧を使用して動く。バネ構造は膨らんだり縮んだりする一連の空気袋で囲まれており、これがのたうち回るヘビのような動きを生み出す。ミミズのようなボディの両端には吸着カップが付属した滑らかな球体が取り付けられており、ユニット同士を接続し、直立歩行を可能にする。あっという間に組み立てられる、組立玩具の進化形だ。
スパイロポウロス氏の研究のもうひとつの流れは、より繊細なコミュニケーション関係に注目したものだ。それを最もよく表しているのが、5 年間にわたり世界各地を巡業中の、扱いやすい触手を持ったロボットだ。Minimaforms におけるパートナーであり、セオドア・スパイロポウロス氏の兄弟でもあるスティーヴン・スパイロポウロス氏と共同開発された Petting Zoo は、来場者に複数の触手を持つロボットと、隣人の飼い犬同様に直接かつシンプルに触れ合うように促す。
ロボットは、これまでに経験した触れ合いから学び、さまざまな気分(怒り、退屈、喜び)を持つようになり、さまざまな色の光でそれを示す。聴いたり、見たり、触手を伸ばして抱きしめたりすることで、会話のやりとりにおける基本的な分別を身に付けていく。理想としては、スパイロポウロス氏は人間とロボットの間の仲介をできるだけ少なくしたいと考えている。スマートフォン・アプリを使用して要望に応じた指示を出すのでは、よそよそし過ぎる。ロボットに特定の反応、サービス、空間を要求するのはそこから一歩進んではいるが、そういった要求を発しなくてもロボットが察するようになれば、なおいい。
スパイロポウロス氏が思い描く、建築にとっての最も実用的な利点は、被災地や最僻地などの支援が届きにくい場所や、急激に変化する状況を同じくダイナミックな構造に合致させる必要のある場所にロボットシステムを配置できることだ。
建造に施工者を必要としないということは、足場は必要なく、管理も最小限で済み、ほぼ完全な柔軟性を得ることができる。火山の噴火に伴い、周辺住民がモジュラー式ロボット構造の避難所に移動するというシチュエーションは想像に難くない。火山が再噴火した場合、避難所は分解し、拡大する溶岩流域から離れた場所に移動し、再形成することができる。小規模のアーキグラム のようなものだ。「固定的で有限ではない、よりアダプティブで協調的な空間創造の方法に向かって進みたいと考えています」と、スパイロポウロス氏は話す。
だが、こうしたロボットシステムは宇宙や交通困難地のためだけのものではない。スパイロポウロス氏は、ロボットをより親しみやすいものにする輸送重視の住居用プロトタイプを開発中だ。
建築家とプランナーは、はるか昔から都市の在り方やその仕組みについてトップダウンの要求を行ってきた。対してスパイロポウロスのロボットは、少なくとも人の話に耳を傾け、無能なツールとしてではなくチーム・メンバーとして積極的に参加するようプログラムされている。スパイロポウロス氏は「ロボットは人間に刺激を与える存在になることができるのでしょうか? それとも、人間に隷属するだけの存在になろうとしているのでしょうか?」と考えている。
この研究は建築家の役割を、構造の作り手ではなくプログラマーやシステム・デザイナーに変える。ロボットが構造を判断できるよう、お膳立てをする役割だ。「これはトップダウンのコントロール、そして空間に対する解決策はひとつしかないというという系統立てられたアイデアに疑問を投げ掛けるものです」と、スパイロポウロス氏。
歴史的に、建築は設計に対する業績とオーサーシップの共有を拒んできた。孤高の天才建築家がペーパー・ナプキンに優れたスケッチを描き、事務所の若手とその功績を分かち合うということはあっても、ロボットと功績を分かち合うのは別物だ。だが、それこそが将来待ち受けていることなのかもしれない。