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陽子線治療とCERNのハドロン技術がLIGHTでがんに立ち向かう

陽子線治療 Linac 4
Advanced OncotherapyのLIGHTシステムはCERNの新しいLinac4 (写真) と同じ線形加速器 (リニアック) をベースとしている [提供: CERN/Robert Hradil, Monika Majer/ProStudio22.ch.]

アメリカ国立がん研究所によると、生涯でがんに罹患する米国人は、ほぼ 40% に上る (編注: 日本人の場合は男性 62%、女性 46%)。世界保健機関 (WHO) は、がんを世界の死因第 2 位に挙げており、ほぼ 6 人に 1 人 の死因となっている。そう、がんは重大な病気なのだ。

がん患者は、化学療法や腫瘍を除去する外科手術を受けるほか、約 40% が放射線療法を受けている。放射線療法では放射線が身体に照射され、X 線光子で悪性細胞を破壊する。現在、X 線による放射線治療を行うクリニックは、世界各地で約 17,000 箇所に上る。

従来の放射線治療は身体のエリア全体に放射線を照射するため、周辺の正常な細胞組織に損傷を与えることがある。がん治療により重篤な副作用が起こる可能性があり、がんが重要な臓器の近くにある場合は、治療はより困難なものとなる。そこで登場したのが陽子で、これは原子核を構成する粒子のうち、プラスに帯電した粒子だ。がん治療向けの陽子線療法は 1954 年から行われており、がん細胞を破壊するエネルギーの照射先が、より正確にコントロール可能とされている。

がん細胞
がん細胞

この陽子線治療がずっと優れた手法であることは明白だが、利用できる施設は世界中でも約 65 カ所に限られている。どこに問題があるのだろう?

建物解体用の鉄球で釘を打つ

Advanced Oncotherapy をスタートさせた科学者たちは、その質問を自らに問いかけた。ロンドンに本社を構え、英国とスイス、米国に 90 名のスタッフを擁するこの企業は、自社の斬新な陽子線治療 (PBT) システム、LIGHT により、陽子線治療の新時代を築こうとしている。

このシステムはジュネーヴの CERN の研究プログラムに端を発するもので、その初期段階には CERN から分社化された Advanced Oncotherapy の子会社 CERN in Geneva, and ADAM が重要な役割を果たした。事実、Advanced Oncotherapy の研究者スタッフのうち 60 名はジュネーヴで業務に取り組んでいる。Advanced Oncotherapy で投資家、企業向け広報を担当するデイヴィッド・ナヴァス副社長は、現在も初期の CERN テクノロジーが同社の主要な資産だとしている。「CERN の何十年にも及ぶ加速器の実績を基盤とする CERN テクノロジーのライセンスを所有しているのは、ADAM と Advanced Oncotherapy にとって大きな強みです」と、ナヴァス氏。

Advanced Oncotherapy は、2020 年に患者の治療を始める予定で準備を進めている。だが、このテクノロジーが 1950 年代から存在するのであれば、これ以上何を開発する必要があるのだろう? 簡単に言えば、陽子線治療はコストが非常に高く、その利用は技術的にも難しい。「現行のシステムは、サイクロトロン、もしくはシンクロトロンをベースとするものです」と、ナヴァス氏。「その加速装置のデザインには、特有の欠点があります」。

陽子線 治療 LIGHT システム 構成要素部品
LIGHT システムの構成要素部品の概要 [提供: Advanced Oncotherapy]

これらのシステムは大型で重く、厳密に制御された (つまりコストのかさむ) 条件下で製造、設置を行う必要がある。システムの設置には競技場ほどの面積が必要なため、ほとんどの病院では利用できない。より小さな加速器も存在するが、ビーム エネルギー変調が遅いため正確な目標設定が難しいという、サイクロトロンやシンクロトロンと同様の、特有の問題を抱えている。専用の建物と加速装置が必要となるため、処置室を複数用意したシステムでは 1 億ドル (約 110 億円) を超えるコストとなり、ほとんどの医療機関には手が届かない。

Advanced Oncotherapy で品質管理者を務めるニール・バーカー氏が耳にした話では、ある施設の場合は、まずシンクロトロン装置を設置して、その周辺に建物を建設しなければならなかった。「吊り上げ荷重 800 t のクレーン車を用意できず、500 t のクレーン車 2 台で設置しなければならなかったそうです」と、バーカー氏。

一方、Advanced Oncotherapy のシステムは、構成部品のモジュールとして体系化されている。ベッドの運搬に使われるような一般的なリフトで全ての部品を移動して、クリニックや専用の建物内の設置場所へ運搬できると、バーカー氏は話す。それが可能なのは、Advanced Oncotherapy が開発する加速器が、一般的な円形ではなく線形だからだ。世界唯一の PBT 用線形加速器である LIGHT は、円形加速器と比較すると幾つかの利点がある。まず必要なスペースが小さくて済み、高価で複雑な極低温冷却装置 (英文情報) を必要としない。また、迷放射線を低減する遮蔽の必要性が低下し、パルス単位でエネルギー レベルを素早く変更できる機能を提供する。

proton beam therapy accelerator
異なるがん治療用に複数の LIGHT ユニットを使用した陽子線治療システムの一例 [提供: Advanced Oncotherapy]

身体の物理学

円形のサイクロトロン、もしくはシンクロトロン内部では、論理上の循環経路によって粒子を徐々に加速させることで必要な出力に到達するが、線形のシステムには循環経路がない。身体へ照射する前に粒子を静止状態から十分なエネルギーへ到達させるための、短い経路がひとつあるだけだ。

そこへ到達すると、陽子のエネルギーは静止状態になる直前に最大のものとなる (これはブラッグ ピークと呼ばれる)。陽子のエネルギーを変化させることで、全エネルギーが放出される瞬間を正確に把握。腫瘍に含まれる悪性細胞を破壊する一方で、それ以外の場所への照射は最小限に抑えられ、またブラッグ ピーク後は全く照射されない。つまり、正常な細胞組織に対する影響をほぼ完全に排除することで、治療期間中の QOL (クオリティ オブ ライフ、生活の質) を向上し、長期にわたる副作用のリスクを低下させることができる。

Advanced Oncotherapy の LIGHT ソリューションは現状でも全長わずか 23.8 m とコンパクトだが、ビームを 2 重にすることで、最大エネルギー出力を維持しつつ筐体を半分の長さにすることも可能だ。この加速器は光速の 60% のスピードで進む、既存の技術と同程度の 2 億 3,000 万電子ボルトの陽子線を生成する。Advanced Oncotherapy は、LIGHT のデザインに Autodesk InventorVault、ビジネス プロセスの管理に Fusion Lifecycle (クラウドベースの製品ライフサイクル管理ツール。国内の発売は未定) を使用している。

エンド トゥ エンドの治療

加速器の調整、患者に動かないよう指示することなど、治療には多数の手順が含まれる。全ての治療に治療計画、医用画像、システム管理、陽子線エネルギーなど数々の複雑なデータが関連するため、そうした情報を正確にモニタリング、記録するための臨床的、法的な要件が必要となる。

病院運営者に重荷となるのは、粒子加速器、異様画像機器、治療計画システムなど、複数の異なるシステムのスムーズな連携を確保することだ。「放射線治療技師の仕事は、かなり複雑です」と、バーカー氏。「手作業で手順を追う必要があり、治療の各段階で、異なる画面を確認しなければなりません」。LIGHT は、即座に使用開始できるターンキー ソリューションとしてデザインされており、必要なシステムやソフトウェアが全てカバーされている。

LIGHT 治療室の一例 [提供: Advanced Oncotherapy]

陽子線治療は従来の放射線治療に比べてずっと正確にがん細胞を破壊するエネルギーをもたらす [提供: Advanced Oncotherapy]

Advanced Oncotherapy は完全なソリューションを提供しており、Fusion Lifecycle は Advanced Oncotherapy と製造サプライヤー、医療関係者の間でのシームレスな情報交換を可能とするのに最適な、ドキュメント保管と管理のコンプリートなソリューションとなる。

「患者、他の治療担当者などの基本情報を、どの時点でもコントロール画面から確認できます」と、バーカー氏。「また、タスク画面はワークフローを通じて常時変化し、ユーザーである治療担当者の現在のタスクを表示します。治療室に散乱する大量の写真などを排除でき、一連の治療順序のうち、治療担当者が現在取り組んでいる手順のみが提示されるためタスクが簡素化されます。そして意思疎通の確認はソフトウェア内で行われるため、誤りが生じる機会を低減できます。こうして治療担当者の負担は大きく軽減されます」。

治療担当者が、より多くの患者を診ることができるようになる点でも優れている。陽子線治療の世界市場は、最新の予測では 2025 年までに 28.8 億ドル (約 3,200 億円) に達するとされているが、これまでのところは治療費が導入の制約となっている。極めて冷静な経理評価を行ったとしても、この財政面の諸要素のバランスを取ることは難しいかもしれない。だが、Advanced Oncotherapy の線形陽子加速器と、それによる利用可能な価格設定と独自の入手可能性、機能がその約束を果たすとすれば、全てが一変するに違いない。それががんの克服に役立ち、より多くの命を救うのであれば、変化の到来が早過ぎるということはない。

著者プロフィール

成長の過程で世界を変えたいと考えていたドリュー・ターニーは、やがて他の人がどう世界を変えているかについて書くほうが簡単だと理解しました。現在はテクノロジーや映画、科学、書籍などの著述を行なっています。

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