デザインと歴史が一体化: コロンバスの米国退役軍人記念博物館
元海軍兵士、宇宙飛行士で上院議員も務めたジョン・グレン氏は生前、紛争で活動した退役軍人に関する収集物や形見の展示場所を作る構想を持っていた。従来の戦争記念碑や軍事博物館とは異なり、インタラクティブな展示や口述、画像、個人の遺物を通じてストーリーを共有することで退役軍人に敬意を表し、民間での議論を促進する場所だ。
この構想が、米国退役軍人記念博物館 (National Veterans Memorial and Museum) として実現。 CDDC (コロンバス都心開発機構) が陣頭指揮を行う数億円規模のマスタープランの中心的存在として、オハイオ州コロンバスの復興地区に総面積 22 万 6 千平米の建築物が建てられた。
この新しい国立博物館のデザインは、Allied Works Architectureと、ランドスケープ アーキテクチャ事務所として参加した OLIN、展示デザイナーを務めた Ralph Appelbaum Associates が担当。コンクリート キャストによる 1,270 t もの同心円状の輪が、らせん状に地面から空へと伸び、構造物と景観が一体となった博物館は傑出した仕上がりだ。
拡張・改修された COSI (コロンバス科学産業センター)、居住、販売、オフィス、ホテルのスペースを含む 9 万平米以上の多目的エリアとともに開発された博物館は、街の新たな文化的中心地を目指している。CDDC のエイミー・タイラー COO は、フランクリン軍退役軍人記念碑 (Franklin County Veterans Memorial) だったこの場所が、約 2,100 万人に上る米国退役軍人とその家族、一般市民の巡礼地に生まれ変わるだろうと話している。
アイデアの進化
プロジェクト リードを務める Allied Works のチェルシー・グラスシンガー副主任によると、事務所の設立者であるブラッド・クロエフィル氏とのチームは、当初から「なだらかな丘陵が隆起して連続した傾斜路を形成し、安らぎを感じさせるオープンエアの神聖な空間、思いを馳せ思い出に浸る場所、そして毎年の退役軍人パレードの終点となる場所となる構造物を作りたい」と考えていたという。
OLIN の設立パートナーであり、60 年代には陸軍中隊書記の任務に就いていたローリー・オリン氏は、ニューヨーク市のブライアント・パークとコロンバス・サークルの立案者でもある。オリン氏は、OLIN でパートナーを務めるハリー・ボイス氏が Allied Works チームと初めてコラボレーションを行った際のことを「私たちは一緒にデザインを描いていました」と思い起こす。「ブラッドと彼のチームは、建物の周辺に曲線や流線形、隆起した景観を描いていました。そのアイデアを発展させて私たちが書いた楕円形が、最終的に記念公園になりました。皆がそれを見て、これは素晴らしい!と言っていましたね」。
オリン氏は、その後も展示ギャラリーの配置と仕組み、バス停の位置などのディテールを練り上げる必要があったが、構造物のらせん形状は優れたアイデアだと確信を得ていた。この形状は、構造上の強度をもたらすだけでなく、退役軍人の絆の強さを示唆するものでもある。
こうしたアイデアは、デジタル プラットフォーム間の「極めて綿密かつ反復的な」コラボレーションで徐々に進化していったと、グラスシンガー氏は話す。「建物の形状と構造は、オリン氏による多面的な造形で特徴付けられています、また、ブロード通り沿いの入口から公園への遊歩道の存在を示し、洗練された印象を与えるのにも、この建物が一役買っています」。
神聖なる場所へとつながる道
博物館の内と外の空間の間のハーモニーは、この博物館の重要な特徴になっている。ガラスのカーテンウォールは常設展示ギャラリーを覗き見ることができる造りになっており、コンクリートの輪の曲線に沿っている。「訪問者が内側に移動するにつれ、この輪は編み目のように曖昧になり、展示体験を通じて、より親密で守られた空間を生み出します。これはラルフ・アッペルバウム氏と、彼のチームの緊密な連携によって生まれたシークエンスです」と、グラスシンガー氏。
室内展示は、主に退役軍人とその家族の物語に焦点が当てられたものだ。1775 年から現在までの出来事のタイムライン、従軍記者のステイシー・パーソール氏によるポートレート プロジェクト、退役軍人の功績と犠牲を讃える映像、我が家を離れて戦場へ向かい、帰還するまでの兵役のさまざまな局面など、14 のテーマに分かれたアルコーブがある。
退役軍人であるジョン・グレン氏の軌跡を記録した短編映画、故ジョン・マケイン氏、イリノイ州上院議員タミー・ダックワース氏が兵役の重要性について意見を交わす映像、そして最後の映像 (「兵役と公民権」ギャラリーで上映) は、この博物館の重要なテーマである、兵役と幅広い意味での公共サービス、社会奉仕とのつながりを強調したものだ。「訪問者は博物館の最後の映像を観て、積極的に行動を起こそうと考えるでしょう」と、タイラー氏。
1 万平米もの記念公園には、アメリカニレの木による大聖堂を思わせる壮大な樹冠や、光を反射するプールへ流れ込む滝が設けられた石壁がある。この公園は物思いにふける空間として設けられているが、緑豊かな休息空間、訪問者がリフレッシュできる場所を用意する意図もあった。
「重要なのは死でなく人生であり、遠くから訪れた人たちが子供を連れてピクニックをできるような、豊かな景観と周辺環境を提供しようとしています」と、オリン氏。「水の音が、非常に心地よさを感じさせます」。
曲線の複雑性
Baker Concrete Construction で BIM コーディネーターを務めるケヴィン・マクガイア氏は「この壮大な建築物は形状そのものが非常に複雑で、垂直面と平行面が湾曲した、入り組んだコンクリートのアーチで構成されています」と話す。その複雑な情報を解剖して建設可能な形で提示するため、チームは Autodesk AutoCAD ソフトウェアで寸法を計算して各開口部と埋め込まれる鋼板の位置を正確に示し、コンクリートの垂直面を抽出したテンプレートを作成。このテンプレートは、建築物の支持に必要な補強の詳細図の作成や製造、設置に使用された。
「契約書類にはほとんど寸法が書かれていないので、建築家がモデルを提供し、各業者と連携して手を加えました」と、マクガイア氏。「このプロジェクトは、モデリング ソフトウェアである AutoCAD 無しには不可能でした。建築家がジオメトリを承認したモデルが、建築物の法的な契約書類となったのです」。
曲線的で波打つような建築物の形状によって、レイアウトは非常に困難なものになったとマクガイア氏は説明する。「この問題の解決に Autodesk Point Layout を使いました。モデルから現場のロボット制御されたトータル ステーションへ、墨出しに必要な点を直接エクスポートが可能です。それによって現地クルーが、モデルの正確な座標に合わせて建設できました」。
博物館館長兼 CEO を務めるマイケル・フェリター元陸軍中将にとって、こうして得られた成果はまさに宝物であり、退役軍人の功績に対する追悼と敬意が、壁を遥かに超えて響き渡ることになる。「ここを実際に訪れる年間 30 万人の訪問者だけでなく、デジタル ラーニングや移動展示、オンライン コンテンツを通じて 300 万人から 500 万人に達する潜在的利用者のためのプラットフォームになっています」と、フェリター氏。「軍人に必要な資質であるイノベーション精神や創造力、勇気を、コロンバスから米国全土のコミュニティへ注ぐことができるのです」。
オリン氏も満足げだ。「ベトナム戦争への反発などにより、退役軍人を高く評価しない人も多いようです」と、オリン氏。「嫌われていると感じている退役軍人のため、有形の何かで行動を起こすという考えは、私にとって大きな意味を持っていました」。