Skip to main content

ドローンで蚊を運搬: ジカ熱など致死性感染症との戦い

ドローン 蚊
WeRoboticsは市販のヘキサコプター ドローンDJI M600 Proに蚊を充填したコンテナと放出機構を取り付けている [提供: WeRobotics]

蚊は、うっとうしい夏の害虫というだけの存在ではない。世界保健機関 (WHO) によると、蚊は世界各地で年間数百万人もの死亡原因となっている、最強の殺し屋とも言える動物だ。マラリアで年間44万人以上の死者が発生しており、また蚊を媒介とするジカ熱や西ナイル熱、チクングニヤ熱、デング熱などの病気が何十万人もの人々を苦しめている。

スイスのNGO、WeRoboticsによる、世界各地で蚊がもたらしている問題への解答、それは蚊だ。彼らは革新的なエンジニアリングとデザインにより、蚊を媒介とした病気の問題に、ドローンを用いた蚊の放虫という新たなモデルを活用しようとしている。

蚊による被害の大きな地域に、さらに多くの蚊を放とうとする理由は? それは、ただの蚊ではなく、不妊化された、ヒトを刺さないオスの蚊だ。繁殖能力を持つ他のオスの蚊との繁殖競争を激化させることで、ウイルスや原虫を媒介する蚊の増殖を防ぐのだ。

ドローン 蚊 放出 コンテナ
WeRoboticsはプロトタイプ作成と実地テストを経て、コンテナ内の5万匹の蚊 (識別用にピンク色の染料で色が付けられている) の90%以上が貯蔵、放出、再活性化のプロセスを生き延びたことを確認している [提供: WeRobotics]

病気でなく希望を拡散

蚊を撲滅する対策の基本的な手法は、この数十年変化していない。殺虫剤や燻蒸消毒は、現在も蚊の個体数を減少させて病気の蔓延を抑制する主要な手段だ。

その代替となる不妊虫放飼 (sterile insect technique) というアプローチは、害虫対策の手法として認知されるようになってきており、虫を媒介とするさまざまな病気に対して用いられている。オスが交尾の際にメスを受精させられなければ、卵は孵化せず、感染した個体数は減少する。

不妊虫放飼は、不妊化させたオスを感染地域へ継続的に供給することで最も効果を発揮する。病気を抑制するには、不妊化した個体が通常の個体数を少なくとも10倍は上回る必要があるのだが、農村地域では障壁にぶつかっている。感染地域に陸路では到達できないこともあるし、蚊の個体数を減少させるのに十分なエリアすべてを徒歩移動するのは不可能だ。

だがドローンなら、人間が陸路で到達できないエリアにも空から移動できる。

WeRobotics共同設立者で研究分析部門ディレクターを務めるアンドリュー・シュレーダー氏は「ドローンは僻地にも到達するようプログラムできるので、将来的に重要な存在になると考えています」と述べる。「ムラなく放虫でき、その放出のメカニズムだけでもプログラムの成功率に有意差をもたらすと考えられます」。

WeRoboticsのドローンは、不妊化させた何十万匹もの蚊を運ぶ1回の短いフライトで市街地と都市部、農村地域をカバーでき、放虫によって病気、特にジカウイルスを伝染する害虫の個体数増加を妨ぐことができる。

「ドローンは不妊化した蚊を放虫するプロセスに役立ちます」と、シュレーダー氏。「他にもやり方はあります。リュックサックから放出したり、自転車で移動しながら放出したりすることもできます」。

WeRoboticsは国連の国際原子力機関 (IAEA)、そのコラボレーターであるMoscamed Brasilと提携。こうした機関を通じて、不妊化した蚊を供給可能なグループや、ドローンの検証を行うことのできるコミュニティとリンクすることができた。[編注: 不妊化のプロセスには放射線が使われ、原子力の平和的利用とされる]

「不妊虫放飼について、細かいところまでは理解していません」と、シュレーダー氏。「私が担当できる分野には限界があり、それはチーム全体も同じです。でも連携や対話、意見交換を通じて、こうしたアイデアを整理する有意義かつ相互的な取り組みが行われています」。

ドローン 蚊 飛行前テスト
WeRoboticsは飛行前テストとして放出機構の開口部周辺に網を張り、大型送風機でフライト時の気流をシミュレートして蚊を再捕獲した [提供: WeRobotics]

「元気のない」蚊を放つドローン

パートナーが揃い、WeRoboticsはドローンの準備に取り掛かる。エンジニアリング部門を統括するヨルグ・ゲルマン氏は、小さな虫である蚊が輸送や貯蔵の間も死なないように保管し、放出シリンダーを通じてドローンから出た後も元気に飛び回ることのできる方法を探すのが最初の課題だったと話す。その最適な解決策は、蚊を冷蔵することだった。

気温が高いと、蚊は非常に活動的になる。閉鎖的な空間であれば、互いを傷つけ合うほどだ。だが7-10度だと、じっとして動かなくなる。死ぬことはないが動きが止まるため、貯蔵室内で互いを傷つけることもない。

また、コンテナ内の湿度は60%未満に保つ必要がある。それを超えると蚊が湿って塊となり、シリンダーから放出される際に潰れてしまう。

WeRoboticsチームは、改造したDJI M600 Proヘキサコプターに冷蔵室を取り付けることで、全てを新規に開発するのでなく、蚊を放出するシステムに集中できたと、シュレーダー氏は話す。市販のドローンを使うため、蚊の放出という課題さえ解決すればいいのだ。

ドローンのモーターは、地上約100mの高度でオンになる。シリンダーが回転して、不活化された蚊を暖かい大気内へと放出。落下中に暖められた蚊は再活性化して活動状態へ戻り、そこから飛行を始めて放出されたエリアの蚊の群に加わる。

飼育施設 蚊 Moscamed Brasil
Moscamed Brasilの蚊の大量飼育施設でスタッフがオス (放出用) とメスの蚊のさなぎを分別する様子 [提供: WeRobotics]

WeRoboticsのエンジニアとデザイン チームは、その開発段階でAutodesk Inventorを使ってデザインのシミュレーションを行い、コンポーネントを3Dプリントする前に変更をモデリングした。それが必要な機械部品を早い時期からテストするのに役立ち、優れたデザインへとつながった

「これまで蚊を扱った経験のある者は誰もおらず、これほどか弱い虫だとは思っていませんでした」と、ゲルマン氏は話す。「蚊を小さなまとまりへと分割する機構を通過させると、蚊の羽は簡単にダメージを受けてしまい、つがいとしての役割を果たせなくなってしまいます」。

チームは気温と湿度の課題に加えて、底部にいる蚊が上部の蚊の重みで潰れないよう、貯蔵する容器の高さも検討する必要があった。上部の蚊の代わりにクミンシードを使用して何度かテストが行われ、下部の蚊が重みによるダメージに影響されやすいこと、容器としての最大の高さはわずか5cmであることが分かった。

1年間にわたるラピッドプロトタイピングを経て、完成したデザインを実環境で試す準備が整った。場所はブラジルだ。

ブラジルには、チームが必要とする数の不妊化蚊を提供できる大規模な飼育施設があり、蚊を媒介とする病禍に直面している国とも気候が似ている。

数回の飛行テストと実地テストを経て、WeRoboticsの研究者たちは放たれた5万匹の蚊のうち、90%以上が貯蔵、放出、再活性化のプロセスを生き延びられることを確認した。1回の飛行で数十ヘクタールをカバーでき、これは小さな町には十分な広さだ。1日に複数回のフライトを行えば、数百ヘクタールに蚊を放つことができる。

「ドローンから放たれた蚊が専用のワナに初めてかかったときは、この手法が実行可能であることを意味する最高の瞬間でした」と、ゲルマン氏。

蚊 ドローン DJI M600
蚊を放出するフルスケールのWeRoboticsドローンは1回のフライトで小さな町全体をカバーできる [提供: WeRobotics]

ベクター コントロールの未来

初期テストによって、WeRoboticsとパートナーにデータと洞察、アイデアがもたらされた。だが、このソリューションを大規模に展開できる状態にはまだ至っていない。

「この方法が有意差をもたらすと断言するには、まだ科学的根拠が得られていないのです」と、シュレーダー氏。「でも理論上では数世代にわたって、一定間隔で適切なタイミングに実行すれば、個体数の大幅な減少がみられるはずです」。

命に関わる危険な蚊の個体数を抑制する必要性が増大する中、この研究は未来を指し示すものになっている。このテクノロジーが大規模なキャンペーンで使われれば、世界各地の暮らしと健康を向上させられるという希望の光が見えているのだ。

著者プロフィール

キンバリー・ホランドはアラバマ州バーミングハム在住の、ライフスタイル系記事のライター、編集者。所有する書籍を色分けしていないときは、キッチン向けの新しいガジェットを使った料理の実験を友人たちへ披露することを楽しんでいます。

Profile Photo of Kimberly Holland - JP