建築における機械学習がデザイナーの役割を解放
人間は過去 50 年にわたり、マシンに仕事を奪われることを恐れてきた。そうした懸念は、一部のケースでは現実のものとなっている。ただしデザインの分野では、クリエイティブな活動を行う人たちはコンピューターとの連携という恩恵を得て、マシンがデータベースのタスクを処理している間に、これまで以上に多くの時間を制作活動に費せるようになっている。だが本当の意味での進展は、建築からエンジニアリング、製造に至るまで、従来のデザインとデザイナーの定義を変化させることになるだろう。
従来の役割からの転換に苦労するデザイナーが存在する一方で、建築における機械学習が提供する、創造上の新たな自由を享受するデザイナーもいる。こういった展開を障害ではなくツールとして捉えることで、旧来のモデルの制約からの解放へとつながる可能性がある。
自動化の活用
現代社会において、自動化は当たり前のものだと捉えられている。「ロボット」とは呼ばれていないものの、電話やプリンター、電子レンジ、自動車、Alexa、Google Home などは全て、かつては手動で行われていた、骨の折れる作業を自動化するマシンだ。
自動化テクノロジーは目新しいものではない。人間の知性がその情報処理の方法を進化させているのと同様に発展を続けているだけだ。事実、コンピューター支援設計 (CAD) は半世紀以上も前から存在している。建築スタジオ The Living のジム・ストッダート氏が述べるように、テクノロジーを前進させることで「私たちはより迅速なペンと紙を手に入れてきた」のだ。
実際のところ、自動化されたプロセスは“既に”デザインに不可欠の要素となっており、その呼び方が変わっただけだ。「Revit で何かをデザインする際、Revit がそれを建設するためのドキュメントを自動生成してくれるのであれば、何も心配はいりません」と、ストッダート氏。「これこそが自動化です。かつて私自身が手動で行っていたことを、代わりにやってくれています」。
人工知能 (AI) の強みを生かすには、デザイン上の課題の解決に対するアプローチの変化が求められると、ストッダート氏は話す。「問題のどの部分に重点を絞るかについて、再構成することが必要です」。
Nvidia Deep Learning Institute で認定インストラクターとカリキュラム デザイナーを務めるマイク・メンデルソン氏は「企業的な観点からすると、あなたの仕事をやるために誰かがやって来ると、それはあなたのレベルアップにつながります」と話す。「例えば“こういうことができるようになったから、ワークフロー全体を見直してみよう”と、プロセスを継続的に再検討できるのです」。
“コンピューターは、オープンエンドの建設的な解決策を生み出すことには向いていません。こうしたタスクは、いまだに人間の独壇場です” — マイク・メンデルソン氏
計算能力の向上は、人間と人工知能との間の均衡を保つ、より多くの機会を提供しており、それぞれが最も得意とする分野で仕事を行えるようになっている。「コンピューターは、オープンエンドで建設的な解決策を生み出すことには向いていません。こうしたタスクは、いまだに人間の独壇場です」と、メンデルソン氏。「しかし、反復的なタスクにかかる時間を自動化によって節約でき、その時間をデザインに再投資できます」。
「人間ならではの知性やクリエイティビティなど、人間の強みを活用しつつ、さらに問題を極めて迅速に解決するコンピューターならではの能力である、機械知能を活用することもできます」と、ストッダート氏。つまり、「どちらか一方を個別に行うよりも優れた、ハイブリッドなアプローチとなります」ということだ。
データに基づくデザインの信頼
最近ではデザイナーが、実際に構造を作り上げる前に無限のモデルの生成と検証を行い、時間とコスト、リソースを節約できるようになっている。「理想的な」空間 (採光、気晴らしに目を向ける景色など) に貢献するデザイン属性の一部は量的な測定が可能だが、人間の好みは複雑であり、手動による計測は難しい。
Swinerton Builders でビジュアル デザインと建設のマネージャーを務めるゼーン・ハンズカー氏は、Swinerton Builders では既にソフトウェアを使い、ユーザーのフィードバックに基づくデザインの最適化を行っていると話す。「VR で使用しているソフトウェアは、ユーザーの視線を追跡し、視線が特定の場所に 0.5 秒以上向けられた場合に、その場所へチェックマークが付けられるようになっています」と、ハンズカー氏。「それを、このオフィスで 25 名に行えば、人間がどこに目を向けるのか、どういう場所にいたいと感じるのかを把握でき、それを情報として学習させることができます。これにより、例えば家具を配置する向きを特定できるのです」。また、これと同様にデザインも、朝のコーヒーを飲み終わる前に最適化できる。
データドリブンなデザイン評価は、高レベルのコンセプトにも及ぶ。「VR 環境に人間を取り込み、その空間内部にいる状態で、“これについてエキサイティングだと感じますか? これは魅力的ですか? これを美しいと感じますか?”などと質問することができます」と、ストッダート氏。「その後、これらの情報を管理された学習問題として機械学習システムへと入力し、私たちが生成する数千に上るデザインから、空間上および材料上でクオリティの高いデザインはどれなのか、より詳細な調査を行うべき興味深いデザインはどれなのかを、ソフトウェアに予測させることができます」。
AI の好みを観察することで得られた知識は、デザイナーに新たな課題を提示する。「知能の底上げを行う必要があります」と、ハンズカー氏。「効率性、そしてテクノロジーと人間との間の信頼の底上げが必要です」。
また、少しの謙虚さが大きな役割を果たすと、ストッダート氏は話す。「私は、自動化が人間のデザインにおける営みを問題から除外するというアイデアには、探求する興味を覚えません。その時点でデザインの価値は失われてしまうと考えるからです」と、ストッダート氏。「ただし、ますます複雑になりつつある問題に対する解決策を予測する私たちの能力を理解する上では、人間の持つ奢りに注意を向ける必要があります」。
では、どうすれば人間は人工知能を信頼できるようになるのだろうか? ストッダート氏によれば、その要となるのは妥当性の検証だ。「現在私たちは、より幅広い意味で妥当性を検証し、信頼し、アイデアの検討をスタートさせられるようになっています。既知の事実を確認するだけでなく、これまでに考えたこともないような代替的な方法が提示されるのであれば理想的です」。
つまり突き詰めると、ロボットは今ある仕事を奪うのでなく、どういう仕事が可能なのかという再考と改革の機会を、人間に提供しているのだ。これらを再検討するだけで、多くの懸念を鎮めることができるだろう。ストッダート氏が言うとおり、「より複雑な事柄に対処できる何かを実行可能になった今、私たちは問題を系統立てる手法を再考案すべき」なのだ。
独創性は、これからも人間独自の知性の分野に留まるだろう。そして AI のおかげで、人間は自分たちが暮らしたい世界を創造、デザインし、割に合わない仕事をマシンに任せる能力をさらに獲得できるのだ。