新たな光: インテリアにおける照明テクノロジーの未来
「電球 1 個を付けるのに、何人必要か?」という、いわゆる電球ジョークをご存知だろうか? 「あるひとつのことを変更する作業のために何人が必要になるのか」をからかう、古典的なものだ。だが照明業界の進化には長い年月と人数が必要だと指摘する光学科学者にとって、このジョークはそれほど面白いものではない。
照明工学の専門家であり、アトランタを拠点とする照明メーカー Acuity Brands のテクノロジー エバンジェリスト、ジェフ・クインラン氏は、照明テクノロジーの世界で有意義な発展が起こるのは本当に稀なことだと述べている。
「第二次世界大戦後に広く普及した蛍光灯で、従来の白熱灯と比べると性能は約 10 倍に向上しました」と、クインラン氏。「大きな進歩でしたが、こうした変化が起こるのは 25 年から 30 年に一度です。大きな転換が起きるのは、100 年に一度。例えば 200 年前、人類は天然ガスのランプを使用していました。その後 19 世紀末になって、トーマス・エジソンと白熱灯が、照明と人間との関係を一変させました。そして次の大きな転換となるのが LED です」。
フィラメントに電気を流す従来の白熱灯とは異なり、発光ダイオード (LED) は、小型の半導体に電圧をかけて発光させる。発光色は、半導体の材料によって決まる。標準色は赤、青、緑だが、単一のバルブ内にこれら 3 色を組み合わせ、さまざまな強度で発光させることで、ほぼ全ての色を再現可能だ。
科学的な仕組みは複雑だが、利点はシンプルだ。LED は白熱灯に比べて小型で柔軟性があり、もちろん耐久性とエネルギー効率も優れている。さらに、マイクロコンピューター技術の向上により、今や LED にコンピューター化された小型コントローラーを取り付けられる。その結果、LED は 21 世紀の照明技術における転換点となっている、とクインラン氏は話す。
「これまでのところ、LED 製品の多くは、白熱灯に似せた形状で製造されています」と、クインラン氏。「ですが、私が“セカンドウェーブ”と呼ぶ次の局面では、この既存概念が一新され、照明と建築の相互作用するパラダイムシフトが起こるでしょう」。
暮らしをライトアップ
テキサス州プレイノに本拠を置くスタートアップ ilumi は、この照明のパラダイムの崩壊に向けて一撃を加えている企業のひとつだ。このメーカーの LED 「スマートバルブ」は、スマートフォン アプリとの通信やバルブ間の通信に BLE (Bluetooth Low Energy) を使用しており、指先でのタップひとつでプログラムや調整、カラー変更ができるようになっている。
「ilumi スマート ライトとスマートバルブは、空間に対して最適な光の発見や設定、スケジューリングを行えるようにすることで、照明のパワーをフル活用できるようデザインされています」と、共同設立者兼 CEO のコリー・イーガン氏は説明する。「研究によると、青みがかった寒色系の白色光は概日反応を引き起こすことが分かっており、これは起床して活動の準備を行う必要のある朝に最適な光です。弊社の Circadian Experience (サーカディアン エクスペリエンス) 機能は、 1 日を通じて光を変化させるものです。朝は寒色で始まり、夜には暖色に変化することで自然な概日リズムを促進します」。
業界最大手の Philips Lighting も、LED の活用により、ユーザーへ照明体験のコントロールを提供しようとしている。Power-over-Ethernet 接続により天井の LED 照明がネットワーク デバイスとなり、オフィスにいる社員たちがスマートフォンを使用してコントロール可能になる。「照明の各ポイントには独自の IP アドレスが割り当てられています」と、リテール/ホスピタリティ部門マーケティング ディレクターのラヴィ・コウル氏。「アプリを使うことで、そのエリアにいる人たちが照明器具に接続して、環境の簡単なコントロールやカスタマイズが可能です」。
スマート太陽光
LED 界のもうひとりの先駆者が、イタリア・コモのインスブリア大学光学部教授、物理学者のパオロ・ディ=トラパーニ氏だ。彼は虹や夕焼けなど、大気光学現象の背後にある物理学を15 年以上前から研究している。ディ=トラパーニ氏は、光散乱方式ナノ粒子と LED を使用して研究所内で自然光の性質を複製し、大気光学現象を室内で再現した。この発見から生み出した CoeLux は、自然光と同様のストレス軽減や気分高揚の効果を提供する、人工光を生み出す天窓や窓となる製品だ。
「空は、太陽光線が大気密度の変動により散乱することで、あのように見えています」と、ディ=トラパーニ氏。彼のテクノロジーは、濃縮した白色光をLED プロジェクターで発光させ、空による太陽光の反射は、ナノ粒子でコーティングした表面で光を反射させることにより、日光を再現している。「CoeLux の窓を覗くと、まるで何百万 km も離れたところに太陽があるように感じられます。これこそが、自然光と人工光の違いなのです」。
電球のその先に
LED はデジタル インフラにつながるため、例えばLED 照明を利用して、人間の目は感知できないがスマートフォンのカメラには簡単に検出可能な調光信号を伝送する可視光通信 (VLC) システムなど、他のつながるテクノロジー用の伝達媒体には理想的だ。こうした信号を受け取ったシステムは、その情報を解読できる。まるでモールス信号の現代版だ。
「iPhone のようなものです」と、クインラン氏。「iPhone は、ただの電話ではなく、電話機能を持ったコンピューターです。iPhone が電話機能を持っているのと同様、現在私たちが生み出そうとしている照明器具は明かりも提供しますが、それ以上のことを実行する基盤も構築します」。
「照明は、人間の生活空間に必ず存在しています。その照明に、他のテクノロジーをダイレクトに統合できるようになりました。異なるシステムの導入や保守の必要がなくなることで、コスト効率が向上するだけでなく、付加価値と生産性を提供するのです」。
Acuity と Philips はどちらも、屋外での GPS の仕組みに類似した、屋内位置情報を屋内空間内で伝達する VLC システムを開発している。あなたが店内のどこにいて、探している製品がどこにあり、どう進めばそこにたどり着けるのかを、電話を通じて天井の LED が、知らせてくれるのだ。同じテクノロジーは、コンベンションセンターで会議室を探したり、ショッピングモールで駐車場内の交通を最適化したりするのにも役立つ。
まばゆい未来
次世代の照明は、発光機能だけでなく、建築とデザインにも大きな影響を持つ。「つながる照明のプラットフォームは、誰が空間内にいるのか、何をしているのか、いつそれを行っているのか、なぜそれを行っているのかを理解できるようになります。ユーザーの要求に応え、その文脈に沿った環境を届けるのです」と、イーガン氏は予想する。
いずれ照明は、いかにも照明という形状ではなくなるのかもしれない。
「照明について型にはまった観点でのみ考えざるを得ないという足かせから、建築/デザイン関係者を解放しようと考えています」と、クインラン氏。「照明器具の最も一般的な形は 1 x 2 mです。蛍光灯の管長が1,198 mmで、それが建築要素の形状を決定します。この建築要素は、オフィスや病院、学校内の天井空間のデザイン手法に影響していました。LED によって、そのパラダイムから自由になることができます。これは建築デザインの進歩に十分活用すべき、大きな変化です」。
ディ=トラパーニ氏は、自身の発明をエレベーターになぞらえている。「エレベーターが発明されるまで、(建物の) 階数は、せいぜい 4 階あたりまでに制限されていました。エレベーターの発明により、超高層ビルが可能になりました。CoeLux を使用すれば、空に向かってでなく、地下に向かって伸びるビルを建てることができます。窓が無くても、住みやすい空間を生み出せるのです」。
照明の未来は、文字通り明るいものとなるだろう。