リーン コンストラクションが前線にパワーを提供し、より優れたチームワークを実現
21 世紀に入るまで、物事を遂行するための唯一の方法が指揮統制の序列だった。上司が出した指示には、部下は「承知しました」と答えるしかない。そうでなければ罰則が待っている。では、その指示が実際には意味をなさない場合は? 時代遅れだったり、不適当なものだった場合は? それでも従う必要があった。
そうした状況は変わった。今や、デイヴィッド・アルバーツ氏とリチャード・ヘイズ氏が自著でパワートゥザエッジと呼ぶ時代が到来している。そのエッジ型組織の時代においては指揮系統が崩壊し、実際の作業を行う人々が、状況に適った意志決定をリアルタイムで行う権限を持つ。これは軍で生まれた動きだが、リーン コンストラクションと呼ばれる、新たな建設業界の動向 (と言っても25年前からあるが) とも対をなしている。
前線に権限を与える
2004 年、米国軍人のスタンリー・マクリスタル大将は、彼の指揮下にある強力な軍隊が寄せ集めの部隊であり、一見無秩序で装備も不十分なアルカイダに対してイラクで敗北を続けていることにショックを受けた。アルカイダは自立し、独自に同調行動を取る小グループで活動しており、指令を割り当てる中央権力を持っていなかった。共通の使命と、それに合致する大まかな組織体系はあっても、その使命を推し進める手段は局地的な各グループに委ねられている。これこそがアルカイダに機敏性や柔軟性、順応性を与え、強敵にしていた要素だった。マクリスタル氏は、それに対応するため、従来の軍隊階級制度を一新させた。
氏は自著「TEAM OF TEAMS (チーム・オブ・チームズ)」に、「従来の頑強な構造を有機的な流動体に置き換えるため、慣れ親しんだ組織構造を解体し、全く異なる路線で再建する必要があった。台頭する複雑な脅威に立ち向かうには、それが唯一の方法だったからだ」と記している。「具体的に言えば、情報共有の徹底的な透明化 (共有化された意識) と意志決定権限の分散化 (権限委譲による実行) の原理に基づいて、部隊を基礎から再編成したのだ」。
クルーに権限を与える
リーン コンストラクションも、同じ原則に基づいて発展してきた。それは、Lean Construction Institute の共同設立者であるグレッグ・ハウウェル氏とグレン・バラード氏が、建築プロジェクトのパフォーマンスを向上させる手段を模索し始めたことからスタートした。バラード氏は、週間作業計画に合わせてパフォーマンスを測定するアイデアを持っていた。
「世界各地で、予定されていた週に完璧に仕上がっているタスクは、現場監督が割り当てたタスクのわずか 50% にしか過ぎないことが分かりました」と、ハウウェル氏。バラード氏とハウウェル氏は、労働者を責めるのでなく、何がタスク完了の邪魔をしているのかを彼らに尋ねた。その答えは、「材料が予定通りに届かなかった」というものから、「他のクルーが作業空間を塞いでいた」、「製図に間違いがあった」など、さまざまなものだった。
そして、週間計画通りにタスクを完了させられるかどうかは、材料や情報、ツール、作業空間、前作業の完了などの要因が左右することが明らかになった。「クルーがパフォーマンスを向上させるには、完了が不可能な場合には、割り当てられた業務を断るしかないと分かったのです」と、ハウウェル氏。「リーン マニュファクチャリングにおいては、労働者の責務は、不良品を先へ送ることではなく、むしろラインを停止することです。そこで私たちは週間計画を再定義して、現場監督が割り当てた仕事は、それに従うクルーにとっては約束だとしました」。
タイとベトナムでシービー (「海の蜂」と呼ばれるアメリカ海軍建設工兵隊) の一員を務めたハウウェル氏は、「命令とは制裁付きの要請であり、それを実行しなければクルーは窮地に立たされます」と回想する。命令を、実際の業務に最も近い人々による約束に置き換えることで、根本的な変化が見られた。ハウウェル氏によると、この変化は週間作業計画のパフォーマンスを 75% に、さらには 90% にまで向上させるのに貢献しているという。
共有化された情報のパワー
「パワートゥザエッジ」の著者であるアルバーツ氏とヘイズ氏は、従来の組織化モデルは「相乗効果 (シナジー) よりも衝突回避を重んじる」ものになっていると話す。衝突回避とは、対立を避けることだ。ヘンリー・フォードの組立ラインで、フォードは工程とタスク別に労働を分割している。例えば、もめ事を避けるため、板金工とゴム成形工を分離したのだ。
だが、軍隊のパワートゥザエッジ・モデルとリーン コンストラクションでは、シナジーを取り入れている。この場合、板金工とゴム成形工 (建築の場合であれば電気工と配管工) は、それぞれの業務に相乗効果を見出す。プロジェクトにおけるそれぞれの役割を最大化させるのではなく、協力してプロジェクト全体を最大化させるのだ。
軍隊のパワートゥザエッジ・モデルもリーン コンストラクションも、情報と知識を階層の上部やグループ毎に溜め込むのではなく、共有化された情報により縦割り型アプローチを解体しようとするものだ。「現場監督が iPad を持ち、プロジェクトのあらゆる面に関する大量の情報と洞察がそこから監督に提供される。そんなプロジェクトを想像してみてください」と、ハウウェル氏。「そうなれば、全てをいちいち上司に確認する必要はなくなるでしょう」。
従来の軍隊組織においては、全情報に通じているのは幹部のみであり、命令と共に必要最小限の情報が提供されていた。だが、パワートゥザエッジ・モデルでは、誰もが情報をすぐに利用可能な状態に置かれる。マクリスタル氏は「TEAM OF TEAMS (チーム・オブ・チームズ)」の中で、「私たちは最小ユニットの行動様式を考察し、これを 3 大陸にわたって広がる数千名から成る組織へと拡大させる方法を見出した」と記している。「こうして私たちは“チーム オブ チームズ”と呼ばれる形態になった。通常であれば小チームでしか持ち得ない機敏性を、大々的に取り込んだ大型の部隊だ」。
情報化時代が、軍隊や建設業界といった大型機関で大幅な変革を促進していることは明白だ。だがこれは上層部から実際の業務が行われる現場 (エッジ) へ権限を移動させる、根源的なパラダイムシフトの一端に過ぎない。ハウウェル氏は、こういった動きは良い方向に進んでいると考えている。「パワーをエッジにもたらすことで、私たちはコミュニティとして最良の形となります」。