パリへ再び平和を: 設計事務所スノヘッタがアートと科学を融合
建築とは機能することが求められる芸術であり、ときには象徴として機能する必要もある。フランスの日刊紙ル・モンドが新本社屋のデザイン検討を行っていた当時、パリは人々に大きな衝撃を与えたシャルリー・エブド襲撃事件の動揺に包まれ、痛々しい感情が支配していた。パリ解放後の 1944 年、フランスの新たな意見の代弁者となるべく創刊されたル・モンド紙は、結束のため、今一度立ち上がる必要があった。
ノルウェーを拠点とする建築事務所スノヘッタ (Snøhetta) は、ノルウェー文化の優れた側面であるオープンさと公明性の概念を強調し、レンゾ・ピアノやマニュエル・ゴートランといった巨匠を抑えて、この案件を獲得した。ル・モンドは構造上の制約を鑑みて、空間を隔てた 2 棟のタワーをリクエスト。スノヘッタの提案は、人々の団結を象徴する橋で 2 棟をつなぐものだった。この創造力に富んだアプローチは、フランス社会に表面化した分断を乗り越えようとするものであり、それが案件の獲得を決定付けるものとなる。
芸術性の高い社会的象徴性が功を奏したとはいえ、そのデザイン構想の実現には、複雑なファサード システムの創造など、科学的手法を活用した徹底的な厳密さが必要だった。ファサードの作業に参加したエンジニア、ホーヴァール・ヴァスホーク氏は、ファサード エンジニア、建築家、ランドスケープ アーキテクト、インテリア アーキテクトが含まれた分野を超えるチームの一員だった。
「エンジニアとして、外観を重要な要素として考慮するのは非常に興味深いことでした」と、ヴァスホーク氏。「私は外観、芸術と科学の両方を反映したソリューションを実現することに関心を持っており、物理学的な論理や科学を排した単なる外見の美しさは、少し退屈に思えます。両方の思考を、頭の中に同時に持っておきたいのです」。
多岐に渡る分野を統合するため、スノヘッタは「トランスポジショニング (ポジション転換) 」と名付けた戦略を採用している。これはチーム メンバーが、プロジェクトについて役割を入れ替えて討論することを促すものだ。「エンジニアであれば、ミーティングではエンジニアとして考え、エンジニアリングに関する議論を行うでしょう。そう、重力のことばかりです。とにかく重力の重要性を皆に力説するでしょう」と、ヴァスホーク氏。だが、トランスポジショニングを用いることで、チーム メンバーは、デザイン アーキテクトであれクライアントであれ、異なる立場から別の視点で考えるようになる。つまり、エンジニアも重力のことだけでなく、通りからのビルの見栄えや、そこで毎日働く人の気持ちなどについても考慮するようになるかもしれない。
こうした分野を超えたコラボレーションにより、スノヘッタは外観の美しさを高め、さまざまな透明度とモザイク効果を提供する、エンジニアリングの極致ともいえるファサードを持った魅力的なビルをデザインした。
スノヘッタは、デザイン決定の要素は常に高潔な概念に存在するわけではなく、例えばビルをどう清掃するかなど、ありふれた考察から生じることもあることを理解している。「どうすれば外壁を内側から清掃できるのか、ガラスを内側から掃除できないスラブの末端はどうするのか、といったことについて検討しました。他の箇所より掃除回数が減るため、少し汚れた感じになるかもしれません。そこで、ファサードの場所によって異なるガラス素材を使うことにしました」と、ヴァスホーク氏。
スノヘッタは、建物内の人が見事なパリの景色を楽しむことができ、このビルを通りから眺める人が新聞社内の仕事ぶりを伺い知ることができるよう、このビルに透明性を生み出すことを目指した。「フランス人の記者がニュース記事を書く際には、外を眺めてパリの街に目をやるでしょう。5 階からはエッフェル塔が見えますよ」と、ヴァスホーク氏。
“フランス人の記者がニュース記事を書く際には、外を眺めてパリの街に目をやるでしょう。”— ホーヴァール・ヴァスホーク氏
セキュリティと実務上の問題から、ビル デザイン全体を透明にすることはできない。その一例が床スラブで、スノヘッタは「最適化透光性」と呼ばれる技術を採用している。これは 4 層のプラスチック フィルムを、厚さ 6mm のガラス パネル 2 – 3 枚で挟むことで実現する効果だ。「ガラス、プラスチック、プラスチック、プラスチック、プラスチック、ガラスの順に重ねられています」と、ヴァスホーク氏。「パネルの一部は反射フィルム層で、透けて見えないようになっています。外側から太陽の光が差し込むと反射パネルに空が映るので、ビルの内部は見えないのです」。
スノヘッタは最適化のため、できるだけ少ない材料で複雑なファサード システムを実現することに取り組んだ。異なるパターンの 3 – 4 種類のガラス パネルをプラスチック フィルムと組み合わせて使用し、さまざまなレベルの透光性、透明性、不透明性を実現している。「3 – 4 種類の材料をさまざまな組み合わせで使い、ファサードにランダムな構造やパターンを付加しました。また床スラブの前面には、ビルの構造が目立たなくなるようプラスチック フィルムを使用しました」と、ヴァスホーク氏は話す。
ビルの芸術的概念において最も重要な透明性とオープンさを持つファサードを生み出すため、スノヘッタはさまざまなテクノロジーを用いて、ランダムなパターンと異なるレベルの不透明性を外観に実現した。バーチャル リアリティと 3D プリントの使用に加えて、チームは自らが求めるものを実現する独自のツールも作成した。
「プロセスに、コンピュテーショナルな手法でアプローチしました。簡単に言えば、入力パラメーターに基づいてパターンを生成するスクリプトを作成したのです」と話すヴァスホーク氏は、スクリプトの作成に Autodesk Dynamo を使用している。例えば記者が仕事をする場所には 60% の透明性が、また床スラブが配置される場所には完全な不透明性が望まれた。「スラブ末端の前面には透明度 0% のパネルを使用し、不透明な材料でランダムなパターンが得られるようにしました。これが入力されるパラメーターとなります。床スラブの正面は、ある程度のニュアンスを生み出すため、不透明度 33% のパネル、不透明度 66.7% のパネルと、さらに何枚かの透光性パネルを組み合わせました」と、ヴァスホーク氏は話す。
望み通りの効果の実現に重要だったのは、テクノロジーのみに頼らず、人間の直感を無視しないことだった。コンピューターで生成されたランダムなパターンは、パリの現場に設置されたフルサイズのセクション モックアップとして、事務所の主任建築家たちの審美眼に曝された。スノヘッタの共同設立者であるシェティル・トレーダル・トールセン氏は、モックアップを確認すると、パネル間の縦のラインが目立ち過ぎており、チームが求めるランダムな効果が弱められていると懸念を示した。そこで、ヴァスホーク氏とイタリア人エンジニアのルカ・バルガーリ氏は、デザインを製図テーブル (正確にはプログラミング テーブル) へと戻す。彼らは協力して、外観景観の意図に合致するよう、スクリプトによりランダムなパターンが生成される方法に変更を加えた。「デザイナーからの意見に基づいて、スクリプトの動作を変更しました。パラメーターを変更し、実行して、美がその姿を現す様子を眺めるのです」と、ヴァスホーク氏。
作品の中で、芸術と科学の隔たりを極めて優雅に埋めることにより、スノヘッタは現代世界の対立を乗り越える寛容さと公明性の時代の到来を願う、ル・モンド新本社屋の並外れたデザインを達成した。その高遠な目標はすぐには実現されないにしても、スノヘッタは少なくともそこで働くスタッフにとっての素敵な空間と、パリ市民社会の構造を向上させるビルを生み出したのだ。