工学院大学のチームが新車両Eagleで目指す世界最速のソーラーカー
オーストラリア本土の約18%を占める広大な砂漠を、最先端のソーラーカーが疾走するブリヂストン・ワールドソーラーチャレンジ (BWSC)。日中は摂氏45度近くにもなるアウトバックを北部のダーウィンから南部のアデレードまで縦断するこのソーラーカー レースで、工学院大学のチームが4度目の挑戦にして悲願の初優勝という、熱い目標に向けて突き進んでいる。
ソーラーカー レースは、工学系の学生が参加する競技として世界的に人気が高い。工学院大学工学部 機械システム工学科の濱根洋人教授も、米国の大学へ勤務していた際に、世界のトップ大学による熱い戦いを目の当たりにしてきた。その濱根教授が監督を務める工学院大学ソーラーチームは、プロジェクトの理念に「50年後の未来を考えた地球の持続的利用」を掲げ、2009年 8名のメンバーでスタートを切った。
その後、秋田で開催されている国内最長のレースであるワールド・グリーン・チャレンジに 2012年から隔年で出場し、4回連続での優勝を継続中、また、2013年から出場しているオーストラリアで隔年開催される世界最高峰のレースであるBWSCでは、2015年にOWLと名付けた車両で参戦したクルーザークラスで準優勝を果たすなど、チームは順調に成果を挙げてきた。自動車業界の変革期を迎えた現在、300名超の規模にまで拡大したチームのメンバーたちは、100年後の未来へ貢献する研究者やエンジニアを目指す。だがBWSCで世界No.1になるという当初からの目標も、今も変わらず見据えていると濱根総監督は語る。
このチームに集まってくるメンバーは、そのバックグラウンドや方向性も多岐にわたる。ソーラーチームに入ることを目的に入学してくる学生がいる一方で、チームに入ってから自動車について深く学ぶようになった学生も多い。機械工学専攻の大学院2年生、相原創治氏も「自動車を運転すること自体は好きでしたが、以前は内部構造などにはそれほど興味がなく、最初は自動車のことが全然分からず苦労しました」と語っている。
勝つための車体に隠された最新テクノロジー
ソーラーカーのレースは、限られたエネルギーを効率よく使うため、軽量化と空気抵抗の低減を実現する車体デザインがポイントとなる。BWSCの場合、現在のルールで空気抵抗の削減に有利な車体の形状は、細長いモノハル (単胴型) か、コンパクトなカタマラン (双胴船型) のいずれかとされる。工学院大学ソーラーチームが2019年6月に発表した新車両Eagleでは、従来作ってきた個性的な形状ではなく、保守的とも言えるモノハルが選択された。これは「勝つ」ための安定性を重視した決断だという。
協賛企業の支援により、車体には超軽量かつ超剛性のカーボンファイバー素材を使用。デザインは自然模倣による最適化を行い、新車両の名称ともなっている鷲のくちばしを模したノーズ形状で空気抵抗を最適化している。またレース中の発電が有利に行えるよう、鷲が翼を閉じた形状に宇宙用太陽電池をレイアウト。低燃費と安全性を高次元で実現するソーラーカー専用タイヤや、特製モーターなども使われている。
企業支援を受ける一方で、大半の機構は学内で設計・製造されている。市販されているバイク用サスペンションを購入して使うチームもある中、工学院大学ソーラーチームは学内に多数用意されている旋盤やフライス盤などの工作機械を使って、特殊なパーツなども自ら制作。また駆動源となるモーターも、抵抗を抑えるため、メンバーが12日間かけて手巻きしているという。
こうした努力全てが、世界で勝つためのものだ。「ねじひとつにもこだわって、頭を削ったり、プラスチックに変えたりしています。ただ買ってきただけの既製品では世界に勝てないからです」と、濱根監督。アルミを削って作ったロッドからCFRP (炭素繊維強化プラスチック) に変えるなど、それで減らせるのが数gであっても、妥協せずに作業が行われる。
また、オーストラリアの荒れた路面に対応するために、市販車両でも実現が難しいとされるハイドロニューマティック・サスペンションをわずか半年でオリジナル開発。油圧式の4輪操舵システムを開発した際には、軽量化のためロッドの設計にFusion 360のジェネレーティブ デザイン機能を活用した。
ドライバーも務める工学院大学 大学院 機械工学専攻1年の早川雄大氏は「最初はトポロジー最適化で軽量化しようと思っていました」と語る。「しかし、部品をレイアウトする際に避けなければいけない形状があったので、ジェネレーティブ デザインの自由に形を作れる長所を利用して設計をしました」。最終的なパーツは、こうして得られた形状を参考にして切削加工が行われ、当初のブロックと比較すると89%もの重量削減を達成している。
「Fusion 360を使ったのは、工学部機械システム工学科の見崎先生の記事を読んだのがきっかけでした」と、濱根総監督は語る。「Eagleは尖ったロケット型をしているので、設計空間が非常に狭いんですね。ソーラーカーでは強度でなく剛性と軽量化が重要なので、その最適化を Fusion 360を使ってやってみようと考えました」。
各パーツを自分たちの手で作る際には、設計データから切削パスと時間をシミュレーションできるFusion 360のCAM機能も活用。「エンドミルの入り方など、手作業で培ってきたさまざまなノウハウがあるので、それをさらに最適化した形で使うことができました」。その結果、必要な時間が1/13にまで短縮されたという。また、車両の完成イメージも、レンダリングを利用してリアルなCGを作成。その画像が、車両公開時の発表会でも活用された。
2017年には、工学院大学の八王子キャンパス内にソーラービークル研究センターが設立された。「ここで22名の先生方に将来の電気自動車やその他の車両、材料の研究をしていただき、大学の研究として売り出していくことを考えています」と、濱根総監督。「また、企業とのコラボによって、これまでにない要素を使って車を作ることを世界にアピールすることも目的にしています」。
工学院大学ソーラーチームには、先進工学部、工学部、建築学部、情報学部の4学部全学科から、国内最大の388名が参加。リーダー、レース責任者のもと、技術部や運営部、財務部で構成された組織で、技術以外の企画や広報、財務も学生自身が行っている。スポンサー集めから社会貢献活動、さらにはパンフレットの作成まで、それぞれのポジションで役割を果たしているという。
10月13日からの本戦に向け、既に8月中にソーラーカー本体と物資が船便で発送されており、9月下旬にはメンバーがオーストラリアへ出発する。「レース中、メンバーは砂漠でキャンプすることになるので、その準備に追われています」と述べるのは、工学部 機械工学科4年の村田愛美氏。飛行機の予約から日程管理、現地での各人の動き、さらにホテルの部屋割や食事のメニュー、給油場所まで、全てのマネジメントが学生に委ねられる。「約40人が、長い人では 1カ月間以上も現地に滞在することになるので、それを管理する必要があります」。
「海外チームのスピリットは凄いので、彼らと戦うことで学生も刺激を受けると思います」と、監督。「オランダのチームは、軍の協力を得てサバイバルトレーニングを受けるところから始めていますから (笑)。学生には、自分が居心地の良い場所を見つけて、でも世界に勝つために、そこでプロフェッショナルを超えることをやるようにと伝えています」。
「2年間の中には、どうしてもチームの波があります」と、村田氏。「そういうときに高い目標があると、改めて世界一を目指そうと気持ちを持っていけます。サポート企業様や大学にも支えていただいているので、その期待に応えたいと思っています」。