工学院大学が取り組む、製造・建築の各分野における 3 次元教育の現場
130 年以上の歴史を誇る工学院大学は、開学以来、産業界の第一線で活躍する専門技術者の養成に特化してきた。現在は 4 学部 15 学科を擁する工科系総合大学として、幅広い分野における専門技術者を育成。もともと企業と共同研究などを行いながら実践教育を重視してきた同大学だが、現在の産業界における「ものづくり」を取り巻く劇的な環境変化に伴い、3 次元 CAD を活用した、より先駆的な教育が各所ではじまっている。
工学院大学工学部機械システム工学科・准教授の見崎大悟氏は、機械工学分野でロボットなどの研究を長年続ける中で、エンジニアが作りたいものと市場のニーズが必ずしも一致しないことを実感するようになってきたという。「従来の CAD や設計の分野は、工学的な知識と、その実践という形で最適化設計などを目指していたのですが、それだけで社会の課題解決や“人間が本当に必要なものづくり”ができるのか、という疑問がありました」と、見崎氏は語る。
一方で、2000 年代半ばから“パーソナル・ファブリケーション”の動きがはじまり、この十数年でコンピューターによる自動化も進んできた。3D プリンターやレーザーカッターを使って、専門家ではない人たちがものづくりを行うことも珍しくなくなっている。見崎氏は、早くからこの流れに着目。アナログからデジタルへと移り変わるこの時代に、「ものづくりをする人をどう育てるか」を問い直し、時代の変化に大学教育も対応していくべきだと考えるようになる。
直感的に操作できる 3 次元 CAD でデザイン・設計を習得
見崎氏は、これまでの設計教育では融合することがなかった文系・理系の学生たちを集めて、一緒に課題解決を目指すワークショップなどにも取り組んできた。そうした場に不可欠なのが 3 次元 CAD なのだと明言する。
「直感的に操作できる 3次元 CAD を使うことで、課題解決の方法を検討したり、他の人とアイデアを共有したりすることが、とてもわかりやすくできるようになりました。この段階では 3次元 CAD は必要ないという意見を持つ方もいますが、機械の性能だけでなく直感的な感性も必要とされる現在では、エンジニアを目指す学生にとって 3次元 CAD を学んでおくことが重要だと実感しています
見崎氏がこう断言する背景には、2015 年に自身がスタンフォード大学へ留学した際に、同大学の「d.school」でデザイン思考を用いた教育を目の当たりにし、それがイノベーションのための重要な要素だと痛感したことがある。
「既存の工学、設計教育のカリキュラムにデザイン思考を取り入れることは、そう簡単なことではありません。3 次元 CAD を使うことで、ユーザーの課題を汲み取って製品に落とし込んでいくプロセスが多くの人に開かれていくのは良いことだと思います。3 次元 CAD の使い方を教えることも大事ですが、それを使ってどうユーザーの課題に対してデザイン (問題解決) できるか、ということの方が重要で、そういった場を提供することが本来の大学の役割であると考えています」。
見崎先生の研究室にはさまざまな 3D プリンターが所狭しと並ぶ。大学院生の百木宏之氏はそれらを使い、さまざまなものづくりを試行してきた。
「大学に入ってロボコンに参加するようになり、ものづくりに初めて取り組むようになりました。大学 1 年次にはフライス盤、旋盤などの工作機械を実習で学ぶのですが、それよりも 3次元 CAD を使うことでものづくりの感覚が身についたと感じています」と百木氏。「(Autodesk) Fusion 360 は昨年の春から使い始めたのですが、クラウドベースなので他の人が途中まで作ったモデルを引き継いだり、共有したりすることも簡単ですし、サーフェス モデルとソリッド モデルを行き来できたりするのもすごいと思いますね」。
働き方改革にも貢献する BIM の教育
一方、建築学部ではこのところ BIM (ビルディング インフォメーション モデリング) の重要性が高まってきている。建築学部教授の遠藤和義副学長は「日本に“BIM”という言葉が入ってきた頃は、とにかく派手で奇抜な形の建物をつくるツールだということが強調されていました。しかし、実際には BIM にはそういった 3 次元の造形ができる側面とともに、“部品個々に「情報」を持つことができる”という重要な側面があります」と語る。
「従来の CAD は、コマンドを利用しながら便利に図面を描くことができますが、あくまで“線”と“文字”の集合体、手描きの延長です。BIMは、3 次元部品を組み合わせてモデルを作ります。部品は単なる“3 次元形状”ではありません。部品には、種別、規格、仕様等々の「情報」を持たせることができます。BIMは“3 次元 + 情報”の集合体であり、データベースなのです。だから、設計、施工、維持管理まで、広い範囲で活用することができます。BIM は、建物ライフサイクル全般で活用できる守備範囲の広い道具であり、建築ワークフローそのものなのです」。
現在、同大学で Autodesk Revit の演習授業を担当している日本設計の岩村雅人氏は、「日本における BIM は、世界の BIM 先進国と比べると実践も教育も遅れを取っています」と語る。
「BIM 先進国では建築主が BIM で設計することを委託条件として提示し、条件を受けた設計者が BIM 実行計画書を作成して、双方で内容の合意をしてから業務を始めています。では、なぜ建築主側から BIM 指定をするのか? それは建築主が BIM のメリットをよく理解しているからです。設計与条件への適合の確認、コスト・数量の妥当性の確認、維持管理段階で活用など、さまざまな目的に役立てるために BIM を指定しています。何のために何の情報を持った BIM モデルを作らせるべきかを分かっており、そこは日本の現状とは差があります」。
「これは BIM を使う設計者、施工者にも言えることです。“形状”も“情報”も入れ込めば入れ込むほど良い、という話ではありません。そうしたモデルはデータが重過ぎて実活用に向かず、作成時間も莫大にかかってしまいます。BIM で可能なこと、守備範囲の広さをよく理解した上で、範囲と目的を定めて使うことが必要です。とはいえ“派手で奇抜な形の建物をつくる”のでは、BIM の範囲を随分と小さくしてしまいます」。
「建築生産の分野は、きわめて広い範囲を対象にしています。もともと、今回の演習は、建築生産全般を俯瞰する“構法”の演習です。範囲が広く、一方でそれぞれの項目が、ものづくり方法、もののディテールを学ぶという細かい理解が必要になる分野です。だからこそ、BIM が教育の道具として非常に役立ちます。演習を通じて BIM ソフトの操作方法を学んでいますが、それが一番の目的ではありません。“BIM を使うために BIM を学ぶのではなく、建築を学ぶために BIM を使う”という考え方です。この点が、これまでの BIM 入門書にはない視点で、この演習の優れた点だと自負しています。」
「Revit には、ひとつのモデルを同時に多人数で編集できるワークシェアリング機能があります。仕事で使うには、セキュリティ環境整備が前提にはなりますが、会社に居なくても、同じモデルにアクセスし、同時作業することができます。実際、職場では在宅勤務制度を取り入れていますが、BIM で作業する場合には、チームの一人が在宅作業しても、効率はほとんど変らないと感じます」と、岩村氏は続ける。「今回の演習では、サーバー環境等の都合でワークシェアリングの実習ができませんでしたが、今後はぜひ取り入れていきたい学習内容だと思っています」。
工学院大学で学べる、CAD/CAM/CAE が統合された Fusion 360、BIM モデルの作成に使用できる Revit は、いずれも同学が重視する「産業界の第一線で活躍する技術者の育成」に役立ち、今後の実務では必要となるソフトウェアだ。小さなものから大きなものまで、社会を支えるものづくり分野の未来を担う学生には、最先端のソフトウェアを学び使いこなすことで、これからの新しい働き方改革にも寄与していくだろう。