ハイパーループ技術をコスト効率に優れた方法で実現するスタートアップ企業
世界の航空交通量は、過去5年連続で増大している。それが意味するのは、飛行機による移動が好まれているということだろうか? 現実は、むしろその逆だ。空の旅の質や快適度、遅延、手荷物検査やロストバゲージ、略奪的とも言えるような価格設定、市街地から遠く離れた空港までのコストと長い移動距離に対して、利用者から寄せられる苦情は年を追うごとに増えている。
こうした不満から、利用者は飛行機に代わる実用的な代替手段を望むようになってきた。その選択肢のひとつとして、エンジニアや企業家、規制当局の注目を集めるようになってきているのが、飛行機を超える速度でチューブ内を走行する磁気浮上式高速鉄道、ハイパーループのテクノロジーだ。
ハイパーループ計画は、ハイテク、ハイコンセプトな分野で最も成熟を遂げ、豊富な資金を有するイーロン・マスク氏やリチャード・ブランソン氏などのビジョナリーたちに支持されてきた。そして今、スペインのZelerosが、オリジナルのコンセプトを逆転させた新たなハイパーループ構想を策定しようとしている。
Zelerosの共同設立者兼CMOであるフアン・ヴィセン氏は「さまざまなハイパーループ計画と、日本や中国で作られている磁気浮上式鉄道の分析を行いました」と話す。「問題は、車両に動力と浮力をもたらすため全線にわたってコイルを敷設する必要があることで、これがシステムのコストと複雑性を増大させることになります。そこで当社では、システムに動力を提供するコイルを線路でなく車両内部に収めました。車両は自律式で、それ自身で駆動、浮上を行えるため、インフラ コストはずっと低いものになります」。
重量を最小限に抑えつつ強度を最大限に高めるため、ZelerosはAutodesk EagleとInventor、ジェネレーティブ デザインにはFusion 360を使用することでデザイン プロセスを加速。その結果、磁気浮上システムに最適で、3D プリント可能な構造を生み出した。「ジェネレーティブ デザインを用いることで、重量を約30%軽量化して、強度は50%向上を達成しました」と、ヴィセン氏。
空の旅に対する利点
50-100名の乗客を想定してデザインされたZeleros Hyperloopの車両は減圧チューブ内を走行し、磁気により線路上を数mm浮上した状態で、最高時速約1,000㎞で走行可能だ。「地上で飛行機の速度を提供できます」と、ヴィセン氏は話す。
ハイパーループは電動式の交通機関であるため、車両自体は二酸化炭素を排出しない。これは飛行機と比較した際の重要な利点となる。
旅客機は空気抵抗を避けるため地上から9km以上の高さを巡航するが、この高度まで上昇するために膨大なエネルギーを消費して大量の炭素を排出する。ハイパーループの車両は、抵抗を減らすために数mm浮上するだけでいい。「この車両で、飛行機の1/4までエネルギー消費を削減できます」。
Zelerosは、現在提案されているハイパーループ デザインの中でも、自社の推進システムは独自性が高いと主張する。「他のハイパーループとの共通点もありますが、弊社のアプローチが最もコスト効率に優れ、より優れた乗車体験を利用者に提供するものだと考えています」。また、同社のシステムは高速鉄道や航空機など、より一般的なシステムで実証されているテクノロジーやコンポーネントを使用するようデザインされている、とヴィセン氏は話す。
サステナビリティだけでなく、Zelerosは安全性も重視している。利用者を守るため、特に停電により車両が立ち往生した際の対策として、加圧や推進力、ブレーキの各機能に対する数々の冗長システムを内蔵。ヴィセン氏によると、ルート上には一定間隔ごとに非常口を設けた引き込み線が設けられる予定だ。ルート上に停電が確認された場合、車両は引込み線に入り、復旧まで待機するか、大気圧の出口を通じて車両から乗客を降ろすことになる。
イライラのないスムーズな移動
ハイパーループの採用とその成功は、利用者の乗車体験がカギを握ることになるだろう。ヴィセン氏によると、乗車感覚は飛行機に良く似たものとなるという。車両が巡航速度に達すると、乗客は高速移動の感覚を失う。ルートは、できるだけカーブが緩やかになるようデザインされる予定だ。減速時は飛行機の下降や着陸時の感覚に似たものとなり、若干それよりもソフトになる (着陸時のような衝撃はない)。
視覚的な違いも明らかだ。窓のないハイパーループの車両は、一部の乗客に閉所感を与えるかもしれない。これは長距離路線でハイパーループが受け入れられにくい要因にもなり得るが、移動時間が30-60分程度の路線では強度な閉所感を感じる人は少ないだろうとヴィセン氏は話す。Zelerosは乗客の満足度を高めるようなエンターテインメント機能の開発にも取り組む。「スクリーンを提供し、チューブの外の様子を見ることができるようにすることも考えられます」と、ヴィセン氏。「利用者が仕事をできるよう、インターネット接続も検討中です」。
長距離路線においては、まだ飛行機移動がもたらす経済的なメリットに抗うことは難しいかもしれない。「でも500km から1,500km程度の中距離においては、ハイパーループが理想的な移動ソリューションとなるでしょう」と、ヴィセン氏。
「既に航空交通量が多く、人口の集中している主要都市の間をつなぐことに大きな可能性を見いだしています。例えば、バルセロナとパリの間です」と、ヴィセン氏。「EUでは飛行機の代わりに鉄道の利用を促進する一般向けのキャンペーンが既に行われていますが、高速鉄道は飛行機移動よりも高価になる場合があります。そうしたルートではハイパーループが意味を成してきます」。
ハイパーループの利用者は、空港までの余分な移動時間を省くことで、全行程を含めた移動時間をずっと短くできる可能性がある。空港は一般的に人口密集地域を避けて設置する必要があり、空港までの陸上移動は高額で時間もかかる場合が多い。それに対して、ハイパーループの駅は通常の鉄道駅のように市内中心部に設置可能だ。
その他の用途
Zelerosは、スペインのアルヘシラスや北ヨーロッパのハンブルク、ロッテルダムなどの港と、フランクフルトやトゥールーズの主要物流ハブを結ぶ、ハイパーループの貨物路線開発にも好機を見いだしている。
適切なアプローチが行われれば、ハイパーループのインフラ構築コストは高速鉄道建造と同程度となるとヴィセン氏は話す。チューブ建設の資金調達は比較的簡単な部分だが、多くの市場で困難なのは建設用地の敷設権と、チューブ下の土地の利用権の取得だ。これは米国で高速鉄道を行き詰まらせた問題でもあり、行政上の障害で、実務上の障害でもある。
「ハイパーループを鉄塔の上に敷設できれば、話はずっと簡単になります」と、ヴィセン氏。「チューブの下の土地を取得する必要すらなくなるかもしれません。このモデルは通信網のようになり得ます。電信柱を建てるための土地は借りることが可能です」。
Zelerosはヨーロッパのパートナーからなるコンソーシアムと連携してコンセプト作りと商業化、商品化を行っており、現在スペインのサグントに全長1.9kmの実験用線路を建設中。来年、車両の1/3スケール モデルを用いて、この技術の実行可能性を証明するための実験が行われる予定だ。
「弊社の技術を1/3スケールで立証し、すべてのシステムを統合してシステムを効率よく運用できることを、2020年までに実証することが目標です」と、ヴィセン氏。「それによって、恐らく2021年には、ヨーロッパ各国政府からフルスケールの実験用線路建設の支援が受けられるでしょう。2023年までには、実物大でのシステム検証を行えると考えています」。
Zelerosは2025年までに最初の貨物輸送ルートを、2027年までに初の旅客ルートを、それぞれ営利化したいと考えている。「物資輸送を成功すれば、乗客輸送を行う上で有利な立場に立つことができるでしょう」。