バイオニック マン: ヒュー・ハー氏が次世代のロボット義肢で前進する未来
ヒュー・ハー氏と会う際には、彼の姿が見える前に、彼の音を聞くことになる。
MITバイオメカトロニクス研究グループのカリスマ性を帯びたリーダー、ハー氏の両足には次世代の義足が装着されている。灰色のズボンの裾から辛うじて見える程度だが、踏み出すたびに電動ドリルにも似た、かすかな打撃音が生じる。その音は、テーマソングのような役割を果たす。ハー氏がMITメディアラボにある自身のオフィスに続くガラスと金属でできた階段を上ったり、講義中に壇上を動き回ったりする際に、ほんのわずかに聞こえるのだ。
彼の物語は伝説的だ。1980年代初め、ニューハンプシャー州ホワイト山地の登山事故で凍傷を負い、両脚の膝から下を失った際には、二度と登山はできないだろうと医者から告げられる。それを受け入れなかったハー氏は地元の機械工場で、ゴムと金属、木材によるカスタムの義足を作り上げた。かつての自身の足であれば滑り落ちたであろう足場でも活用できる小さな足と、切り立った氷の壁を登るのに使用するスパイクをデザインしたのだ。事故後の彼は、それまで以上に自信に満ちた登山家となった。
身体の一部の喪失を創造の機会に
自身の身体の一部を再設計するこのプロセスが、ハー氏に閃きを与える。2015年のAutodesk Universityカンファレンスで、彼はオーディエンスに向かって「身体の一部分が失われたことを、機会だとみなしました。何かを生み出すための、新たなパレットだと考えたのです」と話した。
この精神が、安易な分類を寄せ付けない、並外れた学問とキャリアへの道を開くことになる。彼はMITとハーバード大学で学位を取得し、のちにMITのバイオメカトロニクス グループのリーダーとなった。このグループは彼の指導のもと、研究界でも傑出した存在となっている。2011年、彼が人工装具メーカーBionX Medical Technologies (自身が装着しているBiOMの開発元) を立ち上げた年に、「タイム」誌は彼を“バイオニック時代のリーダー” [英文記事] と呼んだ。
広々としたバイオメカトロニクスの歩行テスト実験室を一望できる陽の当たる部屋で、氏がこうした栄誉について言及することはない。彼は自身の研究を、人間とマシンの間の期待はずれで凡庸な接点が生じる苦痛とフラストレーションに立ち向かう道徳的義務だと表現する。人工装具が装着者の身体に擦り傷やあざを付けることのない世界、四肢麻痺を抱える人々が再び歩けるようになるかもしれない世界へと通じる道なのだと考えているのだ。
「私個人の体験が、この世界のデザインの不完全さ、質の悪いデザインに起因する深刻な人間の苦悩を、明確に示すことになりました」。
この取り組みの重要なテーマは、効果的な支援技術は人間活動へインテリジェントに対応する必要があるという概念だとも表現できる。一般的な人工装具がどれほど進化しても、その繊細さに欠ける形態は、海賊が用いていた杭のような形の木製義足のそれと同じものだ。人体と義肢を適切にブリッジするには、義肢が装着者の意図を感知し、それに従って反応する必要がある。
生体とマシンのエレガントなハイブリッド
これが、義足足首BiOMのデザインの根拠となっている。炭素繊維とクロムからなる滑らかな一体成型の筐体には、センサーと回路がびっしりと詰まっており、ばねと小型電気モーターにより作動する人工の腓骨筋を制御する。装着者が階段を降りる際には、このばねが位置エネルギーを捉え、階段を上がる際に、モーターがわずかに後押しする。また、このデバイスは歩行速度や踵接地の角度などを計測し、一歩ごとに義足がどう動作すべきかを内蔵コンピューターが計算する。
その結果、肉体と骨で構成された実際のふくらはぎの機能を模倣する、生体とマシンのエレガントなハイブリッドが生まれた。これは、人工装具の分野では前例のないことだ。一歩踏み出すごとにBiOMは自然な足取りで装着者を前進させるが、こうした歩き方は従来の自動化されていない人工装具では再現できなかった。
BiOMのユーザーたちは、このテクノロジーについて熱狂的に語る。元海軍兵士のウィリアム・ギャズビー氏は、2007年にイラクでの奇襲攻撃で右足を失ったが、従来の義足への適応に長い間苦しんだ後、BiOMの使用をスタートさせた。彼は「Smithsonian」誌に「ハー博士は私のインスピレーションの源です」と語っている。「彼は、誰かが優れた装具を作ってくれればと、ただ他人任せにして待つのでなく、学位を取得し、自分を含む全ての人のために義足を作ったのです」。
だがハー氏の今後の展望においては、BiOMのような人工装具は、人間とマシンの広範で複雑な関わり合いに対する、ひとつの手がかりに過ぎない。ユニットは、それぞれが洗練された生体力学装置だ。ハー氏は「私の膝から下は、簡単に言ってしまえば大量のナットやボルトの集合体です」と話すが、その知能は状況に応じたものだ。BiOMはセンサーを使用して使用者の歩幅を検知し、それに応じて反応するが、装着者の神経系からは切り離された状態にある。
人間の神経系にデジタル接続されるセンサー
どんな職人よりも器用な手、どんなバレリーナよりも機敏な足をデザインするには、神経系とセンサーの間にあるギャップを埋める必要がある、とハー氏は話す。人間の神経系にデジタル接続される、新しいタイプのセンサーが必要なのだ。
MITのハー氏のチームは、それを完成させる幾つかのストラテジーを検討中だ。例えば期待の持てる手法のひとつに、人工のチューブを通じて神経を成長させるアイデアがある。電極を使用して神経系から直接インパルス (活動電位) を受信するのだ。
このギャップを埋めるのがどのような技術になるのかはさておき、ハー氏は、このコンセプトの長期的な実行可能性に関して楽観的だ。「要するに、末梢神経と情報をやりとりする方法が分かれば、数々の障害を解決できます」。
それは、ハー氏が思い描く未来の一部だ。その未来においては、人体、神経系、環境に関する極めて詳細なデータにより、各個人向けにカスタマイズされたオブジェクトのデザインが可能になる。「より優れたデザインは、人間についての極めて深い理解から影響を受けるようになります」と、ハー氏。「将来は人間全員が、自分自身をデジタルで表現した「デジタル肖像」を所有するようになり、デジタル化された人体を使用して人間が使うもの全てをデザインする、定量デザインのフレームワークが登場するでしょう」。
これは手強い技術目標だが、倫理的な目標でもある。それは、身体に障害を持つ全ての人々を、平均的な身体向けにデザインされた装具を使用することで生まれる焦燥感や不快感から解放するからだ。
ハー氏が椅子の背にもたれかかると、椅子は不意に後側に傾き、2本脚で支える格好になった。そして、いつの日か、「建築環境と我々人間の身体との間にシームレスな融合、つまり全てがうまく機能し、苦痛を与えず、深刻なフラストレーションを生じさせることのない世界」が生まれることを思い描いている、と語ってくれた。
本記事は、エディター/著者のトム・ウージェック氏、オートデスクによる書籍「The Future of Making」(ものづくりの未来) の一部を抜粋したものです。この書籍は、新興のテクノロジーとデザインの新たな手法が、ものづくりをいかに変化させるかを考察しています。