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より優れた病院設計を人間性とテクノロジーの融合で実現

ハイテク病室

ホームズとレイの社会的適応評価尺度によると、深刻な身体障害や疾病は、人間が体験する生活上の出来事のうち 6 番目にストレス度が高く、それ自体がストレスによる健康問題の原因となり得る。

入院生活は不快なもので、心の傷になることさえある。それを回避する方法は無いだろうか? 病棟スタッフが必要不可欠なケアを提供する以前に、スタッフにとって効率が良く、患者とその家族へ快適で癒しを提供する環境を生み出す病室をデザインすることは、建築家や設計者に与えられた課題だ。

厳密な安全衛生基準に適合させつつ、こうした目標を達成することは大きな挑戦になる。だがテクノロジーと患者へ提供できる治療の発達により、この体験をより人間味のあるものにする医療デザインの新たな傾向が生まれつつある。

より専門的な治療への転換

入院患者数の減少傾向によって、入院患者に、より複雑な治療が必要なことが多くなっている。ヘルスケア分野に特化した建築事務所 Smith-Karng Architecture の建築家兼オーナー、スー・スミス氏は「患者治療は、原則的に外来を対象として提供されるようになっています。顕微鏡下手術の登場により、治療がより洗練されたものになっているためです」と話す。「そのため入院患者の症状は、より重いものになり、病室にはより多くの特殊装置が必要です」。

新しい病室設計は、より柔軟である必要がある。また、イメージング装置や診断装置の設置に十分な広さも必要だ。「患者に臨床検査やイメージング、透析などを提供する必要があります」と語るスミス氏の事務所は、装置メーカーと密に連携して Autodesk AutoCAD のブロックを入手し、装置の正確なサイズと安全距離を設計に組み込めるようにしている。

快適 病室
医療のニーズに応えることは最重要だが、その一方で患者へ快適さを実現する小さなステップが、非常に大きな効果をもたらす

また最近は医療装置や非常口など、病院から連想されるさまざまなものを隠さないようになってきているという。「現在は、提供する治療に対してより高い信頼を得るため、装置を患者から見えるようにするべきだという考えになっています」と、スミス氏。「それに医療装置を隠すと、それだけスタッフが扱いにくいものになることは言うまでもありません」。

患者の精神衛生の管理には注意が必要だ。入院患者にとって非常に辛いのは、看護師は病室を忙しく出入りしているが、自分は難解なケア システムに翻弄され、何もコントロールできないと感じることだ。患者が自らの環境の支配を取り戻せるデザイン ソリューションの考案は、それが些細なことであっても、患者としての体験の向上につながる。

OCULUS Architects でシニア ヘルスケア アーキテクトを務めるシアジュン・リン氏は「患者が病室の照明をコントロールできるようにすることで、周辺空間との関わりを実感できます」と話す。これは明暗をコントロールできる照明器具と、照明とブラインドの両方をコントロールできるリモコンで実現できる。「携帯端末を使用した照明やエンタメ装置などの機器のコントロールが流行しつつあります」と語る彼女は、こうしたコントロールを患者の手へ渡すべく、電気技術者や照明製品の代理店と密に連携している。

治療の提供と感染の防止が、患者の充足感と快適さの根底を成す、最も重要な要素だ。その実現には、スタッフの視点に基づいた設計が最も重要になる。「原則として、安全衛生の要件を満たすことが必要です」と、リン氏。「目標は患者の回復と、その時間の短縮です。病室は、治療を提供するスタッフにとって機能的でなければなりません。感染対策も、常に重要な関心事項です」。

A pair of VR hands in a mockup of a medical room.
VR によるモックアップは、既存の医療機関の運営を妨げることなく再設計する際に活用できる [提供: Micke Tong]

バーチャルからリアルへ

リン氏は VR を使って病室のモックアップを作成し、新たに設計した病室を看護師が体験して、空間内の行き来や使い勝手に関するフィードバックを提供できるようにした。「バーチャル モックアップは、現在運用されており、物理的なモックアップが作れない病院には特に有益です」と話すリン氏は、OCULUS 参加以前に取り組んだプロジェクト、Kaiser Permanente Oakland Medical Center を例に挙げる。「施工会社は VR モックアップを活用して、施工中のビルが設計者の意図通りになっているかを確認しました。設計者の意図が実際に機能するかどうかの検証にも役立ちました」。

感染対策のデザインの多くは、安全衛生基準で定めらたものだ。例えば洗面台は、看護師が出入りの際に毎回手を洗えるよう、扉の近くの位置が望ましい。もうひとつの基準要件は、病室内の気圧を下げ、菌を含む空気が廊下へ拡散しないようにすることだ。

だが基準要件へ適合するだけでなく、病室をスタッフにとって優れた構成にすることには、いまだに設計者次第の部分が多い。「看護師の動線を妨げることのないよう、また医療ガスがすぐ手の届くところにあり、医療廃棄物用のゴミ箱をうまく配置しておくことが必要です」と、リン氏は話す。彼女はプロジェクトの計画段階と、プロジェクト完了後のスタッフとのミーティングで意見を収集する。「施設利用者満足度調査で、建設後に病室が実際にどのように使用されているのかを調べることで、デザインを向上させる方法を理解できます」。

A modern hospital room with ample space and light.
最新の病室設計では、看護者である家族のための空間の重要性が強調されている

看護者のケア

デザイナーが考慮すべき、もうひとつのグループが患者の家族や友人たちだ。「Healthcare Design」誌には、「家族が看護者となることのメリットが研究によって続々と確認されており、より良好な予後と入院期間の短縮を実現している」と書かれている。

家族は、ときには病室で数週間を過ごすことになるが、指定された「ファミリー ゾーン」 (窓のそばに設けられることが多い) に留まることを余儀なくされる場合もある。「大抵の場合、家族の日夜の居場所はソファベッドになります」と、リン氏。「電気技術者と連携して、ファミリー ゾーンには必ずインターネット接続と電源を提供しています。患者のそばで、家族がテレワークで仕事をすることも多いからです」。

仏教家で配慮を持った終末期医療の先導者でもあるフランク・オスタセスキー氏は、自著「The Five Invitations: Discovering What Death Can Teach Us About Living Fully」の中で、次のように書いている。「病院は苦しみを引き寄せる磁石だ。多大なる肉体的苦痛、恐怖、不安、その他の不快症状に満ち溢れた環境なのだ。スタッフは治療の技術的な細部に気を取られ、患者の苦しみと、それをどうすることもできない無力さに困惑することも多い」。

入院生活が完全にストレスフリーになることはないかもしれない。だが、VR などのツールの使用、スタッフへのインタビュー、施設利用者満足度調査、エンジニアや装置メーカーとの緊密な連携により、その体験が患者全員にとって、より良いものとなることを設計者は目指している。

 

著者プロフィール

タズ・カトリは LEED 認定を受けた建築士。自身の Blooming Rock ブログやその他の刊行物で建築に関する著述も行っています。

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