パーソナルな3Dプリンターで目指す未来のビジネスのデザイン
ニューヨークのパーソンズ美術大学でインダストリアル デザインを専攻していた加藤大直氏は、卒業を間近に控えた時期に、自身の過去の作品群が誤って処分されていることに気づく。その失われた作品を3Dプリンターを使って再現しようと考えたことは、新たな未来へとつながっていた。
3Dプリンターは、当初寄せられた過度の期待と、その後にやって来る幻滅期を乗り越え、医療や食物から美容、建築、建設へとさらに広がりを見せている。それは日本国内でも同様で、3Dプリンター本体と関連サービス、造形材料を合わせると、2020年の国内市場は700億円規模と予測されている。
だが、その後日本における個人用3Dプリンターの発展に多大な貢献をすることになる加藤氏が、10年前に自身のポートフォリオの再現を考えた時点では、低価格なモデルでも価格は300万円以上。それでは機能面にも不足があったことで、自らの手による製作を決意することになる。
「機械への興味より、自分で3Dプリントしたいという気持ちが強かったですね。家にインクジェットプリンターがあって印刷するのと同じ感覚で使える、パーソナルなものが欲しかったんです」。
さらに加藤氏は3Dプリンターの開発過程で、英国バース大学のエイドリアン・ボイヤー博士が立ち上げたオープンソース型3DプリンターRepRapとそのコミュニティに触れることとなる。第3の産業革命とも呼ばれる「メイカーズ」の背景となった環境をリアルタイムで経験したことが、後の活動にも大きな影響を与えた。
卒業後、現地で就職した建築デザイン事務所で働き、夜はマンハッタンの自宅で3Dプリンターを作るという生活を経て、帰国後にRepRap Community Japanの共同発起人となる。その有志と開発したオープンソースの小型デスクトップ3Dプリンターatom 3D Printerを、国内で初めてMaker Faireの名で開催された「Maker Faire Tokyo 2012 Tokyo 2012」で発表するなど、日本の3Dプリンター業界にも多大な貢献をもたらし続けてきた。
そんな中で、重要なキーワードのひとつとなったのが「オープンソース」だった。加藤氏は、「オープンソースには、日本の文化と異なる背景がある点を理解することが重要」だという。米国や欧州にはシェアマインドがあり、何かを作ったらそれを公開するし、それに対するきちんとした批評も存在している。その“シェアリズムがあってのオープンソース”ということが、日本では一般に理解されにくいのだという。
「ハードウェアやソフトウェアなどをオープンにする理由は、それを皆でより良くしていくことに賛同する人が、貢献できることにあるんです。クラウドソーシングも同じで、例えばKickstarterも“こんなに面白いものを作ったから、製品化するという夢の実現に協力してほしい”というのが本来のスタンス。それにお金を出してサポートするから、製品が出来たら送ってもらうという流れです。それが単なる購買になってきているのが残念なんですよ」。
起業を経て目指すこと
2013年になって、氏は合同会社Genkeiを設立。起業に際しては日本独特の文化の壁に悩まされることも多かったというが、Atom 3D Printerの組み立てキットや建築・インテリア用に各軸1mの大きさまで3Dプリントが行える超大型プリンターArki、昨年末に発表された最新の高性能・低価格なLepton2まで、さまざまなハードウェアを発表してきた。
「手に入る3Dプリンターが無かったから、それを作り始めた」という加藤氏が、その後も作り続けたのは、デザイン側の人間はだれもやっていなかったからだという。「製造業をやっていて3Dプリンターに手を出すケースは多かったのですが、やり続ける人はほとんどいなかったんじゃないでしょうか」。
加藤氏はデザイナーとして活動する一方、人間の六感とデジタル融合させる研究・製作活動も行っている。講師を務める東京藝術大学ではAutodesk Fusion 360を使って授業を行い、自社製品のデザインにも活用している。「これまでいろいろなソフトを組み合わせてやってきたことを、学生がFusion 360だけでできる。ここまでシンプルになったら、教えることに集中できます」と、加藤氏。
「最初にやりたいことがあっても、大抵は工程が複雑すぎて、それがうやむやになってしまいます。私自身も、自らの大学時代の作品も結局は再現できず、3Dプリンターを作ることが作品になってしまったようなものですよ (笑)」。
Genkeiで携わっている業務でも、同様のフォーカスが実現されている。Fusion 360によって作業効率が向上した結果、デザインとそれに加わるコンサルティングに、より注力できるようになったのだという。そんな加藤氏が次に取り組んでいきたい方向性は、ハードウェア&ソフトウェアを含めてトータルでコーディネートし、単にソフトを教えるだけでなく、本来やりたかったことを実現できる環境作りだ。
「たとえば、グラフィックデザイナーや、グラフィックしか扱ったことのない人にとって、3Dは手の出せないもののように考えがちですし、3Dで製造業に携わっている人たちは製造以外の領域に手を出せないと思い込みがちなんです」と、加藤氏。「でも、ほとんどの場合、みんな他のことをやりたいとも思っているものなんです」。
「そういう人に向けてハードとソフトをくっつける、あるいは彼らがやっている領域と別の領域をくっつける、グミのような役割を果たしたい。そうすることで新しいバリューが生まれてきたり、新たに取り組むことが見つかったりするんじゃないでしょうか。それを抽出できるのが、僕らの強みだと思っています」。