デザインの未来: ビッグデータが従来のデザインとものづくりを一変させる
データとテクノロジーは、これまでもデザインとものづくりの原動力となってきた。
木の枝にくくりつけられた石は、やがて金属製のハンマーとなった。階段ピラミッドは、真のピラミッドへと発展。製図台はコンピューター画面に取って代わられた。
こうしたイノベーションのいずれもが、ある共通するものを源としている。それは人間の洞察力と創造力だ。そして、それに続く進化も全て同じ源から発している。情報を収集して学び、設計し、そして構築や製造を行い、運用して、それをまた反復する。
もちろんデザインとモノ作りは人々が求め、想像し、欲するものから生まれている。あるいは、単に改善を必要とするものから。人類の共同体としての知識、つまり失敗から教訓を学び、データを集め、新しい技術を取り入れ、教育し、文書化することは、それが荘厳な建造物であれ、人生を一変させるような製品であれ、世界を決定付けるストーリーであれ、あらゆる偉業の原動力となって、こうした成果に影響を与えてきた。
だが未だに、最終的には不活発な結果に終わることも多い。モノが構築、構成、製造されて、それで終わり。改善は次のバージョンにならないと生じない。
しかし今、デザインはデータとテクノロジーの転換のまっただ中にある。ビッグデータは、収集されるデータの量と多様性、収集速度のおかげで得られる、人間による他に類を見ない洞察の集積だ。そして好むと好まざるとにかかわらず、今やビッグデータは世界を制している。デザインとものづくりのための集合的な洞察とデータは、従来のように私たちの脳から直接飛び出してくるのではない。いまやスマートフォンや路面の交通センサーからFitbitまで、全世界で、そして私たちが持つ「もの」全てから生まれるのだ。
このビッグデータを、より良いデザインとものづくりに利用することは本当に可能なのだろうか。またこれほど膨大な量のデータにより、デザイナーがゼロから設計し直すことなく、製品や建造物がその機能を自ら向上させアップデートすることが可能になるのだろうか。一言で言えば、その答えはイエスだ。コネクションの時代とデザインの未来は近づきつつある。その理由をここで紹介しよう。
データ収集は簡単だが、その意味の理解は別の話だ
ビッグデータの現在の姿が「ビッグ」だと考えているなら、この先を想像してみほしい。IoTや、つながるセンサーによる成長するネットワークなどの情報源から、さらに多くのデータが流入するようになる。こういったセンサーは、数え切れないほど多くの用途に使用される。温度や照度、動作などはそのごく一部だ。センサーは今や信じられないほど低価格になり、また結果として得られるデータをクラウドへ保存することも、同じく低価格になっている。そのため、ビッグデータの利用可能性も大幅に向上している。
だが現在のテクノロジーは、ますます保存されて行くデータのペースに、かろうじて追いつこうとしている状態だ。こうしたデータ点から本質を見極め、本当に役立つ何かを見つけることは、金属探知機を持って海岸を探索するようなものだ。
世界に関する十分なビッグデータを蓄積することができれば、そのデータを相互参照し、知るべきこと全てを「解明」できると考えている人もいる。過去のあらゆる知識をカタログ化したデータ内を「検索」しさえすればよいのだと。
だが、物事はそう簡単ではない。ネイト・シルバーが「シグナル&ノイズ」で論じたように、相関性と因果関係は必ずしも一致しない。「2つの変数が統計上の関係を持つからといって、それは一方が他方の原因であることを意味するわけではない。たとえば、アイスクリームの売上と森林火災には相関関係がある。どちらも暑い夏に数値が上昇するからだ。だが、そこに因果関係はない。ハーゲンダッツのサービスパックを購入したからといって、モンタナ州の雑木林に火が付くわけではないのだ」。
デザイナーとビルダーは、ものの意味とデータの使用方法を理解しておく必要がある。データと環境の背景を考慮してものを分析し、作成するべきだ。こうして生まれたものづくりは、次にさらなる洞察やデータを生み出し、フィードバックするようになる。これこそがコネクションの時代の要なのだ。
ビッグデータの未来 ― ビッグデータを用いてできること
世界がこのビッグデータを利用するようになることは間違いない。あらゆる場所で。だが、厳密にはどのように機能するのだろうか。
まず産業界や団体は、建造物、幹線道路、製品、ゲームといったものが、(彼らの予想に対比させる形で) 実際にはどのように機能しているのかリアルタイムで認知するようになる。同時にセンサーシステムは互いに集約され、情報と操作をつなぐようになる。性能に関する実際の情報を収集し、基準値を作成して、それ以降のデザインに反映させたり、即時に更新したりする。
新しいテスラのモデルSは、このアイデアの元始を具体化したものだ。周囲環境を認識するセンサーとソナーシステムに加え、ドライバーがウィンカーを作動させると空きスペースを検知して適切に車線変更を行うなど、優れたオートメーション機能を装備している。目を見張るような機能は別としても、テスラは、もの自体がその機能を向上させる製品の最前線にいる。ドライビング・エクスペリエンスの向上を何年も待ってから、全く新しいモデルを購入するという時代は終わった。テスラは自社の車両をインターネットに接続させており、ソフトウェア・アップデートを自動ダウンロードできるようにしている。一方、車両はセンサー情報などのデータをテスラにフィードバックする。この新モデルはまた、より多くのセンサー・データを返して、オートパイロット・システムに追加機能を提供できるようになっており、自動運転の可能性を促進させるものとなっている。
センサーシステムをそのフィードバックループのデザインは、今後オブジェクト自体のデザインと同じく重要になるだろう。デバイスやマシン、オブジェクト、ありとあらゆるものが、人間の手助けや指導を必要とすることなく、互いにコミュニケートし耳を貸すようになる。
もうひとつ、「ゼロからスタートすることなく」継続して機能を向上させる製品の優れた例として、新しいGEの風力タービンを挙げてみよう。この製品は風データを収集し、コンピューターに供給する。コンピューターのアルゴリズムが、性能向上に必要な事柄を究明する。これ自体はそう新しいコンセプトではないが、興味深いのはここからだ。このタービンは、他の全てのタービンとコミュニケートし、全体としての性能をも向上させるのだ。
パフォーマンスベースのビッグデータが蓄積される (保存され、カタログ化され、アクセス可能になる) と、デザインのアサーションを、性能の期待値につなげることができるようになる。つまり「このビルはこう機能するはず」ではなく、「このビルはこう機能することができる」となるわけだ。プロジェクトを提供するためにチームがどういった体系をとるのか、またどうやってその代価が支払われるのかも、それに応じて変化する。「性能に対する代金」が、「製品への代金」や「サービスへの代金」に取って代わるようになるかもしれない。
これは完全な経済の転換であり、ビジネスモデルの崩壊は避けられないだろう。たとえば米国連邦政府は、いくつかのプロジェクトを構築中だが、これらのプロジェクトでは、建築家と建設業者への代金の一部は、ビルがもたらす実際の省エネルギーと、設計時に示される省エネルギーの対比に応じて支払われる。
世界、さらには人類がますますデジタル化するにつれて、巨大なデジタル脳をうまく活用し、あらゆるオブジェクトに情報を提供し、向上させていくことが必要となる。人間の創意とデザインの未来へのひらめきに取って変わるものは何もない。だが、ビッグデータが、デザインとものづくりに対する実用的および創造力に富む選択肢を増加させるのに役立つだろうことは確かだ。