「Dancing With Robots」が示す、人間とマシンのリアルなパワー ダイナミクス
ロンドン・コンテンポラリー・バレエ劇場のダンサー兼振り付け師、ローズ・アリス・ラーキングス氏の紹介役であるブルック・ロバーツ=イスラム氏は、少しスケジュールに遅れが出ていると謝った。「ローズさんは、間もなく登場します」と、ロバーツ=イスラム氏。「今、ロボットと一緒にいるんです」
このロボット、正確にはヘビのような形になった、産業用ロボット KUKA Robotics LBR iiwa のペアは、彼女のミューズであり、ダンスパートナーでもある。
ラーキングス氏は、4 分間にわたる興味深いダンス パフォーマンス作品「Slave/Master」に参加する人間とマシンの振り付けを行っている。この作品は、2017 年 9 月 16 日から 24 日までロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館 (V&A) で開催される、多次元インスタレーションの中心的存在となる。ロンドンを拠点とする Brooke Roberts Innovation Agency (BRIA) の共同ディレクターを務めるロバーツ=イスラム氏は、人間とロボットの関係の通俗的な観念に疑問を投げ掛けるべく、このインスタレーションを生み出した。
ロボットと踊るのはラーキングス氏とメリット・ムーア氏で、当初はロボットのダンスパートナーに対し、好奇心を抱きつつもためらいがちに接していた。だが、その雰囲気はすぐに変化する。人間は敵意と高圧的な態度をエスカレートさせ、ロボットの動きに影響を与えたり指図したりできることを、大いに楽しむようになった。「最終的に、ロボットは意気消沈し、打ちひしがれ、攻撃的な人間を避けようとしているように見えました」と、ラーキングス氏。「人間とロボットが和解することはありません。仲直りしてハッピーエンド、とはならなかったのです」。あるときは、1 台のロボットが動きを止めて息を切らしているようなそぶりをみせ、人間のパートナーについていくのが大変そうだった。
「2 組のロボットが用意され、それぞれに人間のダンサーが付いています」と、ロバーツ=イスラム氏。「ロボットと人間との関係は次第に緊張をはらむものとなりましたが、ダンスが進行するにつれ、攻撃的なのは人間の方であることがはっきりとしてきました。私たちは、ロボットが人間に対して脅迫的であったり威圧的であったりするような関係ではなく、互いを補完し合う関係に成り得ることを示したいと思ったのです。人間ではなく、ロボットに対する共感を喚起したいと考えました」。
「Slave/Master」は、人間とロボットの関係性に関する、工業化社会では支配的な神話を、皮肉たっぷりに対比させている。一般的には、ロボットや人工知能は自律的で、ロボットとかかわりを持つ人間にとって脅威的な存在として描写されることが多い。それは、21 世紀の西洋経済における、人間に取って代わる自動化と、その潜在的な可能性に対する見えない不安感を反映したものだ。SF 作家や映画監督は、こうした人間の存在を脅かすものへの不安を、ディストピア的な語り口へと変容させてきた。それらの作品では、未来のロボットは人間を肉体的に脅かし、支配する。
だが現在は、ロボットは製造、エンジニアリングの環境では極めて平凡で、ありふれたツールだ。ロボットは人間の同僚たちと並んで、平穏に働いている。たとえば、LBR iiwas (ドイツの開発者たちは「エヴァ」と呼ぶ) は、精密組立など、さまざまな仕事を行っている。ラーキングス氏のダンス パートナーであるモデル KR-6s は、産業ロボットだ。
BRIA は、この作品用の曲作りを、映画制作者や振り付け師とコラボレーションを行うことも多い作曲家のルパート・クロス氏に依頼した。録音された大半はエレクトロニックな作品だが、ロボットが動く際に関節部から生まれる「生」のサウンドも「Slave/Master」に組み込まれている。「素早く、急な動きになるにつれ、音はかなり甲高くなります」と、ラーキングス氏。
BRIA はロボット工学界の KUKA Robotics UK、Adelphi Automation、SCM Handling とパートナー連携し、ロボットのパフォーマーが人間のダンサーの動きに反応して動作するようプログラムした。BRIA は、まずラーキングス氏が思い描く経路、形、動きでロボットの「振り付け」を行い、Autodesk PowerMill ソフトウェアを使ってシミュレーションを行った。「これにより、初期段階ではエンジニアやロボット無しに、自分たちのスタジオでロボットの振り付けを行うという自由が得られました」と、ロバーツ=イスラム氏。
「データをロボットに転送した後、エンジニアと私は、曲と語り口に合うように動きの変更や追加、削除を行い、スピードを調整していきました」と、ラーキングス氏。
ロボットのパフォーマーを提供した KUKA Robotics UK Ltd. のマーケティング マネージャー、キャサリン・ジョンソン氏は、ロボットは人間とは異なるが、それでも生きものとして捉えることは容易だと話す。「あるとき、メリットさんと踊っていたエヴァがスピンし、ベース上でほぼ 360 度回転したのですが、第 1 軸より上の残りの部分は O の形にカールした状態で、まるでコブラのように見えました」と、ジョンソン氏。「彼女は見る者の心をしっかり捉えていましたね」(「彼女」とは人間のダンサーでなくエヴァのこと。エヴァの周りで働くエンジニアたちは習慣的に、ロボットに対して女性の代名詞を使用している)。
この作品でパフォーマンスを行うロボットのモデルには、ひとつ大きな違いがある。「エヴァは人間のそばで活動するようデザインされています」と、ジョンソン氏。「彼女は、人間に触れると後ずさりして、数秒間動きを止めます。非常に協調的なのです。一方、KR-6s は産業用ロボットで、囲いのある環境で作業するようデザインされています。こちらは人間の周りで動作すると危険なので、ローズさん用のエリアについては、フロアセンサーを用いて厳密に範囲を制御しています。ローズさんがロボットに接近し過ぎると、センサーがそれを感知し、ロボットが動きを止めるようになっています」。
オーディエンスは、パフォーマンスが行われる空間へと招かれ、ラーキングス氏とムーア氏がパフォーマンスを行うスペースとなっているロープが張られた立ち入り禁止エリアの間を歩くことができる。ロボットは台に乗せられており、約 1 m ほどの高さなので、人間とシームレスに交わることができるようになっている。
この体験は投影されるグラフィクスで強化され、ロボットの増大する不安の強調するために用いられる。これまでの人間とのかかわりの「記憶」を象徴する幾重ものシルエットと共に、変化する 3D 形状が投影される。静かで秩序正しいイメージから、ロボットの不快感の絶頂を示す狂気的で暴力的な形状まで、ロボットのさまざまな「気分」が表現されている。これらのイメージは、ロンドンを拠点とするデジタル クリエイティブ エージェンシー Holition による特別設計のアルゴリズムにより駆動される。
会期中、「Slave/Master」は 1 時間おきに上演される。ロボットたちはライブ パフォーマンスの合間に、プログラムされた演目のパフォーマンスを 1 時間に 4 度行い、産業用ロボットとしての動作を見せつける。「Slave/Master」は、V&A で年 1 回開催される、ロンドン デザイン フェスティバルとデジタル デザイン ウィークエンドの一環だ。インスタレーションは博物館のラファエル ギャラリーに展示される。このギャラリーは洞窟のような広いスペースで、16 世紀の巨匠がシスティーナ礼拝堂用のタペストリーの勉強のために描いた、一連の「下絵」が収められている。タペストリー作成は、ラファエルの時代には当時の最先端技術だったことを考えると、まさにふさわしい舞台だ。
「私のキャリアは、さまざまな伝統作品を演じるバレエでスタートしました」と、ラーキングス氏。「一度「白鳥の湖」を演じてしまうと、純粋に伝統的なレパートリーを演じることには限界を感じるかもしれません。私は、新しい作曲家や振り付け師と作品を作る機会を得ることができましたし、限界を広げるのも大好きです。マシンの振り付けを行うことは、とても新鮮な体験ですよ」。