リアリティ キャプチャとVRが支援するミクロネシアの文化保護
コスラエ島は、ミクロネシア連邦の中でも最も活力に満ち、ミステリアスで、自然のままの島州だ。ハワイからインドネシアに向けて 3/4 ほど行った場所にあり、その幅わずか 24 ㎞ ほどの小さくて美しいこの島は、白砂のビーチ、手つかずのサンゴ礁とフレンドリーな地元住民、古代遺跡や第二次世界大戦の遺物で有名だ。
沈没した海賊船も、この島を訪れるダイバーに人気を博している。だが上昇を続ける海面がコスラエ島に残る遺物を脅かし、この島の文化保護を重要な問題にしている。
人類学者、フィールドワーカー、考古学者、建築家で構成されるコスラエ州歴史保全局 (KHPO: Kosrae State Historic Preservation Office) は、この島の文化的、環境的、歴史的な問題に対処すべく連携するチームだ。KHPO はコスラエ島資源管理局 (KIRMA: Kosrae Island Resource Management Authority) の一部として機能し、サステナブルな経済、社会開発を促進する部署になっている。
応用文化人類学者のアシュリー・メレディス氏は KHPO と連携し、コスラエ文化の記録、記述を行うことでコスラエ島の資源管理を支援している。保存と研究に関して、KHPO が直面する主要な問題の幾つかが気候に関連している。とりわけ重要なのが、苛酷な環境条件とインターネット速度の遅さだ。
「湿度と塩分を含んだ空気により、島の環境は苛酷なものとなっています」と、メレディス氏。「至るところに虫もいますが、建物は熱をため込むため、微風を維持できるよう開放されていることが重要です。データ保存の手軽な方法は紙ですが、この湿度では長持ちしません。一方、デジタル保存は魅力的ですが、ハードウェア コンポーネントは腐食が早く、デスクトップ パソコンを2 – 4 年ごとに新調する必要があります」。また KHPO は、複数の一族が数世代にわたって保持して、この国の歴史的遺物の保存に関する合意決定につながる問題に直面している。一般的な紙による説明は、複雑な図の描画や、このように複雑な土地所有構造のもとで、合意を得るのには役に立たない場合もある。
レラ遺跡の保存
コスラエ島の主要名所のひとつ、レラ遺跡は現在、ユネスコの世界遺産リストへの登録が検討されている。14 – 15 世紀にピークを迎えた文明の遺物としてコスラエ州のレラ島にあるこの遺跡は、色鮮やかな円柱状の玄武岩 (火山岩の一種) とサンゴで築かれた巨石の壁だ。ここには、ヨーロッパ植民地時代以前に存在した神聖な埋葬墓地、複雑な階層社会の遺物が含まれている。
レラ遺跡は、これより新しいミクロネシア連邦ポンペイ州のナンマトル以外では見ることのできない、古代コスラエ文化の重要な歴史的情報と建築様式が包含されており、世界的にも貴重なものだ。この場所は何世紀もの間、密林に覆われてきた。また海面上昇による水没や崩壊の危険にも曝されている。気候変動により危険な状態にあるコスラエ島内の文化的、歴史的遺跡には、メンケ遺跡や第二次世界大戦中に日本軍が建設した無線塔などもある。
KIRMA のディレクターを務めるブレア・チャーリー氏は、レラ遺跡のユネスコ世界遺産登録の成否は、地主によるところが大きいと話す。その多くが、この環境の文化的重要度を明確に理解しておらず、地元住民も遺跡保護にはほとんど取り組んでいないためだ。こうした場合に、VR など没入型の最新メディアで関係者全員に直接的、直感的な体験を提供することが、合意の意志決定を可能にする。
「現在の取り組みは事務仕事と現場の記録収集、土地所有者の受入意思に重点が置かれているので、VR を使ってドローン撮影した画像や静止画像で登録の必要性を裏付け、[ユネスコ世界遺産登録に向けた] アピールを実施できます」と、チャーリー氏。
KIRMA 当局も、レラ遺跡の写真と VR から生成された写真測量画像が人々の遺跡の理解と体験に役立ち、保存に向けた主張を後押しする可能性を秘めていることに同意している。
VR とリアリティ キャプチャがもたらす新たな視点
VR とリアリティ キャプチャ 技術は KHPO の保存イニシアチブも支援し、環境保護と気候変動適応を含めた包括的な体験を提供して、コスラエの文化資産の文化的、歴史的背景を地元住民や訪問者が理解するのに役立つ。KHPO チームは先日、長期休暇を取っていた建築家で Autodesk カスタマー サクセス マネージャーのデース・キャンベルを招き、写真測量によりレラ遺跡、メンケ遺跡や日本軍無線塔などの遺物の記録を行った。
キャンベルと KHPO チームにとって、このプロジェクトの目的は、重要文化遺産に対する VR テクノロジー (と補助データ) の新たな適用方法を体験し、その保存に対する効果的な意志決定を支援することにある。キャンベルの VR とフォトグラメトリーによるリアリティ キャプチャの活用により、KHPO とその関係者は、この島の遺産を新しい文脈で確認、理解できるようになり、全体像や規模を新たな視野で理解できるようになった。コスラエ島民は、時を超え、当時の古代住居を追体験することで、彼らの先祖の暮らしを知り、また 1.8 m の海面上昇で遺跡が水面下に沈む際には、今後どのような影響を受けるのかも学ぶことができた。メレディス氏は「VR とリアリティ キャプチャにより、通常では目にすることのできない光景をテクノロジーで、あるいは現場へアクセスすることで眺められるため、計画立案のプロセスで役立つかもしれません」と話す。
コスラエの古代住居を描写した AR 体験の作成など、本拠地であるシアトルでの幾つかの試みを経て、キャンベルは自身のプロジェクトと技術ワークフローを事前に緻密に計画することができた。コスラエ島に到着後は地域の指導者たちと連携し、この海面上昇で危険に曝されている島の重要な場所を特定していった。遺跡、特にレラ遺跡に密集する草木を除去することで、キャンベルとコスラエ島の彼のチームは、ドローン撮影に適した視界を得ることができた。
キャンベルは Autodesk 3ds Max と ReCap Photo を使って遺跡を VR 体験に変換し、地元住民や KIRMA 当局、KHPO チームに遺跡のクリアな眺望を提供した。その成果として得られた没入型体験は、地元住民がその環境をより良く理解し、KIRMA や KHPO による遺跡保護促進策の確立に役立ち、最終的に登録に向けたより強力なプッシュをユネスコに行うためのツールをチームに提供することとなった。「以前は空間を活用できないという課題を抱えていましたが、その状況を VR が変えてくれるかもしれません」と、メレディス氏。
テクノロジーは歴史をどう存続させられるのか
ドローンはコスラエ島の遺跡や歴史遺産の空撮映像を提供するが、VR ではこうした遺産を間近で直感的に、かつ障害物の無い状態で体験できる。こうしたのツールは林業や GIS (地理情報システム)、海洋監視など、他の KIRMA ユニットにも有用かもしれない。
これらのテクノロジーの戦略的応用は、コスラエ島、さらには地球全体の環境と保存イニシアチブにおける大きな可能性を示している。VR とリアリティ キャプチャにより、それ以外のテクノロジーでは再現できない、大規模な現実の環境を眺めることが可能となり、歴史的保存と地球探検の新たな可能性が広げる。海面上昇で遺跡が水没したとしても、先進のテクノロジーによってコスラエ島の文化は生き続けることができる。地元住民や歴史学者は、この特別な島の神秘を、今後何世代にも渡って体験できるのだ。