海岸工学が都市を海面上昇から救い出す方法
サンフランシスコ湾北岸の入り江南側の海岸線を覗き込み、数十年先に思いを馳せてみよう。
気候科学の専門家の一部は、サンフランシスコ湾の水位は 90 cm 以上も上昇すると述べている。コイン式の観光望遠鏡のように機能するインタラクティブ デバイス OWLs で予測された仮想現実シナリオから判断するに、未来に待っているのは水位の上昇か海岸線の縮小、氾濫の危険性の増加だ。
もちろん海面上昇の危険は、ベイエリアに限られたことではない。2007 年に行われた総合的な地球規模の調査によると、世界人口の約 10 分の 1 にあたる 6 億 3,400 万人が沿岸部の低地に居住しており、海洋変動の影響の危険にさらされている。こうした低地にある都市の存続に、土木エンジニアと海岸工学が大きな役割を果たす。
これが市民と経済に与える影響を検討すべく、Building Futures と Institution of Civil Engineers が 2010 年に発表した解説記事「Facing Up to Rising Sea-Levels (上昇する海面に立ち向かう) [(PDF]」では、イングランドとウェールズの氾濫危険地域に約 1,000 万人が居住していると報告されている。この報告書によると、260 万軒が河川や海の氾濫の危険に直接さらされており、イギリスの家財保険会社は 2035 年までに毎年 40 億ポンドを損失する計算になる。
こうした予測は、建築、工学、建設に従事する者の職業的な役割に、投機や学問への面で、恐らくは間接的に関係してくる。土木エンジニアには、堤防や雨水排水、地下水面に関する、新たな科学技術や実践方法の考案を求められている。また周辺の建造物に配慮しつつ、安全な高架道路や鉄道をデザインすることも必要だ。その一方で、建築家たちは変化する FEMA 洪水マップに基づいて嵩(かさ)上げされた敷地図をデザインし、より高度な風荷重抵抗を義務付けた新たな建築基準法に従うようになっている。
堤防を越えて: ニューオーリンズの復興
G・ウェイン・クラフ氏は、海面上昇のテーマに誰よりも熟知している。ジョージア工科大学の名誉学長であり、スミソニアン学術運営協会の前主事である彼は、ハリケーン「カトリーナ」襲来後のニューオーリンズ復興計画の監督委員会で委員長を務めた。
ニューオーリンズは、沿岸都市のレジリエンス (防災力) を高める難しさに関して、訓話と困惑させる例の両方を象徴している、とクラフ氏は話す。巨大暴風雨で 2,000 人の犠牲者を出した一因とされる堤防は、高さを上げ、粘土含有量の高さと補強した砂利、水流を制御する水門によりレジリエンスを向上させる、新たな治水保水システムで再建された。
だが 150 億ドルをかけ、4 年間に渡って行われたニューオーリンズの復興プロジェクトは、完璧な解決策からはほど遠いものだ。この堤防は 100 年に 1 度の規模の嵐による洪水に耐えるようデザインされている。統計上は、次世紀中に 70% の確率で、こうした嵐が少なくとも 1 回は起こる。しかも海面は上昇を続けており、海抜の低い盆地にあるニューオーリンズは沈下を続けている。「時間とともに、状況はますます悪化するでしょう」と、クラフ氏。「100 年間で 60 – 75 cm の海面上昇が起こります。80 年後にカトリーナ級のハリケーンが到来すると、上昇した海面上に嵐が来ることになるので、堤防は決壊するでしょう」。
幸いにも、その他の対策も講じられている。 (海面上昇を緩和する) 炭素排出量削減や人工湿地帯の造成、都市部避難計画 (ニューオーリンズ モデルの重要な部分) の策定まで、広範なレジリエンシー戦略だ。
「誰もが堤防に代わる答えを求めています」と、クラフ。「3 – 4.5 m の高潮に備えて堤防を建造するとなると、膨大なコストがかかります。ドナルド・トランプは安いものだと考えているようですが、残念ながらそうではありません。ハリケーン対策は単体の建造物でどうにかなる問題ではなく、さまざまな方策を組み合わせる必要があるという理解が深まってきています」。
AECOM 海面上昇シミュレーション マップ: ロングビーチ港
ロングビーチ港プログラム管理部門ディレクターのダグ・セレーノ氏は、その多様なアプローチの重要性を理解している。現在ロングビーチの工務課と環境課は AECOM の気候変動レジリエンス研究で連携している。この研究には、ロングビーチ市内の道路、橋、鉄道、電力システム、港に (3D で) オーバーレイされた 2025 年、2050 年、2075 年の予測洪水マップが含まれる。「マップは水没エリア全てを表示し、エリアが海につながっているのか、エリア同士がつながっているかどうか、氾濫の範囲がどれほどなのかを分析できます」と、セレーノ氏は話す。
この研究は、ロングビーチ港への主要アクセス ポイントとなるジェラルド・デスモンド橋が、架け替える必要のあることを提示した。この橋はロングビーチ港の内港から、ターミナル アイランドを結ぶ州間高速道路 710 号線をつないでいる。大規模デザイン事務所 Arup North America と Biggs Cardosa Associates は、この 6 レーンの斜張橋の設計で連携している。入港する貨物船が通過できるよう、橋の桁下は 62 mに設計されており、海面上昇を考慮して 1.8 m が追加されている。「これは大きな投資です。1.8 mを追加することは、全く新しいグレードへの対応が必要となることを意味します」。
後悔の少ない意思決定
こうした予測は、どれも簡単ではない。AECOM のシミュレーション マップと Autodesk InfraWorks 360 などのソフトウェア ツールを使用することで、土木エンジニアリング事務所は電気・ガス・水道などの公共設備や車道、優先道路、下水溝への変更を、より簡単にビジュアライズできる。だが、どのような割合で炭素が大気に排出されるのか、南極大陸やグリーンランドの氷帽がどれくらいのスピードで溶けるのか、実際のところ海面はどれほど上昇するのかなど、未来に関する確証はないため、この仕事には広範な可能性に適応するリスク管理のアプローチが必要となる。
ASCE Committee on Adaptation to a Changing Climate (気候変動への適応についての委員会) 委員長のリチャード・ライト氏は「気候変動と海面上昇を加速させる要因が何なのかも、確証はありません」と述べている。「局所的な影響も不明瞭です。地球温暖化は北極圏に集中しており、北極圏の平均気温は地球上のどの場所よりも著しく上昇しています」。
ASCE の 93 ページにわたる報告書、「Adapting Infrastructure and Civil Engineering Practice to a Changing Climate (変動する気候にインフラと土木工学の実践を適応させる)」の寄稿者であるライト氏は、こういった気候の不確定性は、土木エンジニアへ手強いデザインの問題を提示しているが、それでも進歩的な前進の道はあると話す。ライト氏は、ロサンゼルスからサンディエゴまで LOSSAN (ロサンゼルス、サンディエゴ、サンルイスオビスポ) 路線の計画と再開発の例を挙げている。ここでは、海面上昇が進行した場合、プレキャストコンクリート製防波堤の高さを上げられるようになっている。
「アダプティブ リスク管理向けの観察法」では、土木技師は、インフラの耐用年数内における災害の「最確」強度、たとえば 100 年に一度繰り返される洪水などに備えて設計を行います」と、ライト氏。「ただし、必要とあれば、さらに深刻な最大想定の災害にも適応可能なシステムを構築することもできます。これが、私たちが呼ぶところの「後悔の少ない意思決定」です。これなら、起こりうる全てのシナリオで機能するからです」。