建築生産システムから見た BIM の展望
建築に関連するビジネスとデザインを革新するワークフローである BIM (ビルディング インフォーメーション モデリング)。日本の「BIM 元年」とされた 2009 年から 10 年が経過しようとしている現在、次の 10 年には何を考えていくべきだろうか。Autodesk University Japan 2018 で「BIM と建築生産システム」をテーマに、3 名のエキスパートをお招きしてディスカッションを行う機会を得た。
建築生産システムの研究を行ってきた千葉大学の安藤正雄名誉教授は、建築物、建設業を「ものづくり論」、「ものづくり産業」として分析した共著「建築ものづくり論」の中で、日米の建築生産システムはものづくりの型が異なると記述している。「BIM も、その国や地域の建築ものづくりの文化と、非常に密接な関係を持っています」という安藤氏は、BIM と生産システムを考えるにあたり、まずは「グローバルな BIM の考え方の根底にある、米国の建築ものづくりとのギャップを、どう受け止めるかが非常に重要」だと述べた。
インテグラル vs. モジュラー
ものづくりの設計思想は、モジュラー型 (組み合わせ型) とインテグラル型 (擦り合わせ型) に大別できる。デジタル製品に多いモジュラー型は、パソコン システムのように機能と構造が独立して設計された、ツリー状の階層構造を持つ。それに対してインテグラル型は乗用車のように、乗り心地や燃費を向上させるため、あらゆるパーツを擦り合わせて設計されたラティス状の構造になっており、これが日本のものづくりの特性にもなっている。
安藤氏は、日米の建築生産システムをクローズド (囲い込み) インテグラル、オープン (業界標準) モジュラーで対比する。「日本には建築ものづくりの業界標準が無く、クローズド インテグラルになった。その一方、米国の特徴は設計/コスト情報の分類システムが MasterFormat (工種別)、UniFormat (部分別) として確立されていることにあると思います」。
建築設計には、在来工法、標準工法のように誰が考えてもそれ以外にはないモジュラーな部分と、擦り合わせを行いたいインテグラルな部分が混在しており、擦り合わせを要求しないモジュラー型は革新的、創造的な建築には不向きだとした上で、安藤氏は今後の日本にはオープン モジュラー志向が必要だと述べる。
「もう擦り合わせを続けていく余裕がなくなりつつあり、発注者によるデマンドプルも求められる時代になっています。またオープンな BIM ライブラリーが整備されると、ゼネコンを超えて設計者、発注者と専門工事業者、サプライヤーが直接モジュラーな形で結びつくことが可能になります。さらに、諸外国に目を向けると、オープン モジュラーなアーキテクチャの上で、オープン イノベーションが促されていることが多いのです」
仕様・積算と BIM
建築生産の効率化、BIM の活用などを研究している芝浦工業大学 建築学部の志手一哉教授は、世界的な潮流として発注方式の多様化が起きていると述べる。「施工者が設計に何らかの関わりを持つようになることで、施工者と設計者がコンカレントに設計を行うという状態になります。その場合、必ずしも設計者と施工者が同じ BIM モデルを扱うということにはならず、その中で情報を交換しながらコストマネージメントをやっていくことが、プレコンストラクションとデザインの関係になっています」。
その情報をやり取りするためのキーとして、志手氏は分類コードの重要性を強調する。「発注者がプロジェクトのオーナーであるという意識が、特に米国では強く、発注者がプロジェクトをドライブするために重要なのが、部分別の分類コードです」と、志手氏。「基本設計、詳細設計というように、仕様は段階的にしか決まらない。その場合、大まかな積算では見積単価をどう設定するか問題になります。それを発注者自身が自分のデータベースとして持つことができるからこそ、プロジェクトのコストのマネージメントをドライブ可能になります」。
UniFormat のような建築部分別の分類標準は、プレコンストラクションと設計のコンカレント化、コストマネージメント支援において、非常に重要なポイントになる。「もともと、コンカレント化は日本の建設業が得意にしている部分ですが、それを分類コードのようにベーシックになるシステムが無いままでやってきました。これからは、特に可逆的な分類階層を用いていくことで、もう少しプロジェクトの生産性を高めることが重要ではないでしょうか」。
契約発注方式と BIM
安藤氏の研究テーマに、プロジェクトの研究協力者として参加した田澤周平氏 (当時: 株式会社竹中工務店 BIM 推進室) は、BIM を用いたフロントローディングの型を調査。日本では「施工 BIM のスタイル」に代表されるように BIM の取り組みが施工者主導なのに対して、米国では発注者が主導し設計の前段階からフロントローディングが始められる IPD 方式 (インテグレーテッド プロジェクト デリバリー)という取り組みが始まっている。
田澤氏がヒヤリング調査を行った多数の医療施設を保有する米国の発注者の例では、設計の前段階で 6 – 12 週間、全建築費の 1% を費やし、設計者、構造設計者、施工者、サブコントラクターにフィーを支払って、要求性能、目標コスト、目標工期を検討する Validation Study レポートを作成する。積算やコスト計画には UniFormat が使われ、発注者はそれをベースに単価などを日々更新していると推測している。
その上で、協力会社を含めたプロジェクト チームでの IPD 契約では、プロジェクトチームでリスクと報酬をシェアするインセンティブ報酬で、プロジェクトの価値の最大化にチームメンバーのインセンティブが働くという仕組みになっているという。
日本の建築生産システムの今後
国内でも IPD や新たな契約形態で進めようという取り組みが生まれている。だが、諸外国と比較すると、「高度成長期を通じて設計・施工一括請負に揺るぎのない立場が与えられて、しかも高度に発展した」ことが日本の特徴だと、安藤氏は述べる。
「ゼネコンがすべてのリスクを負担する過程で、発注者は自覚的に行動せず、イニシアチブも取らず、責任も取らないことが、同時に慣行として定着したのではないかと思います。一方で価格に関しては誠実になりにくいところもあった。そこで諸外国に比べて、ものも言わず、場合によっては責任義務も果たしていないとさえ言えるような発注者と、コストの不透明性が、現実として受容されたのではないかという気がします」。
そうした背景の中、志手氏は今後 10 年、建築産業の生産性、プロジェクトの生産性を上げるには、見積の自動化など BIM のメリットだけに目を奪われるのでなく、BIM をどう活かしていくかという視点が大切だと述べている。「日本の建設業の皆さんも、目も覚ましていただきたい!」と語る志手氏は、そのために欠かせないのが適切な分類コードの採用だと強調する。
「日本では仕様や資機材を特定するようなコード体系が学会などで議論はされてきたものの、完成したかと思うと、それが使われないという状態が繰り返されています」という志手氏は、「部分別の分類がなければ、発注者にメリットがないので、BIM が要求されることもない」と語る。
その上で、「日本で部分別の分類コードを独自に作るのではなく、米国の UniFormat のように大きな建物を分割してエレメントに落としていく階層のものと、最初からオブジェクトへの対応付けを目的とした、BIM そのものに近い英国の建築標準コード Uniclass の、どちらが日本のやり方に合っているかを見極めていきながら、どちらかのグローバル スタンダードに乗っていくことが必要ではないか」と述べる。
「米国へ調査に行くと、RS Means などの建設物価や BIM Forumが発行している LOD (Level of Development Specification)、BIM Execution Plan、設計の標準図集も UniFormat、MasterFormat で分類、分割されています」と、田澤氏も続ける。「積算と BIM という話だけではなくて、その他の社会システム全般が UniFormat をキーに全部つながっているというのが、すごくうらやましい」と語る。
その上で、「今後の日本の BIM は、垣根を超えることが重要だと思います。クローズド インテグラルがオープン モジュラーになり、企業間の垣根、設計と施工の垣根、ソフトウェア ベンダーとものづくり企業の垣根を越えることも大事だと思います。既存の境界条件のようなものを皆で乗り越えて、良い社会システム、誇れる社会システムを作っていけたら」と思いを述べた。
「発注者、設計者、施工者共通で理解できる言葉が、ぜひとも必要です」と安藤氏は強調する。「その標準言語が、米国の UniFormat にはあるではないですか。日本でも発注者を含む、建築ものづくり社会全体の共通言語を持つことが喫緊の課題だと思っています」。