国内3社がBIM導入で推進する「生産性向上」の取組み
建築、建設業における生産性の向上を実現する様々な手法の中でも注目を集める BIM (Building Information Modeling) とは、コンピューター上で作成した建物の3Dモデルに対して情報を連携させることで、設計から施工、建物運用までデータを活用するプロセスを指す。数十年にも及ぶ歴史を持つBIMが活用されてきた目的は、ICT導入による生産性の向上にある。
BIMによる生産性の向上
生産性の向上には業務プロセスの変革が必要だが、様々な要因により推進できない現状もある。組織変革理論で有名な心理学者レヴィンは、変革の成功には「解凍」「変革」「再凍結」の3段階が必要だとしており、従来の業務プロセスを分析して、テクノロジーを活用したプロセスに再編し、新しいプロセスとして標準化する、という全体最適の視野が重要になる。
例えば、CDE (共通データ環境) を構築して、BIMの情報を一元的にコラボレーションできる仕組み作りが進められている。ERP (企業経営システム) による効率的な情報活用と同様、運用に必要な様々な「気付き」を、BIMデータから取得可能。情報を漏れなく、ダブりなく入力して活用することが重要になり、全体最適を意識した業務プロセス変革による生産性の向上が期待されている。
日本設計: BIMを活用したグローバルな業務フロー
1967年の設立以来、建築設計、インテリアデザインから都市計画、土木設計に至るまで幅広い事業を展開している (株)日本設計は、BIMの導入による設計の生産性の向上にいち早く注目し、2014年にオートデスクとパートナーシップを締結。次世代プラットフォームとなる「Integrated BIM」の実現を目指し、BIMを活用してグローバルに適応できる日本発の新しい業務フローを開発している。[図1]
BIMモデルをシームレスに扱えるよう、意匠、構造、設備の各部署でAutodesk Revitをプラットフォームとして利用。例えば意匠設計でモデル化した建物外形や間取り、開口部、空調ゾーニングから空調ゾーニング毎の空調負荷を読み取り、各ゾーンに必要なファンコイル ユニットの容量や空調機の風量などを計算して、機器の性能やカラリ (空気取り入れ口) などを自動的に選定可能だ。Autodesk Dynamoを活用し、BIMモデルの作成を必要最小限に留めながら、属性情報を最大限に活用して設計作業を行っている。[図 2]
また構造設計においても、自社開発のアドインやDynamoを活用してBIMデータを構造解析ソフトと連動させ、構造図作成の効率化、解析結果とBIMデータの連携など、作業効率化と設計品質向上を行っている。[図 3・4]
2017年には、BIMデータを建物完成後の維持管理段階で有効活用する新たな仕組みを開発。RevitとFM (ファシリティ マネジメント) ソフトウェアを直接連携することで、配管等の詳細な 3D形状をモデリングするのでなく、系統に関する情報を各機器のプロパティに入力する。この情報をFMソフトウェアで視覚化することで、検索の迅速性、容易性が向上し、FM業務がさらに分かりやすくなる。[図 6]
Integrated BIMをプラットフォームとしたワークフローを確立することで、意匠、構造、設備の一連の設計作業の生産性向上を実現するだけでなく、BIMを活用した新しいビジネスの可能性にも挑戦している。
プロパティ データバンク: PIMによる資産管理データの視覚化と共有
ファシリティマネジメントのクラウドサービスを提供するプロパティ データバンク(株) (以下 PDB) は、不動産管理におけるBIMの価値に注目。2000年に清水建設の社内ベンチャーとして設立されて以降、不動産の運用管理に関するASP事業及び情報管理業務、システムインテグレータ業務を展開し、2018年には東京証券取引所マザーズ市場に上場して成長を続けている。
PDBは、不動産の経営・維持管理にBIMデータを活用することで資産価値向上を目指し、2017年にオートデスクとパートナーシップを締結。維持保全業務の効率化や施設の長寿命化、投資用不動産の収益向上を支援する新しいアプリケーションやサービスの開発に取り組んでいる。同社の不動産管理クラウドサービス「@プロパティ」にRevitのBIMデータから必要なデータを取り込むアプリケーションの開発にはForgeが利用されている。
PDBが提供するPIM (Property Information Modeling) では、資産管理に関する幅広いデータを視覚化して理解し、関係者と共有可能。テナント契約、収益、コスト、投資計画などのデータ、設備の不具合などの点検データなどと連携させた、総合的な資産管理データベースとなる。PIMの実現により、不動産オーナーは不動産の資産価値向上と管理コスト削減を図ることが可能。設計、積算、施工、運用といった建物ライフサイクル全体におけるデータを一貫して活用することで、プロジェクトの生産性の向上はもちろん、建物の新しい価値を創出するプラットフォームとなるだろう。
日建設計: 業界最大手が推進するグローバルな展開
国内最大の設計事務所、(株)日建設計も設計業務におけるICT活用による生産性の向上に取り組んでおり、BIMの導入にも余念がない。2017年にはソフトバンクと業務提携し、IoTセンサーやロボットなどを活用した次世代スマートビルディングの設計開発を発表。人流データ解析、消費電力量の削減、設備管理、清掃、警備の最適化など、ロボットの導入を見据えた建物設計や都市計画の実証実験を行っている。
BIMに関しては、戦略的なパートナーシップ契約により、オートデスクが保有するソフトウェアとクラウドサービスをグローバルに利用できる体制を構築。2020年以降のグローバル市場でのビジネス展開を見据えて、都市計画、意匠・構造・設備設計、そして維持管理まで、建物ライフサイクル全体においてBIMの情報を効果的に活用する体制・仕組みを開発している。
例えば、海外プロジェクトにおいてはオーナーからBIMデータを要求されることが多く、フェーズ毎に納品及び引き渡す内容を明確化したBIMの実行計画書の作成が重要となる。建築設計はもちろん、構造設計、都市計画の分野においても、海外スタンダードへの対応、そして日本の優位性を発揮したBIMワークフローを構築していく。
もちろん国内の市場へのBIM対応も進めている。構造設計で活用するRevit対応の構造デザイン パッケージ Structural BIM Design Tool (SBDT) を無償公開しており、業界のスタンダードとしてのBIMモデリング ルールを確立し、施工や運用段階においてもBIMデータの活用を促進する。海外展開、熟練者の高齢化、若手・女性の活躍、ICTの活用、働き方改革など課題が山積みの建築建設業界において、BIMを活用した生産性の向上が急務となっている中、業界最大手として牽引力を持つ企業の動向から目が離せない。
現状の課題
BIMを活用し、生産性を向上するための取組みは活発になってきたが、まだまだ課題も多い。BIMの理想とするところは、CDEによる一貫したデータの活用、組織や工程を跨いだ連携だが、従来どおりの体制では障壁が多く、人材、業務、更には業界全体の見直しが必要とされている。
例えば、積算に必要な情報は設計段階で構築された情報を基に得られるわけだが、その情報は紙やCADの図面や文書であることが多く、膨大な手作業や情報の確認などの業務が発生する。また設計段階での情報は必ずしも精度や確度が高くなく、積算には長年の経験や勘に頼らざるを得ないことも課題のひとつだ。
積算過程で構築された完成度の高まった情報を、施工段階や運用段階で円滑に活用することにも障壁が残る。積算データの開示は、企業個々のノウハウを公開することにも繋がり、簡単にデータ連携することはできない。また、基本計画や実施設計の段階でもデータの精度は大きく異なり、仕様や工区、工法や建材など、その手法にもばらつきがある。さらに、データや根拠資料を最新状態に保存する方法にも課題が残る。そして、責任所在の明確化も重要な課題であり、設計者、施工者、運用者がそれぞれ単体では解決できないものだ。関係者全員が理解し、承諾したCDEを構築するには、行政や施主も巻き込んだプロセスの改善が必要になるだろう。
今後の展望
こうした課題を解決するには、BIMなどのテクノロジーの導入だけでは不完全だ。BIMはプラットフォームとしてプロセス改善の一助にはなるが、ワークフローの再構築には、より広い視点での業務見直しが求められるからだ。
例えば、米国ではリーン コンストラクション (リーンとは「無駄のない」の意) が注目されている。トヨタ方式を建設業に応用したLast Planner Systemでは、プル・プラニング (看板)、プラス・デルタ (改善)、ビッグ・ルーム (大部屋) といった手法を駆使してワークフローを体系化し、時間、コスト、人や資材などのリソースの無駄を最小化、生産性を向上させることができる。
IPD (Integrated Project Delivery) という契約形態も注目されている。発注者、設計者、施工者などが単一の契約形態で共同体としてプロジェクトを進め、責任の所在を明確にしながら、不測の事態 (コンティンジェンシー) を想定して費用と利益を共有する方式だ。IPDの実現には BIM が不可欠と言われており、明確かつ迅速に情報共有してリスクを最小化し、生産性の向上に繋げることができる。
このようにBIMによる生産性の向上は、テクノロジー導入に加え、システムや契約形態の見直しも含めて、業界全体で取り組んでいく課題だ。個々の部門や企業による部分最適だけでなく、全体最適の視点で生産性の向上を図っていくことが需要だ。
本原稿は、一般財団法人建築コスト管理システム研究所が刊行する「建築コスト研究」 103号に掲載された「BIM 導入による生産性向上の取組み」を、許可を得て転載したものです。