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GSKグラクソ・スミスクラインと3Dプリント製医薬品の未来

世界の製薬市場は、多くの国の歳入を上回っている。1 兆ドル (約 110 兆円)を超えるファイザーやロシュ、GSK グラクソ・スミスクラインなど大手企業を含めた業界の総収益は、米国政府の年間支出額の 1/4 に相当する。

この市場のリスクは高い。新薬開発から商品化へ至る道のりは長く、高額なコストをもたらす数多くの落とし穴が存在している。発売にかかる費用は 10 億ドル (約 1,110 億円) 以上になることもある。

新製品の市場投入の成功率について、 GSK テクノロジー探求部門ディレクターのマーティン・ウォレス氏は「業界レベルでは 90 ~ 95% 程度への自然減に直面しています」と話している。4 年前に GSK へ入社したウォレス氏の業務のひとつは、3D プリント製剤のような新技術が、研究開発の生産性向上や患者に対する新しい便益の提供に、どう役立つのかを検討することだ。

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製薬業界大手 GSK のロンドン本部 GSK House [提供: GlaxoSmithKline]

製薬業界での機会として、3D プリントを活用した組織標本の作製が挙げられる。「実際のヒト組織や臓器に変わる組織や臓器の作製を試みています」と話すウォレス氏は、この分野での成功は動物実験の必要性を低減し、より明確な薬効の理解へとつながると語る。「早期段階のデータを理解し、人体への薬効を示すのに役立つものは、全てが重要です」。

医薬品の未来

3D プリントは、GSK 製剤を利用する患者に多数のメリットを提供する可能性を秘めている。「研究中の分野のひとつが、特定の患者に合わせた剤形でのプリントです」と、ウォレス氏。「薬局や自宅にプリンターが設置された将来像を描いている人は多いのですが、そうした状況が現実になるまでには、まだ数多くの課題を克服する必要があると私たちは考えています。とはいえ、私たちのイノベーション モデルは、実験せずにはいられないほど期待値の高いものです。

「パーソナライズ化された医薬品は、患者を階層化し、より詳細に区別することができます。つまり、患者それぞれに適切なソリューションを提供できるということです」と、ウォレス氏は続ける。「オーダーメイド医薬品のプリントは、サプライ チェーンを劇的に簡略化できる可能性を秘めています」。

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それを実現すべく、GSK は 3D プリントが錠剤製造にもたらす利点を研究中だ。薬は、医薬品としての有効成分 (API) と、賦形剤 (API の取扱いや整形、服用を便利にするため使用される不活性物質) から構成される。ウォレス氏は、API を「治癒能力を持つインク」か、3D プリント可能な他の材料に変えることが課題だと話す。

製薬業界が特に注目している手法が、インクジェット 3D プリントだ。現在の生産プロセスとの類似点が多く、効率に優れた長期的なプリンティング ソリューションを提供できる可能性があるためだ。ただし、3D プリントが現在の生産方法に取って代わることは、しばらくはないだろう。「現行のテクノロジーでは、1 時間あたり最大 1,600 万錠の錠剤を製造できます」と、ウォレス氏。「同じレベルの製造を実現するには、多数のプリンターが必要です」。

各患者に応じた医薬品製造に加えて、3D プリントには生産技術として幾つかの利点がある。ウォレス氏は、その例として米国食品医薬品局 (FDA) の認可を受けた、初の 3D プリント製医薬品を挙げる。Aprecia Pharmaceuticals が製造する抗てんかん薬、Spritam だ。「Aprecia Pharmaceuticals が実現しようとしているのは、成分含量が非常に多く、ほぼ瞬時に薬効成分を放出する薬の製造です。これは、従来の技術では非常に困難です」と、ウォレス氏。

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FDA の認可を受けた初の 3D プリント製医薬品 Spitam [提供: Aprecia Pharmaceuticals]

イノベーションの加速

ウォレス氏は、3D プリントは「薬をさまざまな形で提供できるよう、複雑な形状や表面で成形する」技術も可能にすると話す。錠剤の表面のコントロールは、成分含量の調整や放出速度の変更、薬の味のマスキングに利用できる。

さらに、FDA は医薬品製造の 3D プリントにも乗り出している。規制機関である FDA は「医薬品製造技術における継続的なイノベーションを刺激する」と考えており、3D プリントの促進に熱心だ。

ウォレス氏は、機械工学分野だった学生時代には、確かに試験や分析に過度の時間がかかっていたという。まさに、3D プリントなどのテクノロジーが時間節約に役立つ領域だ。「迅速なプロトタイプ作成により、同じ時間で15回もの反復を行えるでしょう」と、ウォレス氏。「低コストで学習速度を加速できます」。

未開のリソースにアクセス

ウォレス氏は、3D プリントは科学の範疇から離れた分野でもパワフルなツールだと考えている。3D プリントは、組織では未開発のままとなっていることも多いリソース、つまり組織に属する人々のクリエイティビティへのアクセスを提供できる。3D モデルは、アイデアを伝える共通のプラットフォームとして機能させることが可能だ。分野が異なると、言葉だけを用いてのコミュニケーションには困難が伴う。「私たちは約 10,000 名の組織ですが、全員が患者か、あるいは将来的な患者かもしれません」と、ウォレス氏。

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オートデスクからも支援を受け、GSK は今年、ビジネスに影響を与える可能性のあるアイデアを従業員が Fusion 360 でデザインして提出する 3D プリント コンペをスタートさせた。「コンペへの参加者は、顧客対応担当から研究開発部門までさまざまです」と、ウォレス。「3D プリントは、アイデアを取り上げ、それを広範な集団に理解可能な方法でやり取りする能力を、各グループに提供します」。

「これまで検討したことのないアイデアや、3D プリントが有益と考えられる用途に目を向けるようになりました」と、ウォレス氏は続ける。アイデアには、高齢者にも使用しやすいような製品包装の改善なども含まれる。

こうした例は、3D プリント製医薬品と薬のマス カスタマイゼーションの実現にはまだ時間がかかるが、イノベーションを加速させる 3D プリントの能力こそ、今日の製薬業界にとって真に価値ある技術なのだということを示している。

著者プロフィール

マイケル・ペッチは 3D プリント テクノロジーに関する数冊の書籍を刊行しており、また国際会議で定期的にスピーカーを務めています。

Profile Photo of Michael Petch - JP